マエド365題
「25.意外と純情」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


 ──夢じゃない。
 まだ空が薄暗い時刻に目覚めて、夜の間中握り締めていた青いリボンが手の中にあるのを真っ先に確認したマッシュは、寝起きの寝惚けた気分など吹っ飛ばして改めて喜びに浸った。
 昨夜、子供の時からずっと温めてきた想いがとうとう実を結んだ。マッシュの真摯で一途な告白を、茶化すことなく受け止めてくれたエドガーのはにかんだ笑顔は一生忘れることはないだろう。
 あまりに幸せで、本当は夢ではないかと疑うマッシュへエドガーは片方のリボンを解いて差し出し言った。
『これをお前に預けるから……、明日の朝、結びに来てくれ。このリボンを見たら、夢じゃないとすぐに分かるだろう?』
 照れ臭そうに口角を上げた微笑みを思い出しながら、マッシュは目尻を下げてリボンにキスをした。
 二人の関係がただの兄弟から恋人になった── 一人浮かれてガッツポーズを何度も繰り出しながら、マッシュは勢いよくベッドから起き上がった。


 ノックの後の返事はいつも通りの声だった。
 ドアを開くと、すでに簡単な身支度を整えて椅子に座っていたエドガーが振り向く。普段は二箇所で結んでいる髪に髪留めが一つしか付けられていないのを見て、マッシュは思わず頬が緩むのを必死で堪えた。
「おは、よう、兄貴」
「……おはよう」
 穏やかな声に美しく細められた瞳の青が眩しい。思わずフラつく足を踏ん張って、マッシュは右足と右手を同時に前に出して部屋の中へと進んだ。
 昨日の今日で、どうしても気恥ずかしく動作がぎこちなくなってしまう。気を抜くとすぐ顔がニヤけてしまうし、意味もなく踊り出したくなるほど浮かれるなんて生まれて初めてだった。
 対してエドガーは実に落ち着いている。いつもと変わらない涼しげな眼差し、品のある微笑、同い年ではあるがこれが兄たる立場の余裕だろうかと感動しつつも、マッシュは約束のリボンを差し出した。
「これ……」
「……結んでくれるんだよな?」
「……うん」
 ニコリと笑ってマッシュに背中を向けて座り直したエドガーにぎこちなく近づき、マッシュは柔らかい金色の髪の束をそっと掬い上げた。
 夢じゃなかった。本当に想いが通じた。今までも何度も結んだこの髪を、今日からは恋人として結ぶことが出来るのだ。
 緊張に震える指で、マッシュは滑りの良い髪を手櫛で梳く。指の隙間を通る艶やかな髪のひんやりとした感触と、ふわりと上る仄かに甘い香油の香りに目を細め、いつもの位置にリボンを据えた。
 ああ、綺麗だ。口の中で呟いたマッシュは、幸せの余韻に浸るようにしばらく髪に触れたままでいた。エドガーも何も咎めず、無言でありながらも穏やかで温かい時間が流れる。
 ふと、ほんの少し緩んだエドガーの髪が左の耳に垂れた。僅かではあるが髪を乱したことを申し訳なく思い、何の他意もなく人差し指で垂れた髪を掬って耳に掛けた瞬間。
 文字通り、エドガーが椅子から飛び上がった。
 事態が把握できず、髪に触れていた手の位置はそのままにぽかんと口を開けて固まるマッシュと、椅子から腰を浮かせて耳から首から顔全体まで真っ赤に染めて振り返ったエドガーの目が合う。
 先程まで余裕の笑みを見せていたはずのエドガーは、眉を下げて口をぱくぱくと動かし、しどろもどろに言い訳をした。
「い、いきなり、触るからっ……」
 目を丸くしたマッシュは、驚愕で硬直した顔のままごめん、と呟く。
 エドガーは汗でも拭くように手の甲で顔を忙しなく擦り、いつの間にか荒くなっていた呼吸を整えてふうっと大きく息を吐いて、それから気まずそうに椅子に座りなおして俯きがちに黙りこくった。
 ……ひょっとすると、一度も見たことがなかった兄の新しい顔をこの先何度も見ることが出来るのかもしれない──まだ真っ赤に熟れたままのエドガーの耳を後ろから眺めながら、マッシュは部屋に入って来た時とは少し色を変えた浮かれ気分で、緩み切った頬を手で覆った。

(2020.02.02)