襟に施された刺繍は触れるのが怖くなるほど繊細だった。ジュストコールの留め具や紐飾りには鮮やかな金と宝石が飾られ、袖のフリルの細工は素人目にも緻密で煌びやかに映える。天鵞絨のマントは深い紅の光沢が美しく、爪先の尖ったブーツから鳴る靴音は耳にした者が背筋を伸ばしてしまうような、そんな緊張感を持つ高らかな音だった。 その豪奢な衣装に身を包んだ男の顔はと言うと、日頃の元気の良さが潜んだ仄暗い顰めっ面になっていた。 「思った通りだ。良く似合う」 部屋に入るなり眩しそうに瞬きをして満足げな笑みを見せたエドガーは、軽く両手を広げて賞賛のポーズを取った。やや大仰な仕草はどこかわざとらしくも感じた。 マッシュの側に控えていた侍女二人に手振りで下がるよう示し、彼女たちが流れるような動作で部屋を出たのを見届けて、鏡の前に立たされたマッシュの元へと歩いて来る。やけに勿体ぶった靴音はマッシュをほんの少し苛立たせた。 「ダメだろ、これ」 マッシュは戸惑いと、微かな怒りをも含む声をエドガーに投げる。エドガーは笑みを崩さず、小さく小首を傾げてみせた。 「これ、国王の装いじゃねえか……、ダメだろ」 「俺と揃いは不満か?」 「不満とかじゃなくて! ……俺が着ちゃダメなやつだ」 さらりと返したエドガーの言葉に被さるように、マッシュは深刻な表情で言い返して唇を噛む。 居心地悪げなマッシュを柔らかく細めた目で見つめるエドガーは、反して実に穏やかな微笑を浮かべていた。 「世界会議の護衛って話だっただろ。正装は仕方ないって思ってたけど、これはおかしいだろ」 「似合っているぞ。ますます男振りが上がった」 「似合うとか似合わないとかじゃなくてさ、兄貴が主賓の会議だろ? フィガロ国王の側に控える俺がこんな格好してるの変だろ? なんでこんなの作らせたんだよ」 困惑を隠さずに疑問をぶつけてくるマッシュを少しの間黙って眺めて、エドガーは独り言のように小さく呟いた。 「一度見てみたかった」 「え」 眉を寄せたマッシュが聞き返そうと口を開いたのと同時、エドガーはふいにマッシュの目の前で跪いて頭を垂れた。 毛髪がふんわりと波打つ金色の頭頂部を見下ろした途端、ザワッと全身の毛が逆立った。目を見開いたマッシュの顔から血の気が引き、凍りつく。 時間にしてほんの数秒、しかし無限の時に思われたその瞬間を振り払うかのように、マッシュが大きな動作で後退りした。 「……やめてくれっ……」 怒りとは違う、しかし性質の良く似た感情がマッシュの心を覆うが、憤怒と違って血は昇らず顔色はいっそ青白くなっていた。 エドガーはゆっくりと立ち上がり、小さな呼気と共に肩を落とす仕草をする。 やや俯きがちの角度で鼻先しか見えなかった顔は、いつもの癖でやれやれと頭を振った後は普段と変わりない涼しげなものだった。 「……そんな顔をするな。もしかしたら、……こんな世界もあったかもしれない、……と、思っただけだ」 何処か遠くを見るようなエドガーの眼差しを睨みつけたマッシュは、唇を噛んで首を横に振る。 そんな世界なんか無い。マッシュの吐き捨てるような呟きを、エドガーは無言で、夢見がちな目のままで受け止めた。 |