マエド365題
「32.手袋代わりに僕の手を」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


 吐き出す息の白い靄が晴れる度に、濃藍と紫紺が混じった闇空に散らばる無数の星が瞬く。その動きに呼応するように自らの目も瞬かせる二人の少年は、冷たく硬い石板の床の上に尻をつけ、肩を寄せ合って夜の空を見上げていた。
 同じ顔をした双子の兄弟が一様に空に顔を向けていると思いきや、弟のマッシュは時折用心深く背後を振り返っていた。チラチラと揺れる頭が気になるのか、兄のエドガーが目は空に合わせたまま口を開く。
「大丈夫だって。ちゃんとベッドに細工してきただろ、バレやしないよ」
「……でもさあ、毛布めくられちゃったらすぐ見つかるよ」
「まだしばらく平気だろ。それよりきちんと上見てないと見逃すぞ、流星群」
「うん、五十年に一度だもんね」
 鼻先を突き合わせてひそひそと囁く二人の間に吐く息が白く上がった。
 昼間は袖なしの衣服でも汗ばむくらいの気温だが、夜は一転乾き切った空気がぐんと冷える。並んで座る二人はぴたりと肩をくっつけて、寝室から持ち込んだ一枚の毛布に包まってはいたが、その中は薄手の寝衣のままで防寒としては不十分だった。
 エドガーは話しているうちに赤くなったマッシュの頬が気になったようで、思わず指を伸ばして触れた。さぞや冷たいだろうと思われた赤い頬は、意外にもエドガーの指先を溶かすかのような仄かな熱を持っていた。
 エドガーが驚き自身の指を見る。──想像以上に冷えていたのはこちらの指だった。
「てぶくろ持って来ればよかったなあ」
「きかいのせいびの時に使うやつしか持ってないけど」
「それでもないよりマシだったろ」
 早く星降らないかなあと焦れるエドガーの隣で、マッシュが自身の指をもまじまじと見てから軽く頬に当てて温度を確かめた。それから、はあっと白い息を吐きかけて、その手をエドガーに差し出す。
「はい、てぶくろ」
 キョトンとするエドガーの手を自主的に掴んだマッシュは、指を絡めてギュッと握る。ほんの僅か温かさが勝るマッシュの指と手のひらから、エドガーの冷え切った指へ熱が運ばれた。
 手袋の意味を理解したエドガーは歯を見せて笑った。マッシュも同じ顔で笑い、固く手を繋いで、もう片方の手でそれぞれ毛布を握り締めて再び空の闇に向かう。
「──あ!」
 煌めきが降った瞬間、握り合う手と手に同時に力がこもった。星降る空に目を奪われている間に、繋いだ手はじんわり汗ばむほどに熱を帯びていた。





「──そういやあったな、そんなこと」
 吐いた息の白さで一瞬隠れたマッシュの顔が、エドガーを振り返って軽く笑った。
「あの後俺が熱出しちまってさ」
「ああ、そうだったそうだった。寒い夜だったからなあ」
「今夜も冷えるな。寒くないか?」
 マッシュの問いにエドガーは肩を竦めて皮肉めいた笑みを浮かべた。
「これだけ着膨れてりゃ暑いくらいだ」
「そうか、それなら良かった」
「全く人を年寄り扱いして」
「ははは、同じ年だろ」
 厚手のコートをしっかりと着込んで夜空を見上げるエドガーの隣に立ち、マッシュは目尻に優しい皺を作って口角を上げた。そして手のひらを上にエドガーへと差し出す。
「はい。手袋代わり」
 二度瞬きしたエドガーは、ふっと頬を緩めてマッシュの手に自らの手を乗せた。元より温かいマッシュの手の中で、エドガーの節張った冷たい指がじんわり解けていく。
 固く繋いだ手はそのまま、並んで見上げた闇空に降る星々の傾きはいつかの夜と同じ煌めきだった。

(2020.03.03)