好きだ、とらしくなく震える声で伝えたら、俺も、と低くて優しい声が返ってきて、強請るように顔を上げると真っ赤な顔でぎこちなく触れるだけのキスをくれた。
 だからすっかり想いは通じ合ったものと思い込んで、さりげなく傍に寄ったり二人で座っている時は肩に頭を乗せたりOKサインを出していたつもりだったのだが。

 マッシュが全然手を出してこない。

 あれから二週間も経ったのにちっともお誘いがない。こちらからはガンガンアプローチしてるつもりなのだが手応えがない。擦り寄れば肩を抱いてくれるし、夜に部屋を訪ねれば軽く寝酒を嗜んで楽しそうにしてくれるのに、それだけ。
 おやすみのキスをくれて、本当におやすみと寝てしまおうとするので、思い切ってベッドに潜り込んだらぐいっと抱き寄せられて、ついに……! と一人でドキドキしていたのにそのまま寝息を立てられた。狭いベッドから落ちないように配慮してくれたのは有難いが、そうじゃない……、折角風呂で二時間髪も身体も磨き上げていざ出陣と乗り込んで来たのに、そうじゃないんだよ……。


 あまりにマッシュがその気にならないのは自分にも多少問題があるのかもしれないと思い立ち、そういえば最近仕事もそれなりに忙しく寝不足気味で肌は荒れてるし髪のツヤもいまいち輝きが足りない、と美容面に力を入れてみることにした。
 毎晩しっかりパックしてお手入れを怠らず、髪も今までよりランクアップした香油を使って若干ゴージャスに巻いてみた。
 すれ違う女官たちがうっとり振り返るし、茶を運んできた給仕も陛下最近ますますお美しくなられましたねなんて言ってくれたから努力が実っているのだとは思うのだが。
 今度こそと勇んで訪れたマッシュの部屋で意味ありげに肩を寄せて目配せをしてみた。すると、マッシュが照れ臭そうに微笑んで言った。
「兄貴最近キレイだな。いい匂いがする」
 ──お、きたか? やっとか? だろ? 結構苦労してるんだぞ? この髪の長さのせいで毎回香油ひと瓶カラにしてるんだからな?
「そろそろ寝よっか」
 うん、そろそろいいよな? 俺はいつでもOKだぞ? そう、二人でベッドに入って、抱き寄せられて……
 って、また寝るだけかー!!

「お前! 俺がこれだけやってるのに本気で寝るとはどういう了見だ! 据え膳を喰らえ!」
「い、痛っ、な、なんだよ兄貴……」
 イビキまで掻き始めたマッシュの頭を拳骨で殴って起こし、寝ぼけた顔で涙目になっているマッシュの上に馬乗りになる。泣きたいのはこっちだ、プライドはずたずただ。鈍い鈍いとは思っていたが、はっきり言わないと分からんのか。
「お前俺が好きだって言っただろ! 好き同士でベッドに入ったらやることはひとつだろ!」
「えっ、な、何のこと……?」
 寝起きの頭が回っていないのか眉を寄せて高速で瞬きをするマッシュの胸倉を掴み、恥を忍んで怒鳴りつけた。
「……俺を! 抱け!!」
 勇気を出して酷い告白をしたというのに、マッシュはまだぽかんとして瞬きを繰り返している。
「え、だ、抱いてるだろ、毎晩」
「抱っこじゃなくて! そうじゃなくて、ああもう分かるだろ!?」
「ご、ごめん、全然分かんない」
 はたと動きを止めてまじまじとマッシュを見る。……嘘をついている顔ではない。まさか、本当に意味が分かっていないのだろうか……?
「……お前、俺を見て何とも思わないのか」
「何ともって……、え? だ、大好きだよ?」
「大好きなら、こう……ムラっと、来ないのか」
「村?」
「違う! 興奮しないのかって聞いてる!」
 マッシュが頭にたくさんの疑問符を飛ばしている。全く分かっていない。ちらりとマッシュの下腹部を見るが直々に馬乗りになってやってるのに少しも反応していない……不安になって無理矢理手を突っ込んだらマッシュが慌て始めた。
「ちょ、ちょっとどこ触ってんだよ、やめて」
「うるさい、黙ってろ」
「待ってやめて、形変わっちゃう」
「形が変わらないと役に立たないんだよ!」
 なんだ、ちゃんと反応するじゃないか──少しホッとしたもののならば何故自分に無反応なのかと怒りが湧き、マッシュのシャツを無理矢理脱がしにかかった。二、三個ボタンが飛んだがこの際気にするものか。次いで自分のシャツも豪快に脱ぎ捨て、マッシュの上に伸し掛かる。
「あ、兄貴、何何何んーーー!!」
 うるさい口は塞いで舌を捻じ込んで、渾身の力を込めてマッシュをベッドに沈めてやった。
 たっぷり教えてやろうじゃないか。

 *

 放心しているマッシュの隣に寝転がり、ふーっと大きく息をつく。──やり遂げた。最後までやり遂げたぞ。少々尻は痛いが目的は達成された。ムードもクソもなかったのが残念だがこれくらい強引でなければ一歩も前進できなかったのだから仕方がない。
「……兄貴」
 ぼんやりした呟きに振り向くと、マッシュがほんのり頬を赤らめてじっとこちらを見ていた。
「……もう一回、お願いします」
 一度瞬きして、してやったりとほくそ笑む──さすが我が愛する弟、だよな、一回じゃ足りないよな? よしきた、次はお前に任せよう──マッシュの腕を引いて自分に被さるように誘導し、ちゅうっと唇を吸ってやるとしっかり応えてきた。
 さあ来い、お前の秘めたるポテンシャルを発揮してみせろ──!

 ・
 ・
 ・

「あ……マッ……、も、もう……許し……」
「……もう一回」
「あっ……頼む……寝かせ……あ──……」
 眠れる獅子を完全に起こしてしまったことに気づいた頃には時すでに遅し──。

(2017.11.15)