それぞれ別の目的を持って二手に分かれたチームが飛空艇に帰り着いたのはほぼ同じ頃で、廊下の少し先を歩いていたエドガーの背後から小走りに近寄る音が聴こえて振り向けば、戦闘で薄汚れた姿のマッシュが嬉しそうに近づいて来ていた。
「兄貴、帰ってたのか」
「ああ、たった今。お前も無事で良かった」
 エドガーは微笑み、帰艇直後で乱れたままだった前髪を掻き上げる。マッシュほどではないがエドガーも闘いの後で砂埃に塗れていた。
「俺すぐ風呂行くけど、兄貴は?」
「俺は先に着替えて今日の戦果を記録してからにするよ。ゆっくり行っておいで」
 丁度立ち止まった場所は部屋に戻るか浴場に向かうかの分かれ道、エドガーは笑ってマッシュに別れの挨拶をするように右手を上げた。その手首を見たマッシュが眉を寄せ、おもむろに掴んで引き寄せる。
 ぎくりと顔を強張らせたエドガーの目の前で、マッシュが僅かに瞼を伏せて真剣な表情を見せた。マッシュに掴まれた手首の周辺に淡い熱を感じた瞬間、気づかれないようにしていた火傷の焼けるような痛みがふっと和らぐ。チャクラを施したマッシュが小さく息をついてにっこり笑った。
「とりあえず応急処置。後でティナかセリスにきちんとケアルかけてもらってくれ」
 マッシュの言葉にエドガーは頷き、治療を受けた腕を引き戻そうとした。しかしマッシュはすぐには腕を離さなかった。
「……最近別々で行動することが多いから。近くで兄貴を守れなくて心配なんだ……頼むから、無茶はしないでくれよ」
 やや低めの声で囁くように告げたマッシュの言葉に数秒黙ったエドガーはもう一度頷き、掴んでいる手を軽く振り解くようにして取り戻した腕でマッシュの肩を優しく叩いた。
「大丈夫だ。俺もそれなりに鍛えている」
「兄貴が強いのは知ってるけどさ」
「俺よりもレディたちをしっかり守ってくれよ。じゃあ、また夕食の時に」
 今度こそ火傷の跡がなくなった右手で手を振ると、躊躇いがちに微笑んだマッシュも手を振り返して浴場へと向かって行った。一人きりの廊下で、見送ったマッシュの背中が消えるのとエドガーの表情から笑顔が消えるのは同時だった。
 ──これ以上近くにいると俺が誤ってしまう。
 チャクラを受けた右手首をもう片方の手で握り締めれば、消えたはずの痛みが胸に蘇った。


 *


 無茶はするなと伝えたけれど、最近の兄貴はどこか危うい──頭からシャワーの湯を被りながら、マッシュは長い睫毛が多少の水を弾くおかげで目を瞑ることなく髪を洗い終えた。
 そのままずぶ濡れの顔を両手で擦って、蛇口を閉めて水を止める。垂れ下がる濡れた前髪を掻き上げて後ろに流し、頬を一度膨らませてからフッと息を吐いた。何だかここしばらく、エドガーに避けられている気がする。勘違いではなさそうだと今日の態度で確信した。
 仲間を二つのチームに分ける時、必ずと言っていいほどエドガーと一緒になることがない。チーム分けを含む作戦会議の主力は当然エドガーで、兄の意思が関わっているのはまず間違いがなかった。一度理由を尋ねたが力のバランスがどうのと尤もらしいことを言われ、うまく丸め込まれて追求できなかった。口では敵うはずがない。
 今日のようにささやかとはいえ怪我をそのままに戻って来る姿を見てしまうと、別々でいる間のエドガーのことが心配でたまらなくなる。
 ──あまりに長く離れていると抑えきれなくなる。このままだと過ちを犯す……
 濡れた髪から額に滑り落ちた水滴が、鈍く光る青い瞳の横を通り過ぎた。

(2017.11.06-11.11)