時々悪魔の力でも借りたのかと疑う程の勝負強さを発揮する──負け知らずだったはずのチェスの一戦、たまたまこの時だけ敗者が勝者の言うことを何でも聞くという条件をつけてしまったのが運の尽きで、ここまで五戦全勝してきた記録がまさに最後の勝負でマッシュに破られてしまった。
 よっしゃ、とガッツポーズで喜ぶ弟を前に苦々しく顔を顰め、何が望みだと不機嫌に尋ねる。小遣いには興味がないだろうし、マッシュのことだから朝のトレーニングに付き合わされたりするだろうか、なんて健全な予想をしていたのだが、それまで無邪気に喜んでいたマッシュの表情が一転して熱を帯びた夜の男の顔になった。
「キスしてくれよ、兄貴から」
 ストレートな願いにらしくなく動揺したのは事実だ。そういえば、ベッドの外で自分からキスを仕掛けることはあまりなかった気がする。
 躊躇っているとチェス盤を越えてマッシュが顔を近づけてきた。ほら、と親指で下唇に触れる仕草に胸が竦み、二秒迷って唇をそっと重ねる。
 ああ、こんな下手くそなキス。骨抜きであることがバレてしまう。焦らさないで早く意のままに奪って欲しい。勝者にはその権利がある。
 伝わる忍び笑いに歯を立てて、負けを認めて胸に縋った。

(2017.11.20)