マエド365題
「10.マッドサイエンティスト」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


「なんて胸糞悪いところだ」
 マッシュの呟きを拾ったのはその少し前を歩くエドガーだけだった。エドガーは先頭を行くセリスとその後ろのロックとの距離を確認しつつ、列をはみ出しマッシュの隣に並んで歩く。
「魔導工場か。帝国にこんな施設があったとはな」
 淡々と返したエドガーに対し、マッシュは表情にありありと怒りを滲ませて進んで行く。
 エドガーは軽く辺りを見回して呟いた。
「大した設備だ」
「いくら立派な設備でも、あんな風に幻獣を痛め付けるために作ったんなら最悪だ。狂ってる」
 エドガーは横目でマッシュを見る。ギラついた眼差しで前方を睨むマッシュの周りに怒気のオーラが見えるかのようだった。
 小さく溜息を吐いたエドガーは、僅かに目を細めてマッシュから視線を逸らす。先を進むセリスの後ろ姿を意味ありげに眺めながら、静かな声でマッシュに語りかけた。
「……お前は、我がフィガロが生産する主な機械武器が何を目的とするものか知っているだろう」
 マッシュが振り向き、驚いた顔をした。それから困惑の顔になり、歯切れ悪くそりゃあ、と呟く。
「魔物を倒したり、それと……、……」
「戦では対人武器になる。試作段階では人間に対する殺傷能力をチェックするテストも当然ある、正真正銘の人を殺せる武器だ。今この瞬間もフィガロの工場では武器の生産が続いている。お前はフィガロが狂っていると思うか」
 さらりと答えたエドガーに対してマッシュは言葉を詰まらせ、押し黙った。エドガーの口調は決して詰問するような様子ではなく、ごく穏やかなものだった。だからこそ余計に無言の間が際立った。
 エドガーは歩幅を変えずに歩きながら続ける。
「帝国は幻獣たちから魔導の力を極限まで吸い取っているようだな。確かに人道的と言えるものではない。しかし我が国も機械の生産のために近隣の山を切り崩し材料や動力源を確保している。過去にはオアシスを枯らした記録もあった。生態系に影響を与えた可能性は否めない」
「でも、フィガロは国のみんなのために」
「潜航の失敗で多数の犠牲を出した事実もある。潜航機能の開発を進める王家は民から「狂っている」と糾弾されたこともあったそうだ」
「……それは……」
 口ごもるマッシュを再び横目で伺ったエドガーは、抑揚を抑えた声を少しだけ和らげて言った。
「紙一重なんだよ、マッシュ」
 マッシュが下唇を噛む。
「帝国はセリスに魔導の力を注入した。結果、彼女は人間でありながら魔導の力を使いこなしている。帝国の技術力は評価せざるを得ない。その技術を生み出した者を偉大な科学者と呼ぶか、マッドサイエンティストと呼ぶかは後の世の人々に託される」
 マッシュは眉をピクリと揺らし、俯きかけていた顔を上げてエドガーを見た。
 エドガーは真っ直ぐ前を向いていた。
「どんなに優れた力でも、使うのは人間だ。帝国には帝国の大義があるだろう。フィガロがこの先機械大国と謳われるか、マッドエンジニアの墓場と揶揄されるかは紙一重……使い方を誤ってはならない」
 マッシュが拳を握り締める。決意のこもった眼差しを横目で確認したエドガーは、微かに口角を上げた。
「強大な力は人を狂わせる。もしも俺が道を外れるようなことがあったら」
 息を吸い、エドガーが小さくもはっきりとした声で請う。
「正してくれよ、マッシュ」
 そう言って手にしていたボウガンを抱え直したエドガーの隣で、マッシュは片方の手のひらに握り締めた拳を打ち付けた。
「分かった」
 やり場のない怒りで曇っていたマッシュの顔が前向きな闘志で晴れたのを見て、エドガーが薄っすら浮かべた笑みには安堵と、前に進む覚悟が表れていた。

(2020.01.16)