いちゃいちゃ10題より(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/)


1.おはようのチュウ

 少し前、おはよう、と腕の中で眠る兄を抱き締め頬を寄せて軽い口づけを落としたら、寝惚けた目でじろりと睨まれ髭が痛いと顔を押し退けられた。朝一番に見る兄の不機嫌な表情は思いの外ショックが大きく、それからしばらくおはようのキスは避けていたのだが、ある朝兄を揺り起こすと再びあの日のように不機嫌な目で睨まれた。
「お前……、なんで最近、しない」
 言われた意味が分からずに首を傾げると、兄が眠そうな顔を仄かに赤らめて眉間に皺を寄せる。
「その、おはようの……」
 そう言って唇に人差し指を当てる兄に思わず目を丸くして、それから自分の頬も熱くなった。
「え、だって、前に嫌がったから……」
「あ、あの日は夢見が悪かったんだ」
「でも今髭剃ってないし」
「……別にお前の髭は嫌じゃない」
 口を尖らせてぼそりと呟く兄が無性に愛しくてたまらなくなり、次の言葉でとどめを刺された。
「……ないと、淋しい……」
 兄が言い終わるか終わらないかで飛びつくように抱き締めて、朝にしては濃いキスを送ってからおはようと囁くと、やっぱり髭が痛いと照れ臭そうに零した兄の口元に小さな笑みが浮かんだ。



2.着せて。履かせて。

「あーーー、もう何にもしたくない」
 書類整理を終えた後、机に突っ伏して卓上で頬を潰し、半分以上閉じかかった瞼をそれ以上開こうともせず眠ってしまいそうな兄の背中を、苦笑しながらマッシュが優しく叩いて声をかけた。
「お疲れ様。何もしたくないの分かるけどさ、そのまま寝たら疲れ取れないぜ。寝る支度しよう」
「動きたくない」
「着替えは?」
「着せて」
「……下着は?」
「履・か・せ・て」
 わざとらしく吐息混じりに囁く兄を前に、マッシュは困ったように眉間を狭めて頬を赤らめ、軽く頭を掻いて伏している兄を机から剥がす。そしてその背を右腕で支えて膝にもう片方の腕を差し入れ、ひょいっと抱え上げて運搬を開始した。
「……どっちもしません」
 ボソッと可笑しな口調の呟きを聞いておやと顔を上げた兄に対し、マッシュは気恥ずかしさを隠した真っ赤な仏頂面で続きを口にする。
「この先の時間は、脱がす専門です」
 その言葉を聞いた兄の含み笑いが肌に伝わり、それでもいい、と妖艶な掠れ声が首筋に触れた。



3.体を、ぴとっ

「ああ、ここは涼しいな」
 甲板に出た途端に煽られる前髪を後ろに流しつつ、ほんのり赤らんだ頬で心地好さそうにアルコール混じりの息を吐くエドガーの隣、マッシュも背伸びをしながら風を浴びて目を閉じる。
「朝までカイエンの歌聴かされるかと思ったよ」
「酔うと歌い出すとはな」
「セッツァーが来てくれて助かったな」
 身代わりに差し出した生贄に感謝しつつ、酔い覚ましの夜の空気を胸いっぱい吸い込めば蕩けた頭が冴えて来る。ぼんやりしていた視界が開けて空を彩る星のひしめき合いに目を細めた。
 首筋を擦り抜けた風の冷たさに肩を竦めたエドガーの、背中がふいに外気を遮られたように暖かくなった。拘束するかの如く腕ごと背中から抱き締めてきたマッシュの額が肩に乗る。酒に酔った時とは違う種類の熱が全身を巡る。軽く振り向けば金色の髪が鼻を擽り、エドガーは小さく笑った。
「……風が、強いな」
「……もう戻る?」
「いや、……もう少しこのまま……」
 頬を撫でる空気が冷えれば冷えるほど、腕の力は強くなる。風が止まなければいいと口にした我儘さえも攫われる寒くて熱い夜。



