目の前の書類とインクの瓶がぐるぐると円を描くように混ざり合ったのが最後の景色だった。
 次に意識を取り戻した時、まず感じたのは視覚ではなく唇を柔らかく塞がれる触覚と、そこから流し込まれる苦味のある液体の味覚だった。
 味に嫌悪を感じて自然と唇を結ぼうとするが、再び押し当てられたものの奥からぬるりと口腔に入り込む物体が唇をこじ開け、不味い液体が注がれるのを抵抗も出来ずに受け入れるしかなかった。何しろ手足に力が入らない。
 喉に溜まったものを嚥下すると少しずつ頭が働き始め、薄っすら開いた瞼の隙間から見えたものは、瓶を煽って中身を口に含んだマッシュがこちらに顔を近づけて来る光景だった。咄嗟に瞼を下ろすと予想通りの口付けに胸をときめかせる暇もなく、またあの苦いものが口中に流れて来て今度ははっきりと眉を寄せた。
 もうこの苦いものは含みたくない。目を閉じたまま小さく首を横に振ると、次に塞がれた唇の中に嫌な味のものが流し込まれることはなく、暖かく柔らかい舌に歯列をなぞられて口内に残る苦味を上塗りするように舐め取られ、その心地良さに夢中になって応えた。優しくも濃厚な口付けを終えて目を開けば、少し怒ったようなマッシュの顔が目の前にある。
「無茶すんなって、言ったろ……」
 外遊を任せたマッシュがいないうちにと根を詰め過ぎたのが祟ったらしい。ベッドの上に横たえられた情けない現状を把握し、マッシュの口から与えられるのが薬ではなく小言となる前に、もう一度キスを強請るべく目を閉じた。

(2018.01.11)