マエド365題
「42.もうこんなになってるよ…」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


 物資補給でたまたま訪れた街の、たまたま通りかかったアクセサリーを売る露天商にて。
 恐らくは恋人同士の男女が仲良く品を選んでいるのだろう、別段珍しくもない光景にほんの一瞬足を止めたのはマッシュの方だった。
 男女が気になったと言うより、その傍に並んだピアスがエドガーのつけているものと似た形だった、その程度の理由だった。ところが、その些細なきっかけに食い付いたのは隣を歩くエドガーだった。
「なんだ、何か新調したいのか」
 露天商とマッシュの顔を順に見て尋ねてくるエドガーへ、マッシュは曖昧な笑顔を返す。
「ああ、そういう訳じゃないんだ」
 大して興味があったのではないことは本当で、足を止めたのもごく僅かな時間だった。にも拘らず、道草を食っていないで頼まれた買い出しを終えようと身体の向きを変えても、エドガーの方が気を引かれて完全に立ち止まってしまった。
「ほお、悪くない細工だがお前にはもう少し大振りのものの方が似合うかな」
「いや、何か欲しかったんじゃなくて──」
 マッシュの否定の言葉に重なって、品定めをしていた男女が店主に声をかけた。どうやら指輪を選んでいたらしい、頬を染めて揃いのものを買おうとしている二人に思わず微笑んで、途切れた言葉の続きを失念したマッシュを見たエドガーが意味ありげに瞬きをする。
 そしてマッシュの耳元へ口を寄せ、潜めた声で囁いた。
「揃いの指輪か、いいな。俺たちも作ってみるか」
 街中でふいに耳に注がれた色のついた声が、マッシュの全身から汗を吹き出させた。
 揃いの指輪と言われてすぐに思い出すのは、幼い頃に参列した叔母の結婚式での指輪交換の光景だった。
 初めて見る結婚式での一連の儀式を同じく幼い兄と真似をしたりして、それから二十年以上の時が経って真に心を通わせる間柄となった今でも、当時の思い出のせいか指輪には特別な憧れがある。
 そう、憧憬が強過ぎて、こんな買い物のついでに話題に出せるような軽いものではない。公的に誓いを交わすことは出来ない身ではあるが、いつかは想いを込めて指輪を交換し子供の頃の真似事を本物にしたいという夢があった。
 ──と、そんな複雑かつ厄介な心境をスマートに伝えられたら良かったのだけれど、ただの独りよがりと思われることを怖れたマッシュはつい誤魔化して答えてしまった。
「俺、指輪はちょっとな。拳で戦う時に邪魔になるだろ? しばらくいらないや」
 照れ隠しの言葉は思いの外スムーズに口をついて出て来て、マッシュは自分にしては上手く動揺を隠すことができたと内心ホッとしていた。
 エドガーは少し意外そうに目を大きく広げて、それから何かを考える時のように軽く目線を斜め上に向け、そして「そうか」とだけ返した。特に気を悪くした風でもない、他意のなさそうな返答にマッシュは再びホッとして、この話はこれで終わりになった。
 と、思っていたのだ。



 ***



 互いの背に腕を絡めて、摘むように口付け合いながら倒れ込んだベッドの上、しばらく相手の肌を撫でて睦み合った後にいそいそと衣服を脱ぐと、エドガーが悪戯っぽい笑みを浮かべてマッシュの目に手を翳した。
 何か企んでいるのかと苦笑しつつも請われるままに目を閉じると、何やらサイドテーブル付近でゴソゴソと、次いで下腹部辺りでモゾモゾと動く気配がある。
 兄に奉仕をされるのは気恥ずかしさと申し訳なさが邪魔をして没頭し切れないのだが、嫌いではない。目を閉じたまま口元を緩めて快楽が訪れるのを待っていたマッシュは、ずり下げた下衣から自身の分身が取り出される感触に小さく喉を鳴らした。
 先端に触れ、根元へ滑る指の温かさに加えて、若干ひんやりとしたものが肉を撫でていったように感じた。今のは何だと瞑した状態で僅かに眉を寄せた時、ふふっと楽しげなエドガーの笑い声が漏れ聞こえて思わずマッシュは目を開いた。
 エドガーがにこやかに見守るマッシュの下腹部、まだ硬くない陰茎の根元に光る銀色のリングが見える。唖然と口を開けたマッシュへ、エドガーは悪びれずにリングを指差して言った。
「どうだこれ、可愛いだろ」
 マッシュは金色の和毛に所々覆われたプラチナのリングを凝視する。何これ、と呟く前に、エドガーが自身の左甲をマッシュに向けて説明してくれた。
「ペアリングだよ。特注で作らせたんだ。お前、指輪は嫌だって言ってただろう」
 美しい微笑みを前にマッシュが額を押さえる。エドガーの左薬指にも同じ色味のリングが填まっているのを確認して、マッシュはいつかの自分が適当に誤魔化した事実を呪った。
「これなら戦いの邪魔にはならないぞ」
「いやそうかもしれないけど、もっとこう、腕とか首とか足とかいろいろあるだろ?」
「細身のリングは今のアクセサリーと合わないだろう? ここなら動き回ってもしっかりフィットして気にならないはずだ」
「だからって、……いたたたたた!」
 エドガーが話しながら開いた右手でリングの填まった陰茎を浮き浮きと摩るものだから、意志に反して硬く膨らんだ肉を更に硬い金属が締め付けてきた。
 背を丸めるマッシュを見てエドガーが目を丸くし、そして深刻な面持ちで呟く。
「しまった、膨張した時のことを考えていなかった」
「早く取ってくれ!」
 痛みに呻くマッシュの悲痛な叫びが珍しくエドガーを焦らせたようで、根元を食むリングを力任せにぐいぐいと引き抜こうとする。中途半端に勃起した肉に食い込んでしまったリングはそれ以上は上にも下にも動かず、エドガーは弱り切って陰茎を握り締めた。
「見ろマッシュ、もうこんな……紫色になってるぞ」
「使い物にならなくなる前に抜いてくれ……!」
「じゃあ萎ませろ!」
「ならもう握るのやめて!」
 ちゃんとしたペアの指輪を揃えてプロポーズしよう、そうしよう。マッシュは決意を固めて目尻に浮かんで来た涙を拭った。


(2021.6.23)