「しかし賑やかだったなあ」
 しみじみと呟きながら、エドガーが開いたドアの向こうは決して広くはない一室。エドガーに続いて中に入ったマッシュが「ああ」と相槌を打ってドアを閉めた。
 ファルコン号の船室は数が多くはなく、女性陣に個室を優先したこともあって、エドガーとマッシュは二人で一つの部屋を利用している。気味が悪いくらい距離の近い兄弟なのだから一緒でもいいだろうと笑うロックに当然とばかり頷いた二人だが、当初は部屋の端と端に置かれていたベッドが今は並んでくっつけられていることは伝えてはいない。
「リルムは部屋に戻ったらバタンかな。大分無理して起きてたよな」
「みんなでカウントダウンするって張り切っていたからな……おかげで楽しい夜だったよ」
 寝支度を進めて夜着に着替えた二人は、それぞれのベッドに腰掛け眠る前の最後の準備を始める。エドガーは解いた髪を編み、マッシュは軽く手足を伸ばしてストレッチを。
 部屋の外も酷く静かだった。少し前まで騒々しいと言って良いほど賑やかだった談話室の後片付けは、朝になってからにしようと全員で決めた。飲み疲れ騒ぎ疲れた仲間たちはめいめい部屋に戻って、今頃泥のように眠っているだろう。
 この二人と言えば、それなりに飲んだ割には足取りが覚束ないこともなく目つきもしっかりとしていた。それでも時間相応の眠気はあるようで、エドガーは小さなあくびを品良く指先で隠し、その隣のベッドでマッシュは大きなあくびをした。
 蜜蝋のクリームを指にとって唇に塗るエドガーと、ベッドの毛布を簡単に整えるマッシュ。お互いチラリと顔を見合わせて、すっかり寝る準備を終えたことを確認した時、ほんの一瞬微妙な間があった。
「……寝ようか」
 マッシュが喉に引っかかったような声で短く尋ねると、エドガーはにっこり笑って頷いた。
 エドガーがベッドに潜り込むのを確かめて、マッシュは灯りを落とす。フッと暗くなった室内で、薄いカーテンの向こう側から照らす月明かりがぼんやりと影を揺らした。
「おやすみ」
「……おやすみ」
 ささやかな挨拶を交わして、影は動かなくなる。まだ規則的ではないそれぞれの呼吸がぎこちなく響き、完全に静まる前に、何か思い出したようにエドガーがふと身を起こした。
「そうだ、寝る前に」
 隣のベッドにずいと上半身を寄せて、薄闇に慣れた目で捉えたマッシュの顔に顔を近づける。
「今年もよろしく、マッシュ」
 鼻先が触れる位置で囁いて、唇にチュッと音を立てて軽いキスを落とした。すぐに離れようとした唇は、しかしマッシュが腕を伸ばしてエドガーの頭を掴んだことで引き戻される。
 思いがけなく唇が深く重なり、エドガーは僅かに目を丸くした。が、すぐに目蓋を伏せて力を抜き、口内に忍び込んでくるマッシュの舌を受け入れる。
 上顎を撫で、舌先を触れ合わせてからエドガーの舌全体を包まんと絡めてくるマッシュの舌をしばし自由にさせて、唇を食むことでさり気なく応えてやった。呼吸の確保で一度唇を離すと、吐息が絡まる位置より遠くへは逃がさないとでも言いたげにマッシュがエドガーの両頬に手を添える。思わずエドガーが小さな笑い声を溢した。
 薄暗い部屋の中で、バツが悪そうに唇を尖らせたマッシュがボソリと呟いた。
「……どうやって誘ったらいいか分かんなかったんだ」
 エドガーは微笑み、マッシュの耳に唇を触れて優しく囁く。
「今のでいいんだよ」
 そうして完全にマッシュに体重を預け、エドガーは微睡むようにうっとりと目を細めて影をひとつに重ねた。
 静かな静かな年の初めの二人の夜。

(2021.1.1)