マエド365題
「36.ぶかぶかシャツ」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)

※現パロDD双子です(うちの現パロは全部同設定です)


 平日に放ったらかしていた大量の洗濯物を、まとめて洗って家中に干しまくったのが昨日。好天も手伝ってすっかり乾いた洗濯物を取り込んで、マッシュは制服のシャツにせっせとアイロンを掛けていた。
 隣で他の洗濯物を畳んでいたエドガーは、手慣れた様子のマッシュを時折覗き見ては茶々を入れる。
「火傷するなよ」
「しないよ」
 子供じゃあるまいしと笑うマッシュの横顔が愛しい。背筋を伸ばして丁寧にアイロン掛けをする姿もまた凛々しいものだと頬を緩め、マッシュがアイロンを掛け終わったシャツを他の服と同じく丁寧に畳んだ。
 最初に畳んだエドガーのシャツに比べると、マッシュのシャツは肩幅が随分広く感じる。去年はここまで差がなかったように記憶していたエドガーは、軽く唇を尖らせるも何も言わず綺麗に袖を折り畳んだ。
「よし、アイロン終わり。服仕舞って茶碗洗ったら一休みだな」
 そう言ってエドガーが畳んだ二人分の服を抱えようとするマッシュを、エドガーが手で制した。
「分担した方が早いだろ。俺が仕舞ってくる」
「いいの? じゃあ頼むよ、ありがとう」
 二人で暮らしている家なのだから家事を等しく行うのは当然なのだが、マッシュはどうも自分が主に家事を担当する側だと思っているきらいがある。
 確かに家事能力はマッシュより少し、いやかなり低い自覚はあるとは言え、弟にばかり負担を押し付けるのはエドガーの本意ではない。
 礼など言わなくても良いのになあと思いながら、エドガーは大量の畳んだ洗濯物を抱えて立ち上がった。朝昼と放置してしまったシンクの洗い物は結構な量であることを知っていたし、これでもエドガーの方がずっと楽な仕事なのだ。
 まずは自室に洗濯物を置き、手早く箪笥の引き出しに収めて行く。元より整理が行き届いている部屋で難なく収納を終え、もう半分のマッシュの服を抱えて今度は隣の部屋へと足を向けた。
 洗濯物を仕舞うという仕事を任された時点で部屋に入る許可は得ているも同然なのだが、何となしにエドガーは軽くノックをした。当然あるはずのない返事を待たずにドアを開け、中に滑り込む。
 他の居室に比べてマッシュの匂いが濃く漂う室内で恍惚の笑みを浮かべ、鼻歌交じりに箪笥へ向かう途中、床に置かれたマッシュのスクールバッグの肩紐がエドガーの足を捕らえた。
「おっ……と」
 寸でのところでバランスを保ったエドガーは、転びこそしなかったものの畳んでいた洗濯物を床に取り落としてしまった。あー、と落胆の声を漏らし、渋々膝をついて崩れた衣類を手に取る。
 折角綺麗に畳んでいたのに。ブツブツと呟きながら仕方なく乱れた服を畳み直していると、先程大きさが気になったシャツに目が留まった。
 近くにマッシュがいないことを幸いに、こっそり自身の胸に当ててみる。──やはり大きい。
 相手は空手部で主将を務めるに相応しい巨躯の持ち主なのだから当然かもしれないが、つい一年前は少しばかり追い越された程度だと認識していたのに。
 悔しい反面、嬉しくもあった。幼い頃のマッシュは病気がちで頻繁に寝込み、その病弱な身体のためにエドガーと離れて暮らすことになってしまったのだから、こうして健康に逞しく成長した弟を実感出来るのは酷く感慨深かった。
 思わずシャツを抱き締めると、何故だかマッシュの匂いを強く感じる。同じ洗剤で互いの服を一緒に洗っているのに不思議なものだと微笑み、エドガーはうっとりと大きなシャツに頬を寄せた。
 ふと、好奇心が働いた。傍目にも大きなこのシャツは実際どれだけ大きいものなのだろう。チラリと振り返ったドアの向こうにマッシュの気配はない。あの洗い物の量ならまだしばらくかかるに違いない。
 エドガーはいそいそと着ていたポロシャツを脱ぎ、洗い立てで美しくアイロンが掛けられたマッシュのシャツに袖を通した。
 両の腕を差し入れ、前を合わせて三個ほどボタンを留めてみる。立ち上がってみると、シャツの裾はギリギリ臀部を隠す程の長さがあった。
「おお〜……」
 思わず感嘆の声が出る。二の腕辺りに袖山が当たり、袖口は指先で掴めてしまった。一回り、いやもう少し大きいだろうかと腕を上げたり背中を振り返ったりして、改めてマッシュとの体格の違いにエドガーは驚く。
 そしてはたと気づく。──これはいわゆる彼シャツというやつではないか?
 むず痒そうに口元を緩めたエドガーは、マッシュの部屋に姿見がなくて良かったような、少々残念なような気分になりながら、畳みかけの洗濯物そっちのけでぶかぶかの彼シャツを着て小躍りした。それだけ気を緩めてしまっていたのだから、ふいに聞こえてきたドアの外の足音に文字通り飛び上がった。
 あれだけの洗い物をもう終えたのか──弟の手際の良さを恨みながら、この格好を見られたら恥ずかしさで卒倒してしまうと隠れ場所を探す。
 しかし物の少ないマッシュの部屋はごくシンプルで、マッシュ程でなくともそれなりに長身のエドガーの身体が入る場所など何処にもない。
 ドアノブがガチャリと音を立てるのと、エドガーがマッシュのベッドに飛び込むのとはほぼ同時だった。勿論うまく隠れたなどと思う訳が無い。
「兄貴、終わった? ……あれ」
 散らばった洗濯物、部屋にいない兄、盛り上がったベッドと来ればマッシュが迷うはずもなかった。
「なーに遊んでんだよ、兄貴?」
 楽しげな声と共に呆気なく剥がされた毛布、その下で無意味に顔を隠すエドガーが着ているものはマッシュのシャツ。
 綺麗にアイロン掛けしたシャツを皺くちゃにされてさぞや怒るか、ぶかぶかのシャツを羽織った間の抜けた格好を笑うか──思わず目を瞑ったエドガーにはマッシュの表情は見えなかったが、数秒の無言の後になや上擦った弱り果てたような声は確かに聞き取れた。
「も、も〜! またそういう可愛い誘い方して……!」
「えっ? い、いや、違……」
 慌てて開いた目に映る視界にはマッシュの影。
 弁明する猶予もなく唇を塞がれて、何が何だか分からないうちにずっしり重く大きくなったマッシュの身体を受け止めた。


 結局、シャツは洗い直しになった。

(2020.04.27)