「気をつけてくれよ……絶対に油断するなよ」 「誰に言っているんだ、マッシュ。俺が注意を怠ったことがあったか?」 「ないけど、……ないけど、それでも。本当は傍で守りたい……」 人気のない廊下、向かい合ったエドガーとマッシュが辺りを憚るような静かな声で会話を交わしていた。 「飛空艇を守るのも立派な役目だぞ」 「分かってるよ……」 旅立ち前に見送りと称しながらも別れを惜しむマッシュを前に、優しく微笑んだエドガーは何かを思いついたように眉を持ち上げる。 「では、俺が戦いから無事に戻ることができるよう……お守りをいただくか」 「お守り?」 尋ね返したマッシュの目の前で、軽く顎を上げたエドガーが緩やかに唇を結んで瞼を下ろす。長い睫毛が際立つ魅惑的な兄の表情にごくりと喉を鳴らしたマッシュは、エドガーの肩に手をかけてそっと唇を合わせた。 触れるだけのキスの後、美しい微笑を見せたエドガーは、マッシュの耳に唇を寄せて小声で囁いた。 「続きは帰ったらいただくよ」 「えっ……、続きって、」 「ふふ、武運を祈っていてくれ」 今度はエドガーからマッシュの唇に音を立てて口付けて、それではとマントを翻し颯爽と廊下を進んで行った。 マッシュはその場で戦いに赴くエドガーを見送り、すっかり姿が見えなくなってから両の拳を握り締め、「おし!」と大きく気合を入れて歩き始める。雄々しい足音から、この後は修行に精を出すのだろうと予想できた。 二人がいなくなった廊下で、気配を殺して壁に張り付いていたカイエンが、今まで忘れていた呼吸を思い出したかのように大きく溜息をつく。 (今のは……、一体……) エドガーとマッシュが当たり前のように口付けを交わしていた、ように見えた。 (さ、流石近代国家のフィガロ王家……、スキンシップも近代的でござる……) 普段から随分と距離の近い兄弟であるから、キスくらいは何でもないことなのかもしれない。これまで閉鎖的だったドマ国が今後復興を目指す際には、フィガロのような近代的な文化も取り入れて行ったほうが良いのだろうか? 荒い呼吸で顔の熱を逃がそうと努めながら、カイエンは腕組みをして頭を捻る。 「おうカイエン、そろそろ出発だろ?」 ふいに声をかけられて飛び上がったカイエンは、傍に立つロックに薄ら笑いを浮かべた。ロックは不思議そうに首を傾げたが、カイエンの奇妙な様子を追求することなく言葉を続ける。 「今回は手強いモンスターが多そうだから気をつけろよ。まあエドガーもティナもいるし大丈夫だと思うけどさ」 「あ、ああかたじけない。拙者も尽力するでござる」 「頑張れよ。そうそう、お前にお守り渡そうと思って」 (お守り──!?) カイエンの胸がドキンと跳ねる。 そう言えばロックはフィガロ統治下のコーリンゲンに縁があると聞いたことがある。ならばロックもフィガロのような近代文化に慣れ親しんでいるのかもしれない──カイエンは祖国の発展を願いながら覚悟を決めた。 「これ俺のお宝コレクションのひとつで、ドマ産の石がついててさ──」 懐から鉱石のついたブレスレットを取り出したロックの目の前で、キス待ち顔のカイエンが震えながら佇んでいた。 |