──……ドガー……
 エドガー……

 低く暖かな響きが近づき、隠れている暗がりをぼんやりオレンジ色の灯りが照らし出した。
「やはりここか、エドガー」
 ひょっこり現れた優しい眼差しを見てもなお、エドガーの鬱々とした表情は強張ったままだった。ただ、への字に結ばれていた唇が小さくちちうえ、と動きはした。
 呼びかけを耳にした父王は穏やかに目を細めて控え目に口角を上げる。
「お前は悪いことをするといつもここに隠れるね。マシアスとばあやが探していたよ」
「……おしかりに、ならないのですか」
「叱られたいのかい?」
 エドガーは黙って首を横に振る。父王は手にしていたランプを床に下ろし、大きな身体を屈めて小さなエドガーと目線を合わせた。
「エドガー。悪いことをしてしまったら、大切なのはその後どうするかだ。人は誰しも間違ってしまうものなのだよ。間違ったままでいるのか、過ちを認めて一歩踏み出すか。お前はいつまでもそんな狭いところに入り込んで、ずうっとそこで暮らすのかな?」
 再びエドガーが首を振る。何度も振るうちに瞳に薄っすら溜まっていた涙が小さな雫をも振り落とした。日頃機械に親しむ父王の手は厚みがあり、愛を持ってエドガーに向かって差し伸べられた。

「出ておいで」



 目を開くとあの暖かな手のひらは掻き消えて、暗い天蓋が視界の先を覆っていた。宙に向かって伸ばした手には行き場がなく、力なく丸めた指先を睨んで眉を顰める。
 ゆっくりと隣を見遣れば、心地好さそうな寝息を立てて眠る弟の姿。鍛え抜かれた彫刻のような裸体に似つかわしくない、あどけない寝顔は幼子のように穢れなく目に映った。
 エドガーは戦慄く指で顔を覆い目を閉じる。瞼の裏に浮かぶ懐かしい姿は朧げで、先程夢で逢えた存在がどのような表情をしていたのかすでに思い出せなくなっていた。
(申し訳も立たないのです、父上)

 ──私はもうこの手を離せない。

(2017.12.18)