「どうしてここには砂がないの?」 草原を楽しそうにくるくる回りながらエドガーが尋ねる。マッシュは微笑して答えた。 「少し遠くに来たんだ」 「ふうん……」 くるりともう一回りしたエドガーは、ふいにマッシュの傍まで駆けてきた。目の前で止まり、顔を覗き込むように見上げてくるので、マッシュは腰を少しだけ落として目線を合わせてやる。 「おじさん、わたしをゆうかいしたの……?」 マッシュは苦笑いして問いかけた。 「俺が怖いかい、……エドガー」 エドガーはマッシュから目を離さずに軽く首を横に振り、 「おじさん……レネに似てる」 そう言ってマッシュの無精髭が残る頬にそっと指先で触れてきた。 マッシュは思わず言葉を失ったが、エドガーはまるで警戒心のない目で微笑みながら言った。 「レネはね、弟。小さくて、かわいい……おじさんと同じ目なの」 「……そう、か……」 エドガーはくすくすと笑いだし、頬をほんのりと赤らめて両手を口の周りに添え、内緒話のポーズをとる。マッシュが耳を寄せてやると、小さな声でこっそりと教えてくれた。 「あのね、わたし、ね。レネと、王さまになるんだよ」 マッシュは目を見開いた。 エドガーはふわっとマッシュから離れ、立てた人差し指を唇に当てていた。 その翳りが微塵もない澄んだ青い瞳が空を映し、エドガーは軽やかに身を翻す。重い甲冑と王の証であるフィガロブルーのマントを纏い、何の怖れもない顔でエドガーは笑った。瞳に映るもの全てが善であると信じていたあの頃。怖いものと言えば、灯りの落ちた夜中の城と怒った父王の拳骨くらいで。 マッシュは焦りを感じエドガーを追う。その手を捕まえ引き寄せると、不思議そうにエドガーが振り向いた。 見る者の心を射抜くような青い目だった。 込み上げるものを抑えきれず、マッシュは唇を噛み眉を震わせてエドガーを抱き締めた。苦しげに小さく息を吐いたエドガーは、それでもくすくすと笑っていた。 「おじさん、おひげ、くすぐったい……」 マッシュは抱き締める腕に力を込める。 マッシュが今知る兄の笑顔は、かつて何も知らなかった頃のエドガーの笑みではなかった。 王子として教育され王として生き、目にしたくないものもその目で受け止めてきたであろうエドガーが過ごしてきた日々を思い、今はただ子供に返ったエドガーを守らなければならないとマッシュは奥歯を噛み締めた。 |