ゴムの日




「……これがその試作品、なんだが」
 兄の説明に耳を傾けながら、目の前にずらりと並べられた五センチ四方の薄っぺらいパッケージのひとつを摘んだマッシュは、眉間に皺を寄せてその両面をまじまじと眺めた。
「こいつが普及すれば望まぬ妊娠を避けられるだけでなく、病気の蔓延を予防することにも繋がる。しかし使い勝手が悪ければ皆敬遠するだろう」
「……それで?」
「……お前に、モニターになってもらいたい」
 マッシュは複雑に顔を歪めて背中を丸め、試作品とやらを挟んで対面に座るエドガーを上目遣いに見つめる。
 場所は寝室。おまけにベッドの上。開発中の新商品を試す場として選ばれたにしては不自然な場所で、マッシュは難しい顔をしたエドガーと二人、胡座をかいて座り込んでいた。
 マッシュが摘み上げたパッケージの中には、ゴムという素材で出来た薄手のカバーが入っているのだと言う。その耐久性や使い心地を調べるため、被験者としてマッシュが駆り出されたと言う訳なのだが。
「……なんで俺が?」
 思わずマッシュが口にした疑問に対し、エドガーは眉間に皺を寄せて申し訳なさそうに答えた。
「重要な仕事ではあるのだが、人選が難しくてな……頼み方によってはセクハラになってしまう」
「うーん……」
 それに、と言葉を区切ったエドガーは、気まずそうにマッシュから目を逸らして、微かに頬を染めつつボソボソと続けた。
「その、……お前は人並みより若干立派なものを持っているし……、お前が問題なければ皆大丈夫、だろうと……」
 マッシュは苦虫を噛み潰したような顔になる。そしてちらりと目線だけを下ろし、自身の腹の下を見やった。
 エドガーが並べたこれらの製品は、避妊具と呼ばれるものらしい。布と違って通気性がほぼなく、液状のものを漏らさない新素材のゴムで出来ており、また伸縮性にも優れているため取り付けも容易な優れもの、との触れ込みでエドガーに紹介は受けたのだが。
 問題はこの試作品の使い方だった。
 避妊、つまり妊娠を避けるために使用されるこの商品は、男性器に装着しなければならない、らしい。
 薄い膜のようなものを被せることによって、妊娠や病気の素になるものを漏らさずキャッチする、という仕様がうまく働くかどうかを試して欲しいと言われ、よし分かったと快く返事ができないのは致し方ないのではないだろうか。
「……モニターって、どうすりゃいいんだよ……」
「それは当然、実際に付けてもらってだな……」
「つ、付けてって……」
「……お前の言いたいことは分かる。だ、だからだな、俺も……その、協力しようと……」
 今度ははっきり顔を赤らめたエドガーが口ごもりながら呟いた。
 兄のエドガーはこの国の王であり機械師団の元帥でもあり、またフィガロで開発される様々な製品の責任者でもある。そして何より大事なポイントとして、マッシュの愛する恋人でもあった。
 そんな大切な存在に頭を下げられては、マッシュが嫌と言えるはずもない。こめかみを指先で掻きながら尖らせた唇で分かったよと答えると、エドガーはホッと安堵の息をついた。
 商品名はコンドームという名前だと解説したエドガーが、並んだ試作品の一番端の包みを手に取った。
「衛生面を考えてひとつひとつ包装されている。ここから破って開封し、取り付けるんだ」
 ピリッと小さな音を立てて包装を破ったエドガーが、中から薄い円形に丸まったコンドームなるものを取り出した。初めて見る物体を訝しげに見つめたマッシュは、眉を寄せて首を傾げる。
「……どうやってつけるんだ?」
「それは、だな……」
