執務室まであと数歩の距離という時に不意に開いた目的の扉から、顔見知りの女官が微かに頬を蒸気させて出て来た。マッシュと目が合った彼女は更に顔を赤らめて、ぺこりと取って付けたようなお辞儀を残し足早に去って行く。 首を傾げながら中に入ると、眼鏡をかけた執務室の主が部屋の奥に据えられた机の中央でペンを走らせていた。マッシュに気づいて顔を上げたエドガーは、いつもと変わらない様子で微笑を向ける。 「さっき出てったの、様子がヘンだったけど……何かあったのか?」 「ん? ああ、良い報告をもらってな。結婚が決まったそうだよ」 「へえ」 マッシュはすれ違った女官の恥じらう表情を思い出し、納得して眉を上げた。 「俺が妙なことをしたと勘違いしたんじゃないだろうな?」 「ちょっと疑った」 「マッシュ」 「冗談だよ」 わざとらしく睨むエドガーに歯を見せて笑ったマッシュは、机の手前のソファにどっかり腰掛ける。それが休憩の合図となり、エドガーも眼鏡を外して軽く指先で目頭を押さえ、ふうと息をついた。 「先週も結婚報告を聞いたな。目出度いことが続くのは良いことだ」 「結婚ラッシュってやつか」 「我々もあやかりたいものだね。マッシュ、お前は城に戻ってからも修行ばかりで、少しは女性に目を向けたらどうだ? 気になる子くらいいないのか」 立ち上がって腰に手を当て背中を伸ばしたエドガーは、そんなことを言いながら机を周りマッシュの正面に優雅に腰を下ろした。 背凭れに体重を預けてしなやかに脚を組むエドガーをじっと見つめ、マッシュは人差し指で鼻の下を擦りながら「そんな人いないよ」と答える。 「嘘だな」 してやったりと北叟笑んだエドガーが、マッシュを真似て鼻の下を擦ってみせた。 「お前の嘘をつく時の癖。変わらんな、昔から」 口角を上げるエドガーとは対照的に、眉を寄せ軽く唇を尖らせたマッシュはぷいと目線を脇に逸らす。エドガーは笑みを絶やさずに目を細めた。 「まあ、お前が選んだ相手なら間違いはないだろう。良い報告が聞ける日を楽しみにしているよ」 エドガーの言葉にマッシュは一度ちらりと視線を寄越し、いつかね、と軽く肩を竦めて誤魔化した。 いつかなんて来ない。この嘘だけは見破られてはならない。 |