次々と来る酒の勧めを思いの外うまく断れたと自負していたのだけれど、玄関で脱いだ自らの靴に足を取られてフラついたところを見るとそれなりに飲まされていたのかもしれない。 身体を支えた兄が美しい苦笑を見せてくれて、酔いも伴ってぼんやりと見惚れてしまう。 「お疲れ様。そこそこ飲んだみたいだな。やっぱり新人は絶好の的か」 兄の肩を借りながらひとまずはソファに腰を下ろし、溜息を吐くと同時にネクタイを緩めた。 「お前はガタイがいいから飲むと思われたんだろう」 兄の声が遠ざかる。どうやら着替えを取りに寝室に向かっているらしい。 「これでも結構断ったんだぜ」 やや大きめに掛けた声は届いていたようで、戻ってきた兄は笑顔で下着とパジャマを差し出しながら言った。 「それでも飲まされたんだよ。首まで真っ赤だぞ」 咄嗟に首回りに触れると、外気で冷えた手のひらがひんやりと心地良い。兄の言った通り身体が温まっているのか、帰宅した安堵感も手伝って眠気が襲ってきた。 「早くシャワー浴びて来い。そのまま寝るなよ」 「うん、行ってくる」 大きなあくびをひとつ、フラフラとバスルームに向かう。新卒で勤め始めた職場の仕事納めも忘年会も無事に終わり、しばらく年末年始の休暇で兄と一緒にいられる喜びもあって今夜は少し期待していたのだが、とても起きていられそうにない。 でもまあ、これから六日間も一日中べったり出来るし。ニヤニヤと締まりなく微笑みながら髪や身体についた酒と煙草の臭いを洗い流し、上機嫌でバスルームから出た後に事件は起こった。 兄が自分の荷物から何やら取り出して凄い顔をしている。荷物を勝手に漁られることは今回に限ったことではないので気にならないが、あの驚愕と困惑が入り混じったような表情は大いに気になった。 「兄貴……、どうかした?」 まだ濡れた髪から滴る水滴を受け止めるためにタオルを肩に掛けたまま近づくと、兄は酷く驚いて飛び上がった。振り向いた顔が薄っすら赤い気がする。 「どうかした、って……こっちの台詞だ。お前、なんだこれ」 その手に持っている赤い箱が何なのか閃かず、首を傾げてから思い出した。 「ああ、さっきの忘年会の景品だよ」 「景品?」 「そう、ビンゴで当たったんだ。これ、何なんだ? みんなやけにニヤニヤしてたんだけど、兄貴は何だか分かる?」 嘘偽りなく『それ』を持って帰った経緯を告げると、兄は気まずそうに眉を寄せて大きな溜息をついた。何故だか呆れられているようだが、職場の人間が誰も教えてくれなかったのだから仕方がないではないか。 「あのなあ、これは……」 それを顔の高さまで持ち上げた兄が説明を始めようとして、……不意に口を開けたまま固まった。かと思えば、目だけをくるりと斜め上に回し、そしてにんまりと口角を上げる。 これは何か企んでいる時の兄の顔だ。それも悪いことを。気づくと同時、兄が腕を掴んで言った。 「使い方、教えてやるよ。ソファに座れ」 何だか嫌な予感がしたが、兄に逆らえるはずもない。 予感は的中した。 運悪く肩に掛けていたタオルで目を覆われて、ソファに座らされ何故か下半身を剥き出しにさせられている。 「こんなにパッケージに大きく名前が書いてあるのに、お前が知らないなんてなあ。……まあ、使う機会もなかったか」 ガサゴソと音がする。恐らくあの箱から中身を出しているのだろう。一体何が入っているのだろう、先輩はコケシみたいなものだと言っていたがさっぱり分からない。 「な、なあ、なんで目隠しするの?」 「ん? 視覚に頼らないとどんなもんかと思ってな」 どういうことだろう。とりあえず、風呂に入った後で良かったとは思う。 「俺だって使ったことはないけどな。知識くらいはあるさ。このフィルムを外せばいいんだな。それからえーと、先端のシールを剥がして……」 コケシのようなものなら人形の類ではないのだろうか、兄の言葉からはそうとは思えない。聞こえてくる音からも全く正体が予測できずに混乱する中、ふと兄の手が剥き出しだった腹の下の分身に触れて跳ね上がった。 「なに、なになに何すんの」 「教えるって言ったろ、使い方。