 言いにくそうにエドガーは目を泳がせ、一度咳払いをして仕切り直してから意を決したように告げた。
「起立させた状態で取り付けることを想定している」
「……それっ、て、」
「薄いゴムが丸まった状態で収められているんだ。起立した陰茎の先端にこれを乗せてくるくると下に」
「ちょっと、待って、待って」
 慌てて話を遮るマッシュがごくりと喉を鳴らし、気まずそうにしているエドガーをじっとり見据えて改めて尋ねる。
「……勃たせろってこと?」
「……そういうことだ」
「そ、そんないきなり」
「分かってる! ……だから、協力すると言ってるだろう」
 言うなりマッシュの腰紐を引っ張って解いたエドガーは、緩んだ下衣をずり下ろして中からまだ萎れているものを無理やり取り出した。そして左手で根元を握り、もう片方の手で頭をやんわり掴んで扱き始める。
「あっ、ちょ、兄貴っ……」
「我が国のためだ、頑張れ」
 無茶苦茶な励ましを受けつつ手を動かす兄に圧され、仕方なしに抵抗をやめたマッシュは、エドガーの行為を受け入れて意識を集中させることにした。
 状況はおかしいが、愛する兄の奉仕であることに変わりはない──そう思うとだんだんその気になって来て、下半身に熱が集まり始める。
「……よし、充分だ」
 真剣な眼差しで角度や硬度の状態を確認したエドガーが合格点を出し、ちらりとマッシュを上目遣いに見上げた。目線の意図を感じ取ったマッシュが小さく頷く。
 エドガーは手にしたコンドームを準備万端となったものの先端に乗せ、丸まった部分を伸ばすようにそっと下へ下ろし始めた。薄い膜が陰茎を覆っていく様を不安そうに、しかし興味深げに上から覗き込んでいたマッシュが、ふいに顔を顰めて歯を食い縛る。
「い、痛ッ……」
「ど、どうした」
「毛、毛、挟まって、るっ……」
「あっ、そ、そうか」
 根元まで下ろし切ったゴムが周辺の毛を絡め取って丸まってしまったようで、呻くマッシュを見て焦ったエドガーが急いでコンドームを無理に引っ張った。
「いでっ!!」
「すっ、すまん! 大丈夫か!」
 絡まった毛ごと引き抜いたコンドームを放り捨て、エドガーが涙目になったマッシュの分身を撫で摩る。痛みで一瞬萎えたものが再び元気を取り戻し、エドガーはホッと息をついた。
「すまんな、今のは少々長過ぎるな。お前で絡まるのだから他の男性にも余るだろう。こっちはもう少し短めだから、こっちで……」
「ま、まだやるの……?」
「……国のためだ」
 渋く念押しするエドガーに押され、がくりと頭を垂れたマッシュの動作を許可と受け取ったエドガーは、続いての試作品を主人の頭に反して起き上がっているものの上にちょんと乗せた。
「要するに放出したものが漏れなければいいのだから、根元まで長さがなくとも──」
「きっ、キツイ、これ、キツイ! し、締め過ぎて痛い……!」
「全体的に小さくし過ぎたか……!? すまん、じゃあ次はコレを」
「これは……ちょっとぶかぶかしてるよ……」
「確かに、すぐ抜けてしまうな……ううむ、では次」
 ひとつひとつ装着してはボツを繰り返し、気持ちとともに萎えて来たものをエドガーの励ましと言う名のご奉仕で蘇らせながら、次々と試作品を装着し続けて何個目となったのか。
 いい加減疲れて来た頃にクルクルと填められたそれは、程良いフィット感で締め付けも少なく悪くない感触だった。
「……これなら大丈夫そうだよ」
「そうか! ……で、では、使用感も確認せねば、な……」
 急にしおらしくなったエドガーが、もじもじと身を縮めながらチラリと意味深な視線をマッシュに寄越し、「向こう、向いてろ」と後方を指差した。