※3.のおまけ

 まだ眠るには早い頃かと談話室を覗くと、ソファに座っていたエドガーとマッシュが弾かれたように顔を上げて輝くような視線を向けて来た。
「セッツァー! いいところに来てくれた」
「丁度セッツァーがいてくれたらなって思ってたんだよ」
 珍しく好意的に迎えてくれる双子の反応に満更でもない気分になり、奥に進んでようやく対面にカイエンが座っていることに気づいた。変わった組み合わせだなと首を捻るのと同じタイミングで、エドガーが何やらカイエンを焚き付ける。
「さあカイエン、観客も増えたことだし是非もう一曲」
「うむ、そこまで拙者の歌を聴きたいと申されるか。ならば今一度」
 何やら不穏な気配がする。カイエンの顔は朱に染まり、かなり前から完全に出来上がっている顔だ。見ればテーブルの上には空の瓶が何本も立っているではないか。
 まあ座れとマッシュに腕を引かれて事態を飲み込めないままソファに腰を下ろす。テーブルを挟んで前にしたカイエンに双子が拍手を送り待ってました! と声をかけるので、とりあえず空気に合わせて手だけは叩いておいた。
「ぅ男のぉ〜〜〜人生はぁ〜〜〜〜」
 カイエンが空き瓶片手に熱唱し始めた。うん、これはなかなか辛い。上手くも下手でもない辺りが褒めも貶せも出来ず絶妙に評し難い。目を閉じて眉間に深い峡谷を作ったカイエンは完全に自分の世界に入り込んでおり、ややしばらく真顔で拝聴せざるを得なかった。
「今日もぉ〜〜ゆぅく〜〜〜」
 やっと終わった──乾いた拍手を贈る。
「波のぉ〜〜〜」
 しまった、二番があるのか。一体いつまで続くのかと隣の双子を睨みつけるべく振り返ると、いつの間に消えたのか二人の姿はすでになかった。
 ハメられた。あいつら、俺を囮に逃げ出しやがったな──思わず立ち上がると今度はカイエンに腕を引かれて無理やり座らされた。
「ここからが見せ場でござる、セッツァー殿」
「あ? お、おお……」
「風にぃ〜〜吹かれてェ〜〜〜」
 あの二人がやけににこやかに迎えてきた時点で疑えば良かった。しかもよく見ればこの空き瓶、棚の奥に仕舞い込んでた秘蔵の酒では──空が白んで来るまで、セッツァーはカイエンの歌声に包まれながら談話室で奥歯を噛み締めていた。



4.抱き寄せる

 蒸すような暑さで目が覚めた。犯人は背中からすっぽり身体を包んだ状態でぐっすり寝こけており、その厚い胸がぴたりと密着しているために熱が逃げずにこもっている。
 背中が汗ばんでいることに気づいて、胸の前でクロスしているマッシュの腕を解く。片腕をひょいっと押し退けると、マッシュの身体が仰向けに寝転がった。空気が一瞬で涼しくなる。
 ふう、と思わず漏れた安堵の溜息も束の間、下敷きにしていたもう片方のマッシュの腕が肩を掴んで強引に抱き寄せてくる。マッシュの胸に縋るような格好に転がされ、狸寝入りかと顔を見上げるが、閉じられた瞼といい半開きのあどけない口元といい寝たふりではなさそうだった。
「……あにき」
 見つめていた唇がもごもごと動いた。優しい寝惚け声で呼びかけてから、その口がゆるやかに弧を描いて幸せな笑みを作る。
「……俺が、まもるよ……」
 呟きと共に力のこもった腕から感じる再びの蒸し暑さに苦笑して、つい緩んでしまう頬を抑え切れずにマッシュの胸に擦り付けた。
 暑苦しさを我慢する代わりに、夢の中でも守ってもらおう──同じ夢を見るために目を閉じた。



