「新年の夜に見る夢を初夢と言って、その年の吉凶を占う習慣があるのでござるよ」 新年を迎えて二日目の朝、朝食の席でカイエンが和やかに語ったドマでの風習に、仲間たちは口々に今朝見た夢について話し始めた。 「リルム、ふわふわのパンケーキたくさん食べる夢だったよ! これって良い夢?」 「きっと今年はぱんけーきをたくさん食べられるでござる」 「俺もうちょっとでお宝に手が届くー! ってところで穴に落ちた夢だったんだけど……」 「この一年は罠に特に気をつけるでござるよ」 夢の話が飛び交う中、寝て起きたら朝だったエドガーは話題に入れずにふうんと聞き役に徹していたが、ふと正面に座るマッシュが何か考えるようにちらりと斜め上を見上げ、仄かに頬を染めて軽く唇を尖らせた。 あれは笑ってしまうのを堪えている時のマッシュの癖だとすぐに勘付いたエドガーは、弟の様子をじいっと見張り観察する。 「しかし良い夢はあまり人に話さない方が良いのでござる。言霊と言って、『話す』と『放す』を掛けて良い内容を手放しかねないのでござるよ」 「えー! じゃあリルム言わなきゃよかった!」 「おっし、悪い夢はどんどん話した方がいいんだな?」 リルムとロックが騒ぐ中、食べ終えた食器を手にしたマッシュが後片付けをするべく立ち上がり、エドガーもさり気なく後に続いた。 食堂を出たマッシュは何処かふわふわしたような嬉しそうな顔をして、その横顔を眺めていたエドガーは部屋に戻ったタイミングでマッシュに詰め寄った。 「マッシュ、お前何の夢見たんだ?」 「えっ!?」 大袈裟な程に驚いたマッシュの顔が一気に赤みを増し、正面から至近距離で目線を合わせたエドガーがにんまりと笑う。 「ん? 言ってみろ、何の夢だ? ん?」 「い、いや、……覚えてない」 「嘘つけ」 マッシュの太い二の腕を掴んで更に顔を近づけると、ごくりと生唾を飲む音が聞こえてきた。 これはウブな弟にしては珍しく、新年から濃厚な夢を見たに違いないと北叟笑んだエドガーは、マッシュの口から夢の内容を聞き出すべく掴んだ手の力を強める。 「どんな夢、見た……? なあ、マッシュ?」 マッシュは眉根を寄せて口をぎゅっとへの字に結び、ぶんぶんと首を横に振る。徹底抗戦の構えを見てエドガーも引くわけにはいかない。 腕を掴んでいた指を二本トコトコと走らせて肩を辿り首筋まで、それから抱きつくように項に伸ばした両手で生え際を擽るとマッシュの肩がびくんと跳ねた。 「ホラ、言ってみろ。言わないと……」 「や、やだ」 弱り切った顔で抑止力のない言葉を口にする弟の様子が無性に可愛らしく、悪戯心に完全に火がついたエドガーはへの字の唇にちゅっと口付ける。 その途端目を真ん丸に見開いたマッシュだったが、唇が離れた後にぼうっとした表情で「叶った」と呟いたのを聞き咎めたエドガーが眉を寄せると、マッシュはもう一度「初夢」と口にした。 「人に話すと良くないって言ってたから……」 「……? 結局何の夢だったんだ?」 「……兄貴がキスしてくれる夢……」 まさしく夢見がちにぽつりと零したマッシュに対し、二度ほど瞬きをしたエドガーは首を傾げた。 「……それだけ?」 「うん」 「キスだけ? ……本当に?」 「? う、うん」 ウブにも程がある、と手のひらで目を覆って天を仰いだエドガーは、実に嬉しそうに緩み切った顔で笑うマッシュを見て新年初の苦笑いを浮かべた。 |