えっあの話……? 駄目ですよ、アレは。関係者全員箝口令出されてるんですから。……えっ、このボウガンですか? そうなんですよ、機械師団の入団許可が降りた時に支給されたものでしてね。ホラ、ここにフィガロ王家の紋章が。一般向きに出回っているものより性能がいいんですよ! そんなに似合いますか? 参ったなあ。
 そう、入団して初めてのちゃんとした仕事がアレだったんですよね。師団の上役たちは参列側に回ってたもんで、私たちみたいな下っ端が多く警護に当たってたんです。ラッキーなことに中の警護が当たりましてね! そうなんです、端っこでしたがしっかり見えたんですよ、陛下の白いスーツ姿がまたお似合いでね、あの日だけはリボンも白をつけてらして。新婦様もとてもお美しかったんですけどねえ……。あ、いえ、もうやめときましょう。勘弁してくださいよ。
 え、マッシュ様ですか? そうです、最初からいらっしゃらなくて、何人かでお探ししたんですよ。結局時間がないってんでそのまま始まりましたが。陛下ももういいと仰って。
 そんでいざ式が始まって丁度あれですよ、誓約の時ですよ。陛下が誓いますってお答えしようと口を開きかけたの私見たんですよ、それとほとんど同時にバーンッて教会の扉が開いて、背中に太陽の光しょって逆光でお顔が見えなかったんですが、あの長身ですからすぐにね、分かりましたよね。カッコ良かったなあ! ああいや、これはナイショにしてくださいね、上層部ピリピリしてるんで。
 そうなんです、マッシュ様だったんですよ。ドアの前? 勿論兵はいましたよ、でもあの方を止められると思います? 様子がおかしいってのはすぐ気づいたはずですよ、どう見ても遅刻して急いで来たって感じじゃなくて、おまけに正装じゃなくて普段着でいらっしゃいましたから。
 で、みんな驚いて固まってる中、あの方お声が良くてね、よく通るお声で「その結婚、待った!」ってね! ……えっ、似てますか? へへへ、こんな感じだったんですよ、「その結婚、待った!」。カッコいいですよね!
 そりゃ当然空気がピリッと張り詰めましたよ、だってご兄弟いつも仲がよろしくて、揉め事起こされてるの見たことなかったですから。まさかマッシュ様がこんな大問題起こされるなんて誰も思わないじゃないですか。お止めして良いのか我々も戸惑っちゃったんですよね。
 そうしてる間にあの方レッドカーペットずかずか踏んづけて中に入って来ちゃって、これは修羅場だって騒然としましてねえ。まあ双子でいらっしゃるから女性のお好みも似てらっしゃるのかな、なんて邪推しましたよねあの時はね。
 ところがね、マッシュ様どうされたと思います? ……陛下をひょいっと、こうね、ひょいっとお抱えして、そのままクルって回って教会飛び出してったんですよ! いや〜私には無理ですね、陛下は体格の良いお方ですし、あの方の扱うドリルは相当鍛えてないと反動で吹っ飛ばされる代物ですよ、それをひょいっとね! カーペットにちょっと足取られてズルって滑りかけた時はヒヤッとしましたけどね!
 ……だってお止めする間もなかったですよ、あの方大きいのに素早くていらっしゃる。第一状況把握できなくて皆ポカーンってしてましたからね。新婦様が一番大きいお口開けてらしたなあ。
 ……そんでお式は中止になりましてね。なかなか見つからなかったんですよ、お二人が。ええ、もう随分日が暮れてから出ていらして。後からあれは余興のつもりの冗談だった、とは聞きましたけどね。結局破談になっちゃいましたしね……。理由は詳しくは知らされなかったですが。
 ……あの、これ私が喋ったって内緒にして下さいね……?




 ***




 頭が痛くてたまらない。マッシュに無茶苦茶にされた身体が辛いのもどうでも良くなるくらい、今自分が抱えてしまった大問題にどう対処すべきかでパンク寸前の頭は割れそうだ。
 とんでもないことをしでかしてくれた。まさかあんな大それたことをするとは。納得したはずではなかったのか。少ない回数ではあったが話し合って決断したはずだ。確かにマッシュも頷いたではないか、お互いこれが最良だと結論が出たではないか、それをあんな最悪のタイミングで。
 他国の代表を何人呼んだと思っている。挙式の後のパーティーの準備にどれほど時間と金をかけたか。この国家イベントに一体どれだけの人数が昼夜問わず動いてきたのか、マッシュだってよく分かっているはずだ。妃として迎えるはずだった人にどう詫びれば良いのか、考えるべきことが多すぎて頭が回らない。
 時刻はもうすぐ夕方。式はまだ昼前だったと言うのに。滅茶苦茶だ。どう取り繕ったって言い訳にもなりはしない。頭を下げて済む問題ではない。フィガロ国王の挙式が実弟に妨害されただなんて、笑えないニュースが明日には世界中に広まるのだ。
 隣で素っ裸のまま呆けたように座り込んでいるマッシュを睨み、乱れに乱れた髪を乱雑に掻き上げて、「おい」と声をかけた。ぼんやりと振り向いたマッシュは目の焦点が合っていない。苛立ちながら、「これからどうするつもりだ」と低く鋭く問い質した。
 するとマッシュは情けなく眉を垂らし、みるみるその表情に焦りと戸惑いと混乱を重ね、驚くべき言葉を寄越したのだ。
「……、どうしよう……?」
 ──ああ、なんてことだ。何ひとつ考えていなかったというのか。こんなとんでもないことをしでかしておきながら、さっきまであれほど情熱的に瞳をギラつかせておきながら、一転して子犬のような目で助けを請うだなんて──
 大きな溜息をついた。完敗だ。この猪突猛進で無鉄砲で大馬鹿者で純粋すぎる男が愛しくてたまらない。そうだ、忘れられるはずがないと分かりきっていた。その気持ちを無理矢理に押し殺して決断したはずだったのに、こんな顔をされてこんなことを言われて、……許してしまう自分もまた大馬鹿者なのだ。
 もう一度溜息ひとつ、髪に引っかかっていた白いリボンを引き抜いて、そこらに放り投げて天を仰いだ。

(2017.12.07)