何気無い仕草が大人になったものだと、マッシュが茶の支度をする様子に魅入っていた。城を出る前は自ら茶など淹れる機会もなかったはずだが、この十年で身の回りのことは自分で行う癖がしっかりついた弟は、それでいて王族としての品は失われておらず立ち振る舞いが美しかった。
 ふと目が合い、マッシュが軽く笑いながら首を傾げた。同じ顔立ちのはずなのに穏やかな目は自分よりも時に大人びて見えることもある。差し出されたカップを受け取りながら、触れた指の太さに目を細めた。
「誰かいい人はいないのか?」
 つい口をついて出た言葉にマッシュが目を丸くする。子供の頃と同じ仕草に顔が綻び、贔屓目なしに良い男に育ったものだと実感する。
「……興味ないよ」
 口元は笑っているが、マッシュの目は何処か淋しげにも見えた。お互いそれなりの年齢であるし、離れている間に切ない想いの一つや二つ経験済みかもしれない。しかしこの誠実な弟に見初められたお相手はさぞや幸せになるだろうと微笑み、熱いカップに唇を寄せて呟く。
「気になる人ができたら紹介してくれよ」
 マッシュは答えずにただ笑うだけだった。


 *


 ──小さい頃からあの背中を追い続けてきた。
 それは常に自分の前にあるもので、時折振り向いて微笑みかけてくれる優しい目が何よりも好きだった。
 十年振りに逢うことができた貴方は記憶の中の人よりもずっと強くずっと凛々しくずっと大人になっていて、そんな貴方よりも身体だけは大きくなった俺は初めて隣に並ぶことを許された。
 嬉しかった。貴方の背中越しに見るのではなく、同じ場所から見る景色はこんなにも特別であるのかと心が震えた。貴方の目を見るために振り向いてもらうのを待つのではなく、隣を振り返れば良いのだと気づいた時の感動は忘れない。
 だから本当は胸の痛みなんか知りたくなかった。共に在る喜びを感じられるだけで良かったのに、欲張りな心が形を変えていくのを止められずにとうとう元には戻らなくなった。
 元に戻せないのなら、箱に入れて閉じ込めてしまおう。気づかれないように、哀しませないように、隣に在る優しい目で微笑むその顔が失望に沈まないように、痛みを誤魔化して精一杯の嘘をつこう。貴方のためなら何だって我慢できる。
 ──再び逢わない方が良かっただなんて絶対に思うものか。

(2017.11.20)