髪が燃えた。気づいた時には遅かった。作業用に高めの位置で縛っていたのがまた悪かった。溶接で飛んだ火花が頭に落ちたのだと理解した頃には、すでに結び目に火がついていたのだからどうしようもなかった。慌てて頭を叩いて消し止めたが、酷い煙とにおいで相当量の髪が燃えたことが予想された。
 人に見つからないよう急ぎ足で自室に戻り、鏡を見ると案の定惨めな頭になっていた。ゴーグルのお陰で顔は無傷だが、まとめ髪の根元が燃え焦げたため短く切らざるを得ないだろう。国のシンボル的役割を果たしていた長髪を切ることで大臣から小言を食らうかもしれないが、それ以上に。
「……! あに、き……」
 一番の心配のタネが向こうからやって来た。何だってノックもしないでドアを開けるのだろう。これでは隠しようがない。
「その、頭……」
「ちょっと、不注意でな」
「そんな……」
「仕方がないだろう、燃やしてしまったんだ」
「……そんな……」
 絶句したマッシュは戸口で完全に固まり動かなくなった。そう、誰より厄介なのはマッシュだ。
 不思議なくらいマッシュはこの長い髪に執着していた。子供の頃から愛おしそうに撫で摩り、うっとり目を蕩かせるマッシュをちらりと振り返っては奇妙な気分になったものだ。
 大人になって再会した後も等しく、いや、ともすれば昔以上にマッシュは長い髪を愛し、閨ですら身体に触れるより髪に指を差し入れて弄ぶ時間の方が長かったかもしれない。マッシュが城に戻ってからは手入れもほとんど任せていた。女官にさえ触られるのが嫌だと言い放たれたこの髪はマッシュの所有物と言っても過言ではなかったのだ。
 マッシュは焼け縮れた髪を撫でて無言で泣いた。何も泣かなくても、とは言えなかった。マッシュにとってこの長い髪が何を意味しているのか、何度か深く考えかけては踏み込むのを恐れている間にこんな形で手放すことになるとは。
「……またいずれ伸びる」
 マッシュは答えずに涙を流し続ける。切り揃えなければ、と独り言のような呟きにのみ、ようやく「俺がやる」と返事があった。
 さめざめと泣きながら燃えた髪に鋏を入れるマッシュを鏡越しに見つめ、マッシュから大切なものを奪ってしまった自責の念と、忌々しいものを失えた悦とで胸の中が泥々と掻き乱された。

(2017.12.18)