5.寝ころぶ上に体を乗せて

 朝から連戦続きで飛空艇に帰り着いた頃にはすっかり陽が落ち、流石にへとへとに疲れてシャワーを浴びてすぐに部屋に戻った。
 眠る前に兄に一言帰艇を告げねばと思ったのだが、ベッドに寝転ぶと身体が重くて動かない。兄貴、兄貴と口の中で呟きつつも眠気に勝てずに意識が落ちそうになった時、胸にずしりと重みを感じて眉を寄せた。
「マッシュ、寝ちゃったのか」
 兄の声が聞こえると共に口元に吐息がかかる。思ったより距離が近いぞと薄目を開けると、長い睫毛をぱちぱち揺らす兄の顔が目の前にあった。
「おい、起きろよ。待ってたんだぞ、ずっと」
 いつの間に乗ったのか、仰向けの胸の上にのし掛かった兄が、顔を覗き込みながら指で頬を突いたり引っ張ったりしている。眠って気づかないフリをしていると唇をちょんちょんと突かれ、小さなキスを端から端へと何度か落とされた。
 あまりに可愛らしいちょっかいをもう少し堪能したくて、なるべく呼吸を乱さないように狸寝入りを続けていた。が、ふと兄が腹の下で硬くなりつつあったものに膝をぐっと押し付け、呆れたように笑いながら言った。
「やっぱり起きてるんじゃないか」
 ──そっちはごまかせなかったか。



6.指と指とを絡ませる

 夕食後に席についたまま書類を確認し始めたエドガーのために、後片付けを請け負い食後のコーヒーまで用意したマッシュは、隣に腰掛け真剣な眼差しの兄を眺めて時間を潰していた。
 右手に書類を持ち、左手は手探りでカップを持ち上げ口元にコーヒーを届ける。再びテーブルに下ろされるまでエドガーの視線は書類から動かない。
 ふと、悪戯心が芽生えたマッシュはコーヒーの位置をずらし、元の場所に手のひらを上にして自分の右手を置いてみた。
 エドガーの手が伸びて、マッシュの手に重なる。一瞬ぴくりと指が反応したが、エドガーは目線を書類から離さない。ただ、唇の端がほんの少し持ち上がったのは横目でも確認できた。
 エドガーの指がマッシュの指の間に滑り込み、硬く鍛えられた皮膚を包む。まるで食むように指を動かすエドガーの手を、マッシュもまた覆うように握り返した。しばし指を絡め合い、互いの熱で触れている部分が薄っすら汗ばんで来た頃、どちらともなく苦笑が漏れる。
「……集中できん」
 ようやく書類から視線を離して艶っぽい目で訴えるエドガーの手を取り上げ、マッシュは返事の代わりに薄っすら笑って唇を当てた。



7.まねっこ

 精神修行にもってこいの穏やかな午後、静かな甲板の先端に禅を組み瞑想に耽っていると、誰かが階段を上がって来る足音が響いて来た。
「マッシュ、ここにいたの……か……」
 明らかな兄の声に心が乱れる──いや、例え兄でも修行の邪魔は許されない。瞑想中であることは理解しただろう、納得して立ち去るかも──予想に反して足音は近づき、すぐ傍で顔を覗き込む気配がする。それでも眉一つ動かさずにいると、隣で何やらごそごそと気配が蠢き、止まった。
 気になって薄眼を開けて隣をそうっと覗き見ると、兄が見様見真似で足を組んで目を閉じている。思わず吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。──腰の位置が悪いな、足の組み方も浅い、あれでは痺れて動けなくなるぞ──
 すぐに根を上げるかと思われた兄の禅は意外にも長続きはしたが、途中から小刻みに上体が揺れて辛そうに息を飲む仕草まで始まり、ついに笑いが抑えられなくなって目を開いて苦笑した。組んだ足が痺れ過ぎて、外すことも出来なくなった兄が涙目で見上げる様がいじらしくて胸が疼く。
「……精神統一とは難しいものだな」
 一歩も歩けないと膨れる兄を抱き上げて、全くだ、と乱れに乱れた心の底から同意した。



