●夫婦で20題 (お題配布元:TOY様 http://toy.ohuda.com/) 1.ご飯にする?お風呂にする?それとも… 「ご飯にする? ご飯にする? ご飯にする?」 可愛らしいエプロン姿と思わず見惚れてしまうような美しい微笑みとは裏腹に、問いかけて来る兄の言葉の恐ろしさに背筋が凍る。 素早くキッチンの方向に嗅覚を働かせたマッシュはしまったと唇を噛んだ。少し修行に熱中している間に料理を作られていた。この異臭は気のせいではなかったのか。 以前兄の手料理を食べた時は三日寝込んだ。何とか回避しなくてはならない。兄の気を逸らすべく両肩を掴み、顔を近づけて囁いた。 「ご飯以外の選択肢、ないのかい……?」 「えっ……、ま、まだ夕方だし、な? それに、折角腕によりをかけて」 「俺は兄貴がいいな」 「そ、そこまで言うなら……」 ──この手を何度使えるだろう。抱き寄せた兄の首筋に口付けながら、この後どうやって兄の作った危険物を処分するかを考えかけて、ひとまずは腕の中の温もりに集中しようとマッシュは兄のエプロンの紐を解いた。 2.初夜 「兄貴、その下着どこで買って来たの……」 「ん? 通販でな」 ベッドに薄手のシャツ一枚でうつ伏せになり、折り曲げた脚を艶かしく振る兄の臀部はほぼ丸見えで、最初は何もつけていないのかとギョッとしたマッシュだったが、よく見ると紐くらいの細さの布地がかろうじて一番奥を隠していることに安堵……するはずがなかった。 「俺は尻には自信があるんだ」 「うん、綺麗なのは分かってるけど」 「そうだお前にも買っておいたんだ、Xバックってやつ」 「待って兄貴起き上がらないで、いろいろはみ出てる」 身体を起こそうとする兄を無理やりベッドに沈め、マッシュは溜息混じりに一番の疑問を口にした。 「……何で急にそんな格好し出したの?」 兄は顔を赤らめ、両頬を手で覆ってちらりと意味深な流し目をマッシュに向ける。 「だって……今夜は初夜だろう?」 「……しょや」 「俺たちが結婚して初めての夜じゃないか」 ぽかんと口を開けたマッシュは、兄が頬を隠している左手の薬指に光るものを見つけてハッとした。慌てて自分の左手を見下ろす。──いつの間にか指輪がはまっている。 「マッシュ……」 「ちょっと待って、え? こ、この指輪いつ……んんんん」 長い長い夜は始まったばかり。 3.料理の腕前 「マッシュの作る飯はいつも美味いよな……」 どこかしょんぼりと気落ちしながら兄がスプーン片手に食事を見下ろしてそんなことを零した。言葉の内容と口調が合っておらず、マッシュは心配そうに顔を覗き込む。 「兄貴、どうした? ……口に合わない?」 「いや、言っただろう、美味いって」 「じゃあなんでそんな顔するんだ」 「同じ兄弟なのに、どうして俺はいつまで経っても料理がうまくならないんだろうって、な」 あ、とマッシュは納得し、頭を掻きつつ兄を優しい目で見つめた。 「大丈夫だよ、兄貴はちょっと独創的過ぎるだけだから……それに、その分俺が頑張ればいいだろ? 相手の苦手な部分を補うのが夫婦なんだから」 「マッシュ……、そうだな、夫婦ってそういうものだよな……」 ようやく微笑んだエドガーは、スプーンでマッシュ特製のスープを掬って口に運び、美味しいと更に顔を綻ばせた。 良かった、これで役割分担に納得してくれた。一安心したマッシュだったのだが。 4.愛妻弁当 6.見送り 7.行ってきますorただいまのチュウ 「マッシュ、これ」 修行のために外に出ようとしたマッシュに差し出された包みに首を傾げると、差し出している兄が邪気のない笑顔で「弁当だ」と言い放った。 思わず受け取ろうとしていた動きを止めて顔を引きつらせたマッシュは、「……弁当?」と尋ねる。 「ああ、お前昼過ぎまで修行するんだろう」 「……兄貴が作った?」 「当たり前だ、他に誰がいる?」 「この前、苦手な部分はお互い補おうって……」 「それは勿論だが、いつまでも苦手なままではいかんと思ってな。俺も努力しなければと思ったんだ。今日のは自信作だ、持って行ってくれ」 ──どうしよう。強張った笑顔でにこにこと悪気のない眼差しを向ける兄を前に葛藤したマッシュは、腹を決めて危険物を受け取った。 「……ありがとう……」 礼を告げるとより一層兄の顔が輝き、期待に満ちた瞳で見つめられる。何となく察したマッシュが小さく唇にキスを落とすと、兄は実に可愛らしく微笑んでいってらっしゃいと手を振ってくれる。 受け取ってしまった以上は覚悟を決めるのみ──中身を捨てるなどという残酷な選択ができないマッシュは、身体だけでなく胃袋の修行も課せられて、死地に向かうような鬼気迫る表情で部屋を出た。 5.アイロン掛け 8.