インプット




「はー……」

「うっ……うあっ……」

「いだ、だ、だ、だ」

「うおおっ……」


「……兄貴、うるさいよ」
 ベッドでうつ伏せに寝そべる兄に馬乗りになり、背中に手を当てたマッシュが呆れたように口にした。
 はー、とまた溜息をついたエドガーはだらしなく右頬をシーツに埋め、うっとりと目を蕩かせて乾いた唇を舐める。
「お前のマッサージ効くなあ……」
「おっしょうさま直伝だからね」
 腰回りに添えた手のひらの指球を支点にマッシュが力を込めると、またエドガーがううっと呻く。兄の体は連日のデスクワークでガチガチに凝り固まっていて、生半可なマッサージでは完全に解すのは難しい。これは定期的にやってやらねばダメだなと思いながら臀部に触れると、「あっ」とエドガーの口からそれまでとは違う色づいた声が漏れた。
 慌てて口を押さえたエドガーが首を捻ってこちらを睨みつけてくるが、マッシュとしては他意があった訳ではない。心外だ、と手を離す。
「……なに、変な声出してんの」
 無関心を装って突っ慳貪に尋ねると、赤らんだエドガーの横顔が忌々しそうに歪む。
「お前が変なとこ触るからだろ」
「別に変なとこ触ってない。マッサージだ」
「そんなとこマッサージするのか」
「下半身だって大事だよ」
「でも、手つき、」
「……兄貴が期待してんのはこうだろ」
 それまでの実直な動きから一転、広げた手のひらで尻を緩く鷲掴みにして指先を意味深に蠢かせ、衣服越しに双丘の中央に当たる窪みを親指で摩ると、エドガーの腰がびくりと跳ねた。
 さすがに飛び起きたエドガーが身を守るように膝を曲げて下半身をガードし、兄の威厳も何もない決まりの悪い顔で睨んでくるのを見て、マッシュは肩を竦めて溜息をつく。
「真昼間だぞ」
「先に意識したのそっちだろ」
「なっ、なんだと、全く口ばっかり達者になって……」
「口だけじゃないとこ見せようか」
 エドガーが首まで赤くなる。
 色恋沙汰は百戦錬磨と豪語しておきながら、こういった会話で先手を取られると思いの外兄が脆くなるのはすでに熟知していた。
 女性を落とすテクニックがどうのと偉そうなことを言っておいて、自分が与えられる快楽にはめっぽう弱い。最初は苦痛が上回っていた様子のセックスも、一度気持ち良さを覚えてからは自分の方が乗り気である癖にマッシュから誘ってくるのを素知らぬ風で 待っている。
 そういった妙に強気で初心なところも可愛らしくて愛しいのだけれど、口に出すとまた真っ赤になってしまうので兄のプライドを保つためにもやめてあげているのだ。
 案の定エドガーはブツブツ小声で自らを鼓舞するための悪態をつきながら、落ち着きなくシーツを手繰り寄せてベッドの上を皺だらけにしてしまっている。その時手元にあるものを掻き集めたり積み重ねたりするのは平常心を取り戻そうとするエドガーの癖だと分かっているので、特に驚きもせずに兄の気が済むのを待った。
 ふと、エドガーがどこでそんな口の利き方を覚えたんだと零した。
「ダンカン殿から妙なことまで教わってるんじゃないだろうな」
「何言ってんだよ、おっしょうさまは寧ろ逆……」
 言いかけてはたと思い出す。確かに師は女遊びなど以ての外とマッシュにストイックな修行を課したが、そういえば色恋の一般的な知識は兄弟子から吹き込まれたものがほとんどだった。
 街で女を買うからついて来るかと誘われて、真っ赤になって断ったこともあった。意気地なしと笑われたが、その時から心に決めた人の存在がマッシュに惑いを与えなかったため引け目を感じることはなかった。
 善いことよりも悪いことのにおいを多く教えてくれたのが兄弟子だったかもしれない。勿論格闘家として開花しかかっていた彼の才能に憧れと羨みと尊敬を抱いていた。今でもその気持ちに変わりはないが、あれがなければと兄弟子が持っていた陰の部分を悔やむ思いも同時に浮かび、遣る瀬無くなる。
 思えばこのマッサージもダンカンより兄弟子が教えてくれることが多かった。修行で疲れ切った体をきちんと整えてから休めと、施されたマッサージは痛みを伴いながらも的確だった。
 指の使い方や力の入れ方は全て兄弟子が実地で説明してくれたものだ。全身くまなく触れられて、細い腰だと耳元で囁かれたこともあった、気がする。
 ──当時の自分はひたすらに純真で鈍感だったから何ひとつ動じることがなかったが、今思えば。先程兄の尻を意味深に撫で回した自分と同じことを、兄弟子はしていたのではないだろうか。
 あの時、少しでも意図に気づいて反応していたら、……どうなっていたのだろう。十代の自分はまだ体作りの発展途上中で、体格差は比べようもなかった……。
 急に無言になったマッシュを前に、不安げにエドガーが顔を覗き込んで来た。
「ど、どうした、急に黙って。お前、本当に妙なこと教わってきたんじゃ、」
「……なんでもない」
 この困惑を本当の兄であるエドガーには知られたくなくて、体をこちらに傾けていたエドガー を少し強引に抱き寄せて乾いた唇に口付けた。
 驚きに身を引こうとするエドガーを離さずに喉仏から首の付け根まで舌を走らせ、硬く強張った体を押し倒して皺だらけのシーツに沈める。
「ちょ、ま、待てっ……、まだ昼間だぞ!」
「もうその気になってる癖に」
 暴れるエドガーの腕を押さえつけてうるさい口を再び塞ぎ、膝を差し込んで脚を割らせる。
 身を捩らせるのは完全なポーズで、すでに顎が上がってこれから行われることへの準備を整えているエドガーを彼の望むようにいたぶりながら、またぼんやりとかつての兄弟子の言葉を思い出していた。

 ──多少嫌がってるのがヤるほうもヤられるほうも興奮するもんだ──

 ああ、やはり余計な知識は仕込まれて、自分の中に刷り込まれているのかもしれない。
 抵抗しつつ快楽に喘ぐエドガーを緩やかに拘束し、恥じらいが滲む兄の潤んだ目に身震いするほどの昂りを感じた。