※現パロDK双子です(うちの現パロは全部同設定です)


 暇潰しに読んでいた機械工学の本を閉じ、図書室を出たエドガーは迷うことなく格技場へ向かう。予定通りの時間にやって来たエドガーを、部活を終えて着替えを済ませたマッシュが迎える日常の一部。
 連れ立って帰宅する二人は、外に出た途端に纏わり付いてくるような生温い湿気に眉を寄せて、ほぼ同時に曇天の空を見上げた。
「一雨来そうだな」
「ホントだ。折角の七夕なのに天の川見えなさそうだなあ」
 残念そうに呟いたマッシュに微笑んで、その大きな背中を慰めるように軽く叩く。雨が降り出す前にとやや早足で、並んで歩くいつもの帰路。
 駅に着いて電車に揺られ、通りかかった商店街でふとマッシュが足を止めた。どうしたと尋ねる前にマッシュの視線を追うと、靴屋の前に飾られている笹に辿り着いた。
 遠目にもプラスチック製の作り物だと分かる大きなもので、傍に備えられた長机の上には買い物客が自由に願い事を書いて吊るすための短冊が用意されているようだった。
 すでに笹には色とりどりの短冊がびっしり下がっていた。今も一人、子連れの母親が子供が書いたと思しき短冊を吊るしている。思わず目を細めて口角を上げたエドガーの横で、マッシュが小さく「短冊かあ」と呟いた。
 エドガーは顔を上げ、どこか羨ましげに笹を見ているマッシュに声をかけた。
「お前も書くか?」
「えっ」
 予想よりも驚いた声を出したマッシュの頬は薄っすら赤くなっていた。これは何か書きたい願いがあるのだなと察して、エドガーはマッシュの腕を取って笹へと向かう。
「あ、兄貴」
「早く書いちまえ。雨が降ってくるぞ」
 なるべく揶揄を含まないように優しくそう言うと、マッシュはうん、と呟いて大人しくついて来た。エドガーは口元に笑みを浮かべたが、声には出さなかった。
 近くに来ると、笹は思った以上に高さがあった。マッシュの長身をゆうに越える笹はアーケードから吊るされていて、様々な色の短冊に込められた願い事を鈴なりに二人を見下ろしている。
 マッシュは目の高さにある願い事に幾つか目を通し、それからチラッとエドガーを見て長机に向かった。マッシュが青色の短冊を選んでペンを持つ間、エドガーも吊るされた短冊を読む。
 志望校に合格しますように、告白がうまくいきますように、野球選手になれますように、お母さんの病気が治りますように……全て筆跡が違うあらゆる願い事には大小関係のない切実さがあった。
 眉を上げたり下げたり、顔も知らない誰かの願いを流し見たエドガーは、ふと大きな背中を丸めて真剣に願い事を書いているマッシュに顔を向ける。
 そっと近づき、背後から覗き込んだ。
「マッシュ」
「うわあっ」
 声を掛けるとマッシュはバネのように跳び上がり、短冊を背に隠して身体ごと振り返る。思いも寄らない反応に目を丸くしながら、エドガーが呆れた口調で言った。
「まだかかるのか? ……一体何をお願いするんだ」
 マッシュはバツが悪そうに下唇を尖らせて、どうやら知らん振りを決め込むつもりらしい。エドガーの目蓋が意地悪く下がり、マッシュが隠した短冊を覗こうと顔を寄せた。しかしマッシュは素早く身体の向きを変えてしまう。
「なんだ、俺には見せてくれないのか」
「……恥ずかしいから」
「恥ずかしいって、一体何を書いたんだ」
「内緒!」
 言うなりマッシュは笹へと向かって、恐らく背の低い人向けに置かれていた踏み台に乗り、更にうんと背伸びをしてエドガーの手の届かない高さへ短冊を結び出した。
 余程見せたくないらしいと苦笑してから、やがてエドガーの笑みは柔らかな微笑みに変わる。マッシュが爪先立ちで奮闘している側で、エドガーもマッシュと同じ青い短冊を手に取った。
 ──後ろから覗いた時に見えてしまった。
 あの無骨な指で丁寧に書かれた願い事。
 『兄貴を守れる強い男になれますように』──もうとっくに叶っていると本人に伝えても、マッシュは首を縦には振らないだろう。
 エドガーに見えないよう裏返しに吊るそうとして、それでは天からも見ることが出来ないと気づいたのか、何とか笹の葉の影に上手く隠して下から読めなくなるよう苦戦している。そんなマッシュを振り返って、抑え切れない零れる笑みと共にエドガーも短冊に願い事を記した。
 爪先立ちの足を震わせるマッシュの隣でエドガーが手近なスペースに素早く短冊を結び付けた時、ようやく満足いく位置に据えられたのかマッシュの踵が踏み台にトンと降りた。
「終わったのか」
「え、あ、う、うん、あっ、兄貴待って」
 答えを待たずに歩き出したエドガーを、慌ててマッシュが追いかける。
 分厚い雲は学校を出たばかりの頃より黒く淀んで、今にも降り出して来そうだ。小走りに駆けるエドガーのすぐ後ろをマッシュの靴音と気配がついて来る。兄貴、と呼ばれる度に急げと返して、緩む口元を見られないよういつしか全力で走っていた。
 アパート前で追い付かれて後ろから抱き締められた時、胸を支える逞しい腕に触れながらエドガーは空を見上げる。
 どうかこの日常がずっと続きますように。
 雲の上の天の川に願いを込めて、ようやくマッシュを振り返ったエドガーは汗だくの男を見て晴れやかに笑った。

(2020.07.17)