凄く中途半端なところで終わっていますが続きません…


 面倒なことになってしまった。
 ファルコンの大掛かりなメンテナンスをするため一週間程の滞在を決めた村に、着いて早々奇特なご婦人に「一目惚れした」と言い寄られてしまった──ようやく一人になったマッシュは大きな大きな溜息をついた。
 最初は修行中の身だから、とやんわり断っていたのがあまりにしつこく、まるで引き下がらないものだから、恋人がいると嘘をついた。そうしたら会わせてくれるまで諦めないと食い下がってきた。
 仕方なく時間を指定して恋人を連れてくるからと約束し、何とか一人になることができたのは良いのだが。──さて、どうするか。
 これまで恋人などいたこともなかったマッシュは途方に暮れ、同行している仲間たちを思い浮かべてハッと顔を上げる。そうだ、セリスに恋人のフリを頼もう。セリスなら美人だし、頭も良いからうまく口裏を合わせてくれそうだ。
 すでに宿の部屋にいたセリスに頼み込むと、困惑されながらも了承をもらえた。そういうの苦手そうだものね、と笑われてしまったが。
 これで諦めてもらえるだろう。マッシュは約束の時刻まで心置き無く自主鍛錬に時間を使った。


 *


 面倒なことを頼まれてしまった。
 珍しく弱り切った顔で現れたマッシュが、自分の前で拝むように手を合わせて頭を下げるので何事かと思ったら。──恋人のフリをしてくれ、と真っ赤な顔で頼み込むマッシュを思い出し、セリスはつい笑ってしまう。
 見るからに女性関係に疎そうなマッシュが、村の女性に言い寄られて困っているらしい。あまりにしつこいので、恋人のフリをセリスに頼みに来たと言われ、驚きつつも了承した。
 セリスは美人で頭もいいからうまく誤魔化してくれるだろ? ──そこまで言われて悪い気はしない。まあ、フリだけなのだから何とかなるだろう、そう思いつつ指定の時間を待っていたら。
「村の人に夕焼けの綺麗な場所教えてもらったんだ。一緒に……見に行かないか」
 薄っすら頬を赤らめたロックにそんなことを言われてしまって、頭の中の天秤が大きく揺れた。
 約束はどちらも夕暮れ時、もうほとんど時間がない。セリスは隣の部屋に飛び込んで、状況が掴めず呆然としているティナに頼み込んだ。
「お願いティナ、マッシュの助けになってあげて。この場所に行って、ただ黙ってマッシュの言葉に頷いて笑っていればいいから……!」


 *


 おかしい、約束の時間になってもセリスが来ない──マッシュは目の前の奇特な女性からの湿度の高い視線を浴びながら、背中に嫌な汗を掻いていた。
「恋人の方はいついらっしゃるんです」
「い、いや、もうすぐ……」
「本当にそんなにお綺麗な方が? 私に嘘をついてらっしゃるのでは……?」
「う、嘘じゃない、本当に美人なんだ!」
 セリス何やってるんだ、早く来てくれよ──泣きそうになりながらマッシュが天を仰いだ時、植え込みがガサガサと音を立てて揺れた。やっとセリスが来てくれた──マッシュは現れた人影をはっきり確認もせず、その人の腕をぐいっと掴んで引き寄せた。
「この人! この人が俺の恋人だから……!」
 女性が目を剥いて固まる。それはそうだろう、セリスが美人なのは本当なのだから。これで納得してくれただろうと掴んでいる腕の持ち主を振り返り、マッシュも硬直した。
 目を点にして呆然と口を開けているその人は、紛れもなく自分の兄のエドガーだった。
 マッシュの頭が真っ白になる。──なんで? セリスが来るはずのこの場所に兄貴が……?


 *


 これは一体どういう状況なのか。
 もうすぐ日暮れ時という頃、ティナが困ったように部屋を訪ねて来た。何でもマッシュの助けになってくれとセリスに頼まれたらしいが、これからガウに絵本を読む約束をしているのだという。ティナからの頼みであることは勿論、困っているのが可愛い弟のマッシュであるなら私が力になろうと指定の場所に赴いたエドガーだったのだが。
 到着するなりマッシュに腕を引っ張られ、見知らぬ婦人に「俺の恋人だ」と紹介されてエドガーの思考が停止する。唇を戦慄かせる女性が顔を引きつらせながら尋ねて来た。
「た、確かにお綺麗な方ですけど……、その方、男性では……?」
 泣きそうな目でエドガーを見たマッシュは、何か諦めたような腹を括った顔をして口を開いた。
「そ、そう、男だけど、こ、恋人なんだ」
 お前何を言いだすんだ──口を挟みたいが、ティナが黙ってマッシュの言葉に頷いて笑えと言っていたのを思い出して強張った笑みを浮かべる。
「信じられませんわ。証拠を見せてくださる?」
 疑り深い女性に睨まれ、マッシュが申し訳なさそうな顔で肩を掴んでくる。──おい待て、お前何する気だ。待て、やめろ、おーい!!

(2017.11.05)