マエド365題
「15-1.嫉妬」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)

※14.何で謝るの?の続きになっています


「……ところで、このワインどうしたんだ?」
 ひとしきりマッシュの温もりを堪能したエドガーが満足そうにスープの残りを飲んでいると、マッシュが先程セッツァーの部屋からくすねてきたワインを手にしてラベルを眺めだした。
「ああ、それか」
 最後の一口を口に運び、ふうっと至福の溜息をついたエドガーは、何の気なしにマッシュに告げる。
「さっきな。セッツァーの部屋で見つけたんだ」
「……セッツァーの部屋?」
「ああ。なかなかいい銘柄だろう」
「……さっき、セッツァーの部屋に行ってたのか」
 ──おや?
 思わずエドガーは顔を上げてマッシュを見た。何だか今、声のトーンと室温が下がった気がする。
 少し前までにこやかにエドガーを抱き締めていたマッシュの目が笑っていない。
 気のせいではないことは理解したが、マッシュが無表情になった理由が分からずエドガーは作り笑いを浮かべて困惑した。
「お茶持ってきた時、いなかった。ずっとセッツァーの部屋に?」
「ん……、いや、そんなに長居をしたつもりはなかったが……」
「こんないいワイン、セッツァーが理由もなくくれたって?」
「理由もなく、という訳では……、どちらかと言うと、無理矢理持って来たというか……」
 詰問されているような気分になって、エドガーの返事もついつい歯切れが悪くなってしまう。
 何か余計なことを言っただろうか、このワインはマッシュの好みではなかったか? あれこれと考えるが、マッシュの変化が唐突過ぎてどの想像もしっくりとは来なかった。
 気まずい沈黙が流れる。ついさっきまで温かで心地良い時間を過ごしていたというのに、あまりの温度差にエドガーは悩んだ。
 自分が何かをしたのは間違いないのだろう。ならば推測で迷っていても仕方がないと、エドガーは躊躇いながらマッシュに尋ねた。
「マッシュ……、俺は、何かお前を怒らせたか?」
 思い切って問いかけた途端、マッシュの顔がカッと赤くなりバツが悪そうに目が泳ぎ出した。これはどういう変化だとエドガーが目を瞠っていると、マッシュは気まずく唇を噛んでから、ややぶっきら棒にその口を開く。
「怒ってる、訳じゃなくて……、……できれば、その……誰かの部屋に行く時は、俺に一言知らせてくれた方が……、」
 そこまで言ってハッとしたマッシュは今度は頭を抱え出した。
「あ〜、キッチン追い出したの俺か……!」
 マッシュの百面相をぽかんと見守って、エドガーは確証のない結論を出す。──茶を届けに来てくれたのにいなかったのが良くなかったか。
 きっとそうだと納得して、一人赤くなったり青くなったりしているマッシュの肩に触れ、エドガーは素直に「分かった」と答えた。マッシュが何故だか申し訳なさそうな顔になったのは不思議ではあった。
「次に部屋を留守にする時はお前に伝えて行く。それで機嫌を直してくれるか」
「……うん」
 軽く唇を尖らせて頷いたマッシュの横顔を見てホッとしたエドガーは、それじゃあとワインに手を伸ばした。
「少し時間が早いが、もう開けてしまうか。一緒に飲もう」
「……セッツァーのワイン?」
 またマッシュの声が低くなった──エドガーが不安げに眉を寄せた姿を前に、マッシュが慌てて自分の頬
をペチペチと叩く。
「いや、うん、飲む。飲むよ、一緒に」
「……嫌なら無理しなくていいんだぞ?」
「無理してない!」
「そ、そうか……」
 弟であり恋人であるとは言え、やはりまだまだ人の心は窺い知れない何かがあるようだ──エドガーは今度セッツァーからワインをせしめる時にはマッシュも連れて行くべきかと思案した。

(2020.01.21)