じっと座ってろ」 揶揄うように囁かれてグッと下唇を噛む。兄の言葉は魔法そのもので、どんな理不尽な命令でも言うことを聞きたくなってしまう。 しかも思いがけず敏感な場所を触られてしまって──眠気はとうに吹っ飛んで、正直なところラッキーだとさえ思ってしまっている。 「よし、じゃあ使ってみるか……」 やんわりと握られたと思ったら、そのまま緩やかに扱かれ始めた。どういう事態かさっぱり飲み込めないが、単純に兄の手は気持ち良い。兄曰く「そこそこ飲んだ」はずだが、兄の手の中で自分のものがみるみる硬くなっていくのがよく分かった。 先端を指先でちょんちょんと触られてビクッと腰が引けた。顔が熱くなる。きっともう濡れてしまっているのだろう。見えていない分、兄の手が次にどう動いてどこを触るか分からないのが余計に緊張して、……興奮した。 「んっ……!?」 ふと兄の手が離れたと思った次の瞬間、先端に触れた何か異質なものが勃ち上がったものを包み込むように飲み込んで行った。 一瞬兄が跨ったのかと思ったが、性器のみ触れて身体のどこにも手や足が触らないなんて出来るはずがない。身体の密着はないのに股間だけ直接の刺激を与えられて、素直に気持ち良く感じて良いのか困惑する。 「どうだ? イイか、これ?」 「どうだっ、て、聞かれてもっ……」 「これな、オナホだよ。オナホール。オナニーに使う道具だ」 「お、オナッ……!?」 「お前、揶揄われたんだよ。ほとんどセクハラだな」 言葉の割には兄はやけに楽しそうで、リズム良く手を動かしているためかグチュグチュと卑猥な音までやけにリズミカルだ。 しかしオナニーの道具なら本来は自分で使うものではないだろうか。まあ持っていても兄がいるのだからこの先使うことはなかったかもしれないし、でもどうせなら兄が研究室に篭る時期用に取っておいても良かったのでは、とほんの少しだけ残念な気持ちになったりならなかったり。 それにしても結構な吸い付き具合で……、本物(と言っても兄しか知らないのだけれど)とは多少の違いはあれど、これはこれでなかなか…… 「……」 情緒の欠片もない、しかし酷く分かりやすい快楽を享受するために、いつしか身体は自発的に動いて達する準備をしてしまっていた。そのせいで兄が途中から無言になっていたことに気付けなかった。 完全に自分一人の世界に没頭して、もう少しで果てるというその時に突然兄の手が止まった。あれっと思う間もなく分身を包んでいたものが引き抜かれる。 「えっ、なんで……」 思わず声が出てしまった。我ながら残念そうで猛烈に恥ずかしくなる。そして兄が何も言わないのがどんどん怖くなってきた。 「あ、兄貴……?」 返事の代わりにコトンと何かを床に置く音がした。やはり何か怒らせただろうかと場を取り繕うための言葉を探していた時だった。 ぬるっと湿った何かが萎れかかったものに絡みつく。 つい腰が跳ねた。先程の続きかと思ったが違う。──温かい。 ぬるぬると先端から根元まで這うそれは明らかにオナホールとは感触が違った。たっぷりと濡らして、全体をすっぽりと包みながらも時に強く吸い付いてきて、何より体温がある。太腿を掠める柔らかい後れ毛の擽ったい感触と、陰毛を湿らせる熱い息。 ああ、これは、兄貴の…… ぐんと硬度が増したのに気づいたのか、動きが速くなってきた。元よりイク寸前だったのだ、見えなくても頭に刻み込まれている兄の姿を想像するだけで快楽は加速度的に膨らんでいく。 「ウッ……」 出る、と思った瞬間にはもう遅かった。温かく包まれた中で脈打つそれは、完全に収縮を終えるまで優しく包まれたままだった。 ちゅっと音を立ててそれが離れていくと、ひんやり外気が纏わりついて無性に寂しく感じた。それも束の間、目隠しされていたタオルがおもむろに外されて、目の前には照れ臭さを誤魔化すためにほんの少し不機嫌に唇を尖らせた兄の顔があった。 「……どっちが良かった」 ぶっきら棒な質問に思わず苦笑する。 「……兄貴です」 唇の端についた白い残滓を指先で拭ってやりながら答えると、兄が勝ち誇った笑みを見せた。 |