「全く、馬鹿なことを……」 ため息混じりに呟きながら、丸椅子に腰掛けたエドガーはベッドに横たわるマッシュの脇腹へ手のひらを向けて、覚えたての回復魔法を施していた。 マッシュはとろんと目尻を垂らし、仰向けの格好でぼんやりと天井を眺めている。そのまま瞼を下ろしてしまいそうになるのを、ハッと抉じ開けてはまた元のうとうとした表情に戻る、それを何度となく繰り返していた。 「……だってさ、あの方が手っ取り早かったんだよ」 しかし眠ってしまうかと思われたマッシュは、寝惚け声ではあるがエドガーの呟きに答えた。エドガーは険しい眼差しをチラリとマッシュの顔に向け、再び手当て中の傷に目線を戻す。 「それで怪我をしていては意味がないだろう。何故俺の援護を待たなかった」 「兄貴が来るのを待ってたら、怪我してたのは兄貴だったかもしれないだろ……」 「屁理屈を言うな」 「屁理屈じゃないよ……、兄貴が怪我するのは、嫌だ」 マッシュがゆっくりと目を閉じる。本当はそのまま眠ってしまいたいのだろうに、瞬きにしては長い間の後にマッシュはまた目を開いた。 「寝ろ。寝てる間に治してやる」 エドガーの言葉にマッシュが小さく首を横に振る。 「兄貴こそ、疲れてんだろ……、魔力尽きちまうから、もう休んで、」 「馬鹿言え。俺の魔力こそ一晩寝れば回復するが、お前の怪我はこのまま寝たって治らんぞ」 マッシュの言葉をエドガーがやや強めの口調で封じる。 単身でモンスターの群れに突っ込んで行ったマッシュの怪我は、命に関わるほどではないとはいえ、舐めておけば治る程度の軽いものではなかった。 魔力の弱いエドガーでは治癒にも時間がかかるためその間に懇々とお説教をしたせいか、もしくは回復魔法で温められた身体が眠気を誘うのか、気持ちよさそうにウトウトと目を細めて、それでもマッシュはなかなか眠ろうとはしなかった。 「俺は、大丈夫だよ。そのために、強くなったんだから」 気だるそうにマッシュが発した言葉を聞いて、エドガーの眉がピクリと揺れる。 「俺は、ちょっとくらい、怪我したって平気だけど。兄貴は、怪我、して欲しくない……」 ほとんどくっつきそうな上と下の瞼を見たエドガーは、黙って片手を伸ばした。広げた手のひらでマッシュの目元を覆い、しばらく待ってからそっと離す。マッシュはすやすやと寝息を立てていた。 怪我の具合を確認したエドガーは、安堵の息を吐いた。それからマッシュの寝顔を眺め、音を立てないよう持ち上げた椅子ごと顔の前に移動する。 穏やかな呼吸を耳に、薄っすら開いた唇のあどけなさをやや哀しげな眼差しで見下ろしたエドガーは、マッシュの髪に触れて優しくひと撫でした。 「お前は、そのためだけにいるんじゃないんだぞ。……馬鹿者が」 呟きに返事はなく、エドガーは今度は深く物憂げな溜息を吐いた。 |