マエド365題
「22.目元で笑う」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


 異世界に来てしばらく経った。
 これほど多くの人種や立場の異なる人々と暮らしを共にする経験など無い。驚きや戸惑い以上に満たされる好奇心で日々は充実し、目まぐるしく過ぎていく。
 同じ王族に当たる者でも、世界が違えば考え方が異なることもある。対して見た目がまるで違う種族の者に共感を得たり、新しい知見を得たり。
 毎日が発見の連続であり、この場所で如何に自分の力を役立てることが出来るか、己は何に秀でているのか、そして元の世界に戻った時に一国の主としてどう行動すべきかを見つめ直す良い機会でもあった。
 行動を共にするのは、所謂善人と呼ばれる者だけでは無い。かく言う自分も不本意な相手と共闘せざるを得ない時もある。対して、出会う形が違っていれば元の世界の結果のようにはならなかったのでは、と思われる関係を見たのは一度や二度では無かった。
 勿論異世界の人達の全てを知り得た訳ではなく、これも想像でしか無い。部外者には与り知らぬそれぞれの事情も多々あるだろう。そしてそれはお互い様でもある。
 確かなのは、この世界に集った人々は皆、今を懸命に生きているということ。
 そしてもう一つ。
「あら、またマッシュさんが子供たちと一緒にいますね」
「ホントだ〜、あんなおっきい身体してるのに、な〜んかおんなじ子供みたいだよね〜」
 女性陣の話題に我が弟の名前が上がったのを耳聡く聞き付ける。見ればマッシュが自分の腰丈程度の少年少女と楽しげに戯れていた。
 顔いっぱいに大口を開いて、空に響き渡る声で笑うマッシュは実に天真爛漫に映る。面倒見が良く、負けん気もあって子供達と対等の関係で遊んでいる様は、大人と子供というより純粋に仲の良い友人同士に見えた。
 常に快活で朗らかで好戦的な一方、じっとしていられない幼さも持つ男だと思う人は多いだろう。間違いではないが、それがマッシュの全てでは無い。
 ふと、マッシュがこちらの視線に気づいた。子供達とじゃれ合ってくしゃくしゃになっていた笑顔が、エドガーと目を合わせたほんの一瞬、恐らくは数秒にも満たないごくごく僅かな瞬間。
 子供染みた大らかな笑顔から、すっと細められる眼差しに浮かぶ優しい笑み。青い瞳に影が落ちて、深みを増した薄藍に滲み出る大人の色気。
 エドガーにしか分からない刹那的な合図。他の人間全てが見逃すだろう特別な表情。
「エドガーさん? どうかされましたか?」
「何か顔赤くない? 具合悪いの? 大丈夫?」
 レディ達に何でもないと愛想笑いで誤魔化して、緩む頬を隠すようにそそくさとその場から離れる。
 やはり、改めて確信する。未知の世界は数あれど、揺るがない想いがただ一つ。

(──俺の弟が世界で一番カッコいい……!)

 思い出すだけで身悶えするような魅力溢れる眼差しに浮かれたエドガーは、もう少し二人だけになれる場所と時間があればいいのに、と異世界に対する愚痴を零した。

(2020.01.29)