いよいよ明日が最終決戦──仲間たちは夕食を終えると言葉少なに別れ、それぞれが落ち着く場所で心の準備を整えていた。 少し飲まないかとエドガーに声をかけたのはマッシュだった。珍しいと思いながらもエドガーは快諾した。飛空艇のマッシュの部屋で、小さなテーブルを囲んで二人は控えめにグラスを合わせた。 お互い普段よりずっとナイーブになっている自覚があった。唇を湿らせるように少しずつグラスを傾け、つまみにとマッシュが用意したナッツは少しも減らない。会話のきっかけを掴めず、二人はしばし無言のまま時を過ごした。 「……兄貴」 先に口を開いたのはマッシュだった。エドガーは軽く眉を寄せることで応えた。マッシュの声の調子でどうやら深刻な話だと察した様子だった。 「いよいよ、明日……だな」 「……ああ。明日だな」 マッシュの低い声が静かな室内に重々しく響く。それをあえて軽く肯いたエドガーは、マッシュがこれから言わんとする何かを言い出しにくくならないよう、急かすことなくゆっくりグラスに口付ける。 マッシュはしばらく浮かんでは消えるグラスの中の波紋を見つめていたが、意を決して顔を上げ、エドガーに向き合った。 「……兄貴。明日は俺、全力で戦うよ。全部終わらせるために戦う。兄貴のことも絶対守ってみせる。それでもしも、……もしも明日の戦いで無事に帰って来られたら……、俺、兄貴に伝えたいことが」 「待て」 恐らくは決心が揺るがないよう息を継ぐ間も惜しむ勢いで話していたマッシュを、顔を強張らせたエドガーが鋭く遮る。口を開けたまま思わず声を詰まらせたマッシュは、エドガーが険しい表情で小刻みに首を横に振るのを茫然と眺めた。 「マッシュ……、ダメだ、それは」 「え……」 「お前、それは……死亡フラグだ」 「え?」 耳慣れない言葉に今度はマッシュが顔を顰める。 エドガーは真剣な眼差しで、ぐいと向かいのマッシュに身を乗り出した。 「未来に含みを持たせて戦いに赴くなんて、こんな分かりやすいフラグがあるか! いいか、死にたくなかったら今言え」 「し、死なねえよ! だから、絶対生きて帰ってくるために決意表明を、」 「それがいかんと言ってるんだ! 大方明日の戦いで俺のピンチをお前が庇って『一緒に帰れなくてごめんな……』って微笑みながら息絶えるつもりだろうがそんな結末俺は許さんぞ!」 「いやちょっと待って、息絶えるつもりないから! 死なないから! 一緒に帰るから!」 困惑するマッシュの目の前で度数の強い酒を一気に飲み干したエドガーは、テーブルを押し除けてマッシュの胸倉を掴み上げた。 「だったら今言え!」 「いや、それは、だからその、心の準備というか、無事に帰って来たら胸張って言えるかなって、」 目を泳がせてしどろもどろに言い逃れようとするマッシュに痺れを切らし、エドガーは乱雑に手を離すと窓際にある簡素な机に向かう。迷いなく引き出しに手を伸ばそうとするエドガーの意図に気づき、マッシュが慌てて飛んで来た。 「どうせここらに置き手紙でも仕込んでるんだろう。万が一のことが起きた場合を見越して」 「待って、そこダメ!」 ガタガタと引き出しを鳴らすエドガーを後ろから羽交い締めにして、マッシュは必死で机からエドガーを引き剥がす。何とか兄の手を引き出しの取手から離すことに成功し、回り込んで背中で机を隠したマッシュは息を切らせて首を横に激しく振った。 確信し切ったエドガーがじっとりとマッシュを睨み見据える。 「そんなものまで用意して、やはり完全なフラグじゃないか。書き出しは……そうだな、『兄貴がこれを読んでるってことは、俺はもうこの世にはいないんだろう』」 「ストップ! なんで!? 見たの!?」 マッシュが全身真っ赤になった。ふふんと眉を揺らしたエドガーはそれくらいお見通しだと口角を上げ、互いの鼻先が触れ合いそうな距離までぐいと詰め寄って言い放った。 「フラグ通りに動いているお前のやることなんて手に取るように分かる。このままだと確実に明日の戦いでお前は死ぬぞ。それが嫌ならフラグをへし折れ! とっとと吐いて楽になれ!!」 「あーもう! 分かったよ! 好きです! ずっと好きでした!!」 「よーしよく言った! 俺もお前が好きだ!!」 「夜中にうるせーぞお前ら!!」 隣室のセッツァーに激しく壁を殴打されるのも構わず、フラグの回避を確信したエドガーとマッシュは強く抱き合って明日の勝利を誓った。 |