 訳も分からずエドガーに背を向けたマッシュの背後から、衣擦れの音に続いて何かの蓋を開けるような音、それから少ししてくちゅくちゅと水気のある音が順に聴こえてきた。更に掠れた吐息まで響いて来て、悶々と想像を膨らませたマッシュが我慢できずにそっと後方を振り返る。
 いつの間にか下半身の衣服を脱ぎ、四つん這いになって突き出した尻の丘の間に右手の指を潜らせ、息苦しそうに動かしているエドガーの様子を見開いた目でじいっと眺めるマッシュと、視線を感じたのか顔を上げたエドガーの目がばっちり合った。
 途端にボッと火がついたように顔を真っ赤に染めたエドガーの腕を掴み、引っくり返して背中を下につけさせたマッシュが鼻息荒く兄を見下ろす。
「し、使用感、確かめて、いいのか……?」
「あ、ああ……」
 顔を大きく逸らしてはいるが抵抗せずに頷くエドガーを見届け、念押しするようにマッシュが頬にキスを落とすと、エドガーが照れ臭そうに少しだけ正面に鼻先を向ける。その隙を逃さず改めて唇に口付けたマッシュは、エドガーが自身で弄っていた秘所に手を伸ばした。
 指で探るとぬるりと滑る液体ですでに濡れている。予め香油を用意していたのだろう、柔らかく解れているその場所の感触に興奮が高まったマッシュは、散々妙な試作品を被されて猛ったものを押し当てた。
「……、あっ……ん」
 大きく開いたエドガーの両脚、膝がビクリと震えた。その脚を抱えて腰をゆっくり進めるマッシュは、普段に比べて違和感があることに眉を顰めて下半身を覗き込む。
「……あれ……」
「あっ、あっ、んんっ、」
「変だな……」
「ああっ、あっあっ、ま、マッシュ、」
「なんか……全然……」
 気持ち良くない。
 暖かなエドガーの体温は感じるのに、装着したコンドームがそれ以外の感覚を遮断してしまっているようで、どれだけ腰を振ってもいつもの快楽が少しも得られないのだ。
「あ! あ! ま、ましゅ、頼む、もすこし、ゆっくり……!」
「で、でも、ちっとも、感じなくって……」
「わ、分かっ、分かった、一度、抜い、ああ、あああん」
 渋々引き抜くと、肩で息をしたエドガーがしばしぐったり脱力し、ようやくのろのろと起き上がった後にマッシュの股間に手を伸ばした。そして未だ硬いままのものに被せられたコンドームを外し、ぽいと床に投げ捨てる。
「厚みがあり過ぎたか……。感度が悪ければ需要は少ないだろうな。じゃあ、次はこっちを」
「な、なあ兄貴、一回何も無しでしちゃダメか……? ずっと生殺し状態で……」
「より良い商品を作るためだ、頑張れ」
 新たな試作品を手にするエドガーもまた頬が紅潮して呼吸が荒く、真剣な姿を見るとマッシュも頷かざるを得ない。まだ気分が高まっているうちにと次のコンドームを被せ、二人は第二ラウンドに励み始めた。
「んっ……、今度は、さっきよりいいかもっ……」
「そ、そう、かっ……、んっ、んんっ」
「うん、悪くな……あれっ」
「どう、したっ……」
 動きを止めたマッシュがぎょっとして下腹部を凝視した。そして若干の青い顔色でエドガーの顔と接合部を交互に見る。
「……外れて中に残っちゃった」
「何!?」
 血相を変えたエドガーからマッシュが自身のものを引き抜くと、思った通り被せられていたはずのコンドームがなくなっている。二人は顔を見合わせた。
「ど、どうしよう」
「どうしようって、取るしかないだろ……!」
「わ、分かった、兄貴ちょっと脚もっと開いて」
「ううっ……」
 エドガーの抱え上げた足の膝をシーツに押し付け、腰の位置が高くなったことで秘部は見やすくはなったのだが、あまりに扇情的なポーズにマッシュの喉が大きく上下する。
