背中と背中を預け合って床に腰を下ろし、俺は胡座をかいた足の間でナックルの手入れに、兄貴は長い脚を足首で組んで読書にそれぞれ時間を使っていた。兄貴が「それ、何の歌だ」と尋ねてくるまで鼻歌を歌っていたのは無意識だった。
「ああ、よくおかみさんが歌ってたやつ。名前は知らないけど、機嫌のいい時に歌ってた歌だよ」
「ふうん……、お前、案外歌がうまいな」
 背中から照れ臭い褒め言葉が飛んで来て少し頬が赤くなり、兄貴には見えていないことにホッとする。それから無言で手入れを続けると、兄貴が軽く振り向く気配がした。
「おい、どうしてやめた。歌ってくれよ」
「えっ、でも……なんか恥ずかしいな」
「気分良く聴いていたんだ、続きも頼む」
 そう言われると悪い気もせず、恥ずかしながら続きを歌い出す。生きる幸せを喜ぶ歌。何気無い時間が幸せなのだと日々に感謝する歌だ。
 ふと背中にかかる兄貴の体重がぐっと重くなった。首だけで振り返って確認すると、兄貴の呼吸がやけに規則的で手にしていた本は床に落ちている。珍しい、と苦笑してナックルから手を離し、眠ってしまった兄貴を抱き上げた。何気無い時間を兄貴と共有している幸せを噛み締めながら。

(2017.11.19)