結婚式衣装 「兄貴、何アイロンなんかかけてるんだ?」 珍しく白いシャツにアイロンを当てている兄の慣れない手つきを心配そうに見下ろすマッシュに、兄は振り返って誇らしげな笑顔を見せた。 「婚礼衣装だ、お前の」 「へえ……って、え!?」 「皺々のシャツじゃ格好悪かろうと思ってな、妻の鑑だと思わないか」 「う、うん、ちょっと裾焦げてるけど」 「教会式は白のタキシードで、披露宴は黒にしような、お前は長身だからオートクチュールだ」 マッシュの言葉を無視して白いシャツを掲げた兄は、アイロンによって新たにつけられた鮮明な皺を気にすることなくマッシュに胸に当ててうっとりとする。 「正装のお前は男っぷりが上がるからなあ、ビシッと決めてくれよ」 「し、式っていつ……」 「俺のドレスも注文済みだ、トレーンが五メートルの特注品を」 「兄貴ドレス着るの!?」 「そうだ、招待者のリストがまだできていなかった……急がねば」 「ちょ、兄貴待っ……あっつ!!」 兄が放置したアイロンを蹴飛ばしたマッシュは片足を抱えて転がった。 10.相手の家族 16.名字 15.マイホーム 「義両親への挨拶も、名前が変わる手続きも何もできないのか……」 仕事の書類にフルネームを記入する兄が溜息混じりに呟いて、茶を運んできたマッシュは小さく苦笑する。 「まあ、兄弟だからな」 「つまらんなあ、姑のいびりをセッツァーに愚痴ることもできないとは」 くだらないこと言ってないで、とマッシュが差し出した茶を大きく一口含んだ兄は、何か思い出したように机の引き出しから大量のカタログを取り出してマッシュに手渡した。 それなりの重量にマッシュが驚いて表紙を見ると、『注文住宅』『マイホーム』と並ぶ文字に嫌な予感が湧き起こる。 「せめてマイホームくらいは建てておこうと思ってな、今いい土地を探している」 「ま、マイホームって、城どうすんの!?」 「職場に近い方がいいからサウスフィガロよりはフィガロ城寄りがいいかな」 「職場!?」 12.のろけ やけに憤慨した様子の兄が部屋に戻ってきて、夕食の準備中だったマッシュは手を止める。 「どうかしたか? 兄貴」 マッシュの声に、待ってましたと言わんばかりの兄が飛びつくように愚痴を零し出した。 「セッツァーの奴が酷いんだ。久しぶりの電話だって言うのに一方的に切られた」 「えっ、なんで?」 「知らん。じゃあなとも何とも言わずにいきなり切られたんだぞ、友達甲斐のない奴め」 「……何の話してたんだ?」 何となく嫌な予感がしてマッシュが尋ねると、兄は平然として答える。 「お前の話を聞かせてやってたんだ、三時間ばかり」 頭を抱えるマッシュを不思議そうに眺める兄は、いかにマッシュが優しくて男らしくて頼もしいかを懇々と説いてくれるのだが、これを三時間も我慢してくれたセッツァーに同情の念を禁じ得ない。 後でセッツァーに謝りの連絡を入れなければと思っていた翌日、速達で届けられた電話代の請求書にマッシュは大きな溜息をついた。 13.日記 17.初めて知ったこと 主人が会議中で留守にしている兄の部屋を掃除しようとマッシュが中に入ると、机の上に開きっぱなしになっている帳面に目が留まった。 何気なく書かれている文字を見てハッとする。──日記だ。兄が日記を書いているなんて知らなかった。 これは見てはいけないものだ、と顔を逸らそうとするが、好奇心が勝る。ちらり、と目線だけで文字を追うと、書かれた日付はつい昨日。 『マッシュは食事の後すぐに後片付けをしてさっさと修行に行ってしまう。少し食後のコーヒーくらい二人でゆっくり楽しんでくれたらいいのに』 ははあ、食べ終えて即食器を下げた時に兄がつまらなさそうな顔をしたのはそういうことか。 『マッシュが作ってくれるお菓子は全部美味しいがちょっとカロリーが高い気がする』 ……今度ローカロリーのレシピを探しておこう。 『先に風呂に行くと言ったらマッシュは俺が出てくるまでしっかり待っている。たまに入って来てもいいぞと暗に匂わせるにはどうしたらいいだろうか』 道理でチラチラ何度もこっちを見ながら風呂場に向かってる訳だ……。 長く傍にいるが、知らなかった兄の一面を見て照れ臭いようなむず痒いような気分になり、読んだことを黙っておこうとそっと帳面を閉じた。 18.風邪 久々の風邪だった。熱で目が潤み喉が痛くて息が熱い。兄の食事を作れないことを申し訳なく思いながらベッドで唸っていると、静かに開いたドアから兄がトレイを手に現れた。 トレイの上に乗っている器を見てギクリと心臓が音を立てる。弱った身体に兄の料理はマズイ。下手をすると天への扉を叩く──内心怯えながら身体を起こそうとすると、兄が手で制して微笑んだ。 「心配するな、厨房で作らせたスープだ。