「し、失礼します」
「いいから、早くっ……」
 顔を火照らせたエドガーが切羽詰まった口調で吐き捨てた。
 マッシュは右手の人差し指と中指を奥に潜らせ、孔を拡げて中を覗き込む。流石に中の様子までは見えず、加勢するべく脚を支えていた左手を離してその指を穴の中に突き入れた。
「あ、うっ」
「兄貴、しっかり脚開いてて」
「は、早く、取ってくれ……っ」
「もうちょい待って……、あ、あった」
「あ、あぁん」
 ギリギリ届く位置で異物が指先に当たり、何とか取りこぼさないよう少しずつ出口へと手繰り寄せる。その度にエドガーが孔を悩ましげにキュウキュウと締め付けるため、作業は難航した。
「そんな締めないでくれよぉ」
「し、仕方ないだろっ……! 早く、あっ、ああっ」
 ようやく二本の指にコンドームの端を挟むことができ、マッシュは一気に引き抜いた。弾みでアッと呻いたエドガーの腹の下ですっかり硬くなっていたものが、びくびくと震えながら濁った液を放出する。
「……取れたよ」
「……そ、うか……」
 気まずい空気の中、エドガーは顔を真っ赤に染めてむくりと起き上がり、ベッドサイドに置かれていたタオルを手に取って無言で汚れた腹を拭いた。
「若干緩めだったのかもしれない。次こそは」
「……まだやるの?」
「当たり前だ! ここまで形にするのは大変だったんだぞ!」
 猛然と主張するエドガーに根負けしたマッシュは、やれやれと肩を竦めながら新たに差し出されたコンドームを摘み上げた。
「長さ、薄さ、フィット感、今までのデータからするとこれが最適のはずだ。さあマッシュ」
「うん……」
 未だに達することができていない自身のものを慰めるように握り、もう何個目か忘れてしまったコンドームを被せ、いざ出陣と兄の脚に手をかけた。
「……行くぞ、兄貴」
「……来い」
 完全に解れた入り口はすんなりマッシュのものを受け入れて、先端の凹凸部分を咥え込んだ後は奥まで何の障害もなくつるりと入り込んだ。
「あっ」
 一度達しているせいかエドガーの身体は敏感に震えてマッシュの分身を締め付け、その吸い付くような感触は何もつけていない時と等しいほどはっきりと伝わってくる。最初は恐る恐る腰を動かしていたマッシュだが、ズレる様子がなさそうだと判断し、快楽を求めるがまま徐々に速度を速めていった。
「あっ、あっ」
 エドガーの泣き声に似た嬌声が大きくなって行く。これは今までで一番良い、何の違和感もなく貫ける──マッシュは薄いゴムが取り付けられていることをだんだんと意識しなくなり、欲望に従って大きく開かせた兄の脚の付け根にひたすら腰を打ち付けた。
「あっ、兄貴っ、俺、もうっ……」
「ああっ、ま、マッシュっ……」
 上り詰めた快感がぱちんと弾け、マッシュが軽く背を曲げて呻く。自身のものがびゅくびゅくと収縮して精を吐き出す動きに合わせて短く浅い息をついた。
 ところが、同じく快楽で蕩けていたはずのエドガーが奇妙な顔をした。眉を寄せて目を見開き、慌てたように下腹部を覗き込む。
「な、何で、だ……? 何で、中に」
 エドガーの呟きの意味は、マッシュが萎れ始めたものを引き抜いた時に理解できた。コンドームの先端は破れ、白く汚れた亀頭がちょこんと飛び出している状態を二人は凝視して、それからどちらともなく溜息をつく。
「……開発し直しだ」
 エドガーが重々しく零し、四肢をベッドに投げ出して無念とばかりに目を閉じる。
 マッシュも萎えたものの周りに張り付いていたコンドームの残骸を剥ぎ取り、まさに精も根も尽き果てた状態でその隣にぐったりと倒れ込んだ。