おやすみのキスなんて数え切れないほどしてきた。まだ自分の名前も書けないような頃から、眠る前には頬にキス。叔母の結婚式に参列してからは誓いのキスを真似て唇をくっつけたこともあった。だからファーストキスの相手ははあいつだ。
 それなりに大きくなってからも、親愛の情を示す時に頬にそっと唇を寄せたことは何度もある。成人の儀を無事に終えた翌朝、大切な人を喪った哀しみから立ち直った日暮れ、永遠の別れを覚悟した夜。あいつはいつだって純粋で優しくて、家族としての真っ直ぐな好意をぶつけて来た。それを受け止めるのが兄の役目だと思っていた。
 再会して初めて逞しく成長したあいつを見た時は、まだその気持ちに変わりはなかったはずなんだ。いつからこんな風に道を逸れて行ったのか、振り返ろうとしてももう分からない。
 ただ、子供の頃と同じく真っ直ぐな濁りのない目で微笑んで、昔のように優しくおやすみのキスをくれようとしたあいつは何も変わっていなくて、そのキスを咄嗟に拒んでしまった俺だけが間違った方向に変わってしまったのだろう。
 もう二度と、あの優しい口づけを受けることは許されない。俺だけが違えてしまった、道ならぬ恋と分かっていたはずだったのに。

(2017.11.19)