マエド365題
「12.こちょこちょ」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


 鼻歌など歌いながら今日のメインの下拵えをしていた時だった。
 突如脇腹を襲った擽ったい感触に、マッシュは「うひゃっ」と気の抜けた声を上げて飛び上がる。振りかけていた塩が宙に舞うと同時に背後から高らかな笑い声が聞こえてきた。
 行動と声で確信した人物を振り返って睨みつける。
「何すんだよ、兄貴」
 思った通り、悪戯っぽい笑顔を見せて立っていたのはエドガーだった。心を許している存在とは言え、擽られるまで接近に気づかなかった精神の弛み具合にマッシュは唇を尖らせる。
「ふふふ、油断したな」
「包丁持ってたら危なかったぞ」
「ちゃんと確認したさ。今日は何作ってるんだ?」
 そう言って背中にぴたりとくっつき、後ろから覗き込んでくるエドガーをあざとくも可愛らしいなどと思いながら、ほんのり頬が赤く染まった仏頂面でマッシュはメニューの説明を始めた。



 飛空艇での留守番役として甲板での自主鍛錬に汗を流し、さっぱりとした午後は部屋でしばらく武器の手入れでもしようとマッシュがナックルを出していたところへ、同じく留守番組のエドガーがひょっこり現れた。
 読みかけの本を持参した兄は、マッシュのベッドを陣取って読書に耽り始めた。人の部屋で自由気ままに過ごすところは気まぐれな猫のようだと思いながらもマッシュはマッシュで作業を進め、お互い穏やかな無言の時を過ごして半刻ほど経った頃。
 喉の渇きを感じて時計を見上げたマッシュは、そろそろティータイムにしようかとエドガーに目を向けた。エドガーは未だにポーズを変えず、黙々と本を読んでいる。
「兄貴」
 呼びかけにも反応しない。これは相当集中しているなと驚きつつ、以前不意打ちで擽られたことを思い出したマッシュは密かに北叟笑んだ。
 この前の仕返ししてやろう──そうっと息を殺してさりげなく近付いて行く。エドガーがマッシュの動きに気付いている気配はない。
 もし怒られたら、そのまま擽り倒して伸し掛かってしまえばひょっとしていい雰囲気になれたりしないだろうか──あわよくばをひっそりと期待しながら、マッシュは静かにエドガーの隣に腰かけた。ベッドの微かな揺れにエドガーは頓着せず、しめたと目を光らせたマッシュはエドガーの不意をつかれた情けない笑い声を想像して脇腹へ手を伸ばす。
「あんっ……」
 ビクンと肩を竦めて腰を逸らし、床に本を落としたエドガーが真っ赤な顔で振り返る。
 予想外の艶かしい声に度肝を抜かれたマッシュが硬直している前で、悩ましく眉を垂らしたエドガーが困惑の表情を浮かべていた。
 ──そういや脇腹弱かったっけ。
 一気にエドガーを纏う空気が変わったことを察したマッシュは、思いの外早く転がり込んできたチャンスに動揺しながらも再び脇腹に触れてトドメの一撃を食らわせる。
 過分な仕返しになったことを反省しつつ、それでもマッシュは多少は遠慮しつつもエドガーの上に覆い被さった。

(2020.01.18)