俺が作ったものじゃない」 「え、なんで……」 思わず尋ねると、兄の微笑みが寂しげに変わる。 「俺の飯を食べたら、お前余計に具合が悪くなるだろう?」 マッシュが言葉に詰まる。一瞬の間を置いて、慌ててそんなことはと言いかけたが、兄は黙って首を横に振った。 「分かってるんだ、本当はお前がいつも無理して食べてくれていることを。つい嬉しくて調子に乗ってしまったが……お前は病気の時でも俺に気を遣ってしまうだろうから」 「兄貴……」 「だからちゃんとしたものを作ってもらってきた。しっかり食べて、早く元気になってくれ……」 優しくも切なく笑う兄がいじらしく、マッシュはトレイを置いた兄の手に手のひらを重ねる。 「元気になったら、また兄貴の手料理食べるよ」 今度は兄は心底嬉しそうに微笑んだ。 マッシュは風邪が治ってからその言葉を死ぬほど後悔した。 19.おみやげ サウスフィガロで用事を済ませてさて帰ろうとマッシュが帰路に足を向けた時、兄の好きなパイの店が目に入った。土産に数個購入して城に戻ると兄は執務室にはおらず、女官に尋ねると来客があり応接間にいると言われ、出向いてみると兄の向かいにロックとセリスが腰を下ろしていた。 久々の再会を喜び合い、二人の結婚の報告を受けて祝いの言葉を贈ったマッシュは、ロックたちが持参したと思しきケーキが置かれているのを見てそっと紙袋を脇に隠す。 後で夜食にでもするか、明日の朝食べてもいいか──そんなことを思いながら談話を楽しみ、ロックとセリスを見送って兄と二人だけになった時、ふと兄がマッシュを指で突いた。 「お前、紙袋隠しただろ。……何入ってる」 目敏く見つかっていたことに気恥ずかしさを感じつつも紙袋の中身を見せると、兄はその場でパイをひとつ摘んでひと齧りした。 最近太るのを気にしている兄が珍しいと目を丸くすると、ほんのり頬を赤らめた兄がぼそりと呟く。 「俺のために買って来てくれたんだろ。嬉しいに決まってる」 もごもごと口を動かしながら可愛らしいことを言う兄につい目尻が下がり、兄の口元についたパイを指先で払いながらついでに小さくキスを贈る。 恥ずかしそうに嬉しそうに目を逸らした兄は、俺たちの式にも二人を招待しないとな、と微笑んだ。 9.添い寝 14.ずっと一緒 「なあマッシュ」 「何?」 「ずっと、一緒にいような」 「……うん」 兄を抱き寄せると、兄もまたマッシュの胸に顔を擦り寄せて幸せそうに小さく笑った。 11.最近変わったね 20.できちゃった 「兄貴、最近雰囲気変わったな」 何気なく尋ねた言葉だった。以前の兄よりどことなく雰囲気が柔らかくなったと思っていたのは本当だった。 ところが兄はハッとしたように目を見開き、それから恥ずかしそうに俯きながら上目遣いにマッシュを見て、とんでもないことを告げたのだ。 「……実は、な。できたみたいだ」 マッシュは首を傾げる。 「できたんだ。……お前と、俺の」 そう言って腹に手を添える兄を見て、マッシュは首を傾げたまま固まった。 「……え?」 「だから、できたって」 「冗談……だよな?」 兄にしては珍しい冗談だと顔を引きつらせながら笑うと、一転して目を釣り上げた兄が詰め寄って来た。 「お前俺が冗談でこんなことを言うと思うか? まさか認知しない訳じゃないだろうな……この子の戸籍に空欄を作れと言うのか!」 「そ、そんなこと言ってない、そうじゃなくて、兄貴男だよな?」 「男がどうした、人体の神秘を舐めるな! 世の中には不思議がいっぱいだ!」 「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて兄貴、ちょっと──」 「待っ……!」 がばりと飛び起きて暗闇に手を伸ばし、しばらくそのままの格好で呆然と宙を掴んでいたマッシュは、荒い息に汗だくの身体で長いことそうして状況把握に時間を費やした。 ──夢か。掠れ声で呟くと、どっと身体が重たく感じた。まだ辺りは闇に包まれていて、夜明けまではしばらくありそうだった。マッシュは大きく溜息をつき、ばたり仰向けに倒れて再びシーツに背中を埋める。 全く突拍子も無い夢を見たものだ。結婚はともかく、子供ができるだなんて。あまりに兄を好きすぎて、おかしな形に具現化されてしまったのだろうか。 やれやれと首を横に向けると、愛しい兄がすやすや穏やかな寝息を立てている。薄暗さで寝顔がよく見えず、マッシュは枕元のランプを少し引き寄せた。オレンジ色に映し出された兄の綺麗な寝顔に目を細めた時、ふと枕に添えられている兄の左手で何かが光ったのを見つけて眉を寄せる。 左手の薬指。……指輪がある。 思わず自分の左手を見たマッシュは、その薬指にも同じくプラチナのリングを認めて青ざめた。 ──何処までが夢だ……!? おわる |