マエド365題
「27.眼帯」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


「うあっ……」
 魔物の断末魔の叫びと共に世界が白んだ瞬間、咄嗟に閉じた瞼すら眩い閃光が突き抜けていった。
 素早く構えた腕で目元を覆ったエドガーは、周囲の異変が落ち着くまでしばらくその格好で耐えた。やがて訪れた静寂に合わせて恐る恐る腕を下ろして目を開くと、倒れたモンスターの周りに目を閉じる前と変わらずマッシュ、ロック、セッツァーが立っているのを見つけてホッと息を吐く。
「大丈夫か」
 駆け寄った先で、三人が一様に目を押さえていた。ロックは目を擦って何度か瞬きし、セッツァーは一度きつく瞑った目をゆっくり開いて舌打ちする。二人の視界には特別問題はなさそうだったが、その間に立っていたマッシュは左目を押さえて険しい表情を隠さなかった。
「マッシュ」
 エドガーがマッシュの左目に向かって手を伸ばす。
 マッシュの手に触れて指を優しく剥がし、閉じられた瞼をそうっと親指で押し上げると、左目はぼんやりと霞がかかったような鈍い青色に変わっていた。
 エドガーが溜息をつく。
「見えるか」
「……いや。右目は、見えてる」
 マッシュは眉を顰めて何度も瞬きをし、再び左目を手で覆った。
「ダメだ。左だけやられたみたいだ」
 光が眩しいのか、マッシュは太陽を避けるように顔を背ける。エドガーは振り返り、ロックとセッツァーに尋ねた。
「目薬は?」
「この前切らしてから買い足してねえな」
 セッツァーの返答にエドガーはまた溜息を零す。
 しばらく考え込んでいたロックが、これから目指す予定の方向を親指で指して軽い調子で言った。
「もうちょいで全部回って来られるだろ。残ってるお宝回収するだけだし、マッシュはここで待ってろよ」
 左目を押さえたままのマッシュがロックの声の方角に顔を向け、眉を下げる。エドガーはマッシュの背中を元気づけるように軽く叩いた。
「俺も一緒に残ろう。死角があると急に敵が出て来た時に危ない」
「よし、じゃあ俺とセッツァーでサッサと言ってくるぜ」
「俺も休みてえなあ」
「セッツァーは来いよ!」
 やる気のなさそうなセッツァーを引っ張って進むロックの背が小さくなった頃、相変わらず左目を押さえたままだったマッシュはおもむろに腰紐を一本抜いた。左目を覆うように斜めに顔を横切らせて、うなじの辺りで紐を結ぶ。
「ないよりいいか。眩しくてさ、ずっと押さえてるのも辛いから」
「そんな清潔じゃなさそうなもので覆って大丈夫か?」
「はは、目は閉じてるから大丈夫だよ」
 ようやく笑顔になったマッシュを前に安堵したエドガーは、岩に腰掛けたマッシュの左側に同じく腰を下ろした。万が一モンスターが現れた場合、左から襲われては反応が鈍くなることを見越しての判断だった。
「咄嗟に庇おうとしたんだけどな。右目しか間に合わなかった」
 マッシュが苦笑混じりに呟く。エドガーも少しだけ笑って、脚を地に投げ出して座るマッシュの太腿にぽんぽんと触れた。
「食らったものは仕方ない。ロックたちが戻ってきたら、早く飛空艇に帰ろう」
「ああ、悪いな」
 エドガーを振り返ったマッシュが申し訳なさそうな苦い微笑みを浮かべる。左目が隠れているせいか普段と雰囲気が違う笑顔に、エドガーの胸が小さく音を立てた。
 何だか、いつもよりセクシーに見えるな──不謹慎なことを考えながら、エドガーはマッシュの左目が見えていないのをいいことにチラチラと目線を向ける。
 いつもながら良い男だ。腰紐が顔を斜めに横断しているために綺麗な鼻筋がより目立つ。薄汚れた腰紐で乱雑に片目を覆っている様が、野趣に溢れて男らしい色気を感じさせた。
 基本は同じ顔であるからナルシスティックな感情ではあるが、マッシュの顔がとりわけ好きだと改めて実感したエドガーは、勝手に煽られた心を宥めるべく軽い悪戯を思いついた。
 見えていない左側から、軽く手を振る。マッシュは反応しない。北叟笑んで、エドガーはそっと顔を近づけた。不意打ちに慌てふためく姿を想像しながら。
 息を殺して、音を立てないように静かに、僅かに尖らせた唇が少し髭が伸びかけた頬に触れるまで──
 その時、突如伸びて来た手がエドガーの頭を掴んだ。驚きで丸く広がったエドガーの目に、くるりと振り向いたマッシュの右目の青色が飛び込んでくる。目が合ったと思った瞬間、唇は塞がれていた。
 驚きで開いた唇の隙間から入り込んだ舌がエドガーの舌を絡め取り、噛み付くように包んだ口の中をやや強引に蹂躙していく。思わず腰を引いたエドガーの頭をマッシュの腕がしっかりと捉えて、息が苦しくなるまで逃がしはしなかった。
 思いがけず長い口付けの後、そっと離れたマッシュの唇がボソリと低く呟いた。
「そんなに近づかれたら、流石に気配で分かっちまうよ……」
 エドガーは耳まで顔を赤くして、子供のように唇を尖らせる。
 触れている肩からマッシュがくつくつと笑う振動が伝わって、してやられたとむくれたエドガーは、しかし見た目の期待通りの荒い口づけに胸をときめかせるのだった。

(2020.02.05)