8.背中を足で、ツン。

 立ち寄った古書店で各々選んだ本を手に、ひとつのベッドに二人で腰を下ろして読書に耽る昼下がり。武術の指南書を熱心に読むマッシュを横目に、自分の選んだ伝記は失敗だったと肩を竦める。
 早々に読み進めることを放棄してマッシュに再度視線を送るが、気づくどころかこちらに背を向けて本を構え直す入れ込み様が面白くない。
 投げ出していた脚を浮かして爪先でマッシュの背中にちょんと触れる。振り向かれる前に脚を下げ、目線も本に下ろして素知らぬフリをした。
 こちらの様子を伺うマッシュが首を傾げながら再び読書に戻ったタイミングで、また爪先を掠める。首が回る前に脚を戻す。しばらくこちらを見つめるマッシュの視線を本を眺めてやり過ごす。
 マッシュが顔を背けたのを見計らって脚を上げたその途端、勢いよく振り向いたマッシュの手が足首を捉えて持ち上げた。受け身も取れず仰向けに倒れ、膝を折るように足首を掴んだマッシュが身動きを封じるように伸し掛かってくる。怒った顔にすら滲み出る優しさに見惚れてしまう。
「なに、ちょっかい出してんの」
 低い声は更に優しい。退屈を目で訴えて首に腕を回すと、抱き返してくれる力強さが好きだ。
 なあ、もっと楽しいことに時間を使おう。



9.昨日の夢で、

「昨日の夢でさ、兄貴が俺の弟になってて、でも俺はやっぱり兄貴のこと兄貴って呼んでた」
 乱れていた呼吸が落ち着き汗も引いて肌寒さすら感じ始めた頃、呑気な声でマッシュが呟いた内容にエドガーは思わず吹き出した。
「お前らしいなあ。そういや一昨日も俺の夢を見たって言ってなかったか」
「うん、大体兄貴の夢ばっかり見てるよ」
 当然とばかりに答えたマッシュの二の腕を枕にしているエドガーは、頭をずらしてマッシュを見上げるように顔を向けた。
「お前、見たい夢が見られるのか?」
 不思議そうに尋ねるエドガーに笑いながら、マッシュも顔を下げてエドガーに向き合う。
「ずーっと兄貴のこと考えてるからかな」
 至近距離で見るマッシュの微笑みに仄かに頬を赤らめたエドガーは、照れ臭そうに口を開いた。
「起きている時だってほとんど一緒なのに、夢でまで見ていたら飽きてしまわないか」
 ささやかな不安を吹き飛ばすように笑ったマッシュは、エドガーを抱き寄せて耳元で囁く。
「飽きないよ。会う度に好きになる」
 だから今夜も夢に出てきて? と、心を攫われるような甘い懇願にエドガーは黙って頷いた。



10.「好き?」「好き」「愛してる?」

 新しい街に立ち寄る度に自然とマッシュの周りには人が集まって、その中には目を蕩かせた若い女性の姿も珍しくなく。自分が声をかけると頬は染めても遠巻きに離れて行く彼女たちは、何故マッシュには自ら近付いて行くのだろう。
 今日も宿の若女将に焼き菓子なんてもらっている。クルミのケーキお好きですか、なんて聞かれて大好き! と笑顔で答えるマッシュの他意の無さが伝わっているのかいないのか、人妻がうっとり見上げる瞳にハートが見えて肩を竦める。
 待たされている自分には恭しい会釈のみを寄越していなくなった若女将を見送ると、戻って来たマッシュのホクホクした表情が癪に触った。
「お前、それ、好きなのか」
「うん、好きだよ」
 へえ、と気の無い相槌を返してさり気なくそっぽを向いた。軽々しく好きだなんて大安売りすると誤解されるぞ──釘を刺そうか迷った時、ふと隣を歩くマッシュに頭を引き寄せられた。
「でも兄貴は愛してる」
 耳元で低く囁かれた言葉の意味を噛み砕く前に、ゾクッと背中に痺れが走った。悪びれないマッシュを睨みつけようとする顏がどうしても笑ってしまうので、やはりぷいっとそっぽを向いた。

(2017.12.15-12.21)