子供のみならず大人たちも即席の仮装グッズでパーティーを楽しんだ夜更け。
 はしゃぎすぎてすっかり談話室で寝入ってしまったリルムとガウを部屋に送り届けたマッシュは、戻ってきたパーティー会場で普段よりも陽気にカイエンと話すエドガーに目配せする。気づいたエドガーが顔を上げたのを確かめて、「俺、部屋に戻るよ」と告げるとほんのり赤らんだ顔のエドガーが立ち上がった。
「俺も戻る。お休みカイエン、楽しい酒だった」
 目を細めてお休みなさいと返すカイエンに手を振り、マッシュはエドガーと並んで部屋に向かう。今夜のエドガーは少々飲み過ぎているようだ。足取りこそ確かだが、やけににこやかで今も楽しげに鼻歌を歌ってはクスクス笑っている。
「カイエンと何話してたんだ?」
「ふふ、彼の奥方の話をね。なかなか積極的なご婦人だったようだ、ふふふ」
 思い出し笑いをしながら部屋に入ったエドガーに続いたマッシュは、窓際のテーブルに目を止めた。昼間ティナが焼いたかぼちゃのパイの残りだろうか、皿にふた切れ取り分けて置かれている。
「ああ、そういえば作り過ぎたとティナが零していたな。余ったのならマッシュが食べるだろうとアドバイスしたんだ」
「ふた切れだから兄貴の分もあるみたいだな」
「ティナの手作りだ、いただきたいのは山々だが今は腹がいっぱいだ。今夜は涼しいから明日まで持つだろう」
 テーブルに添えられた椅子の背を引き、どっかり腰掛けたエドガーは心地よく吐息を漏らす。軽く上がった顎のラインについ見惚れたマッシュは、横の椅子に腰掛けてエドガーを横目で見た。
「……兄貴」
「んー?」
「その、昼間、言ってたやつ」
「昼間……? ……ああ、悪戯?」
 答えずに頬を赤らめることで反応したマッシュを見て妖しく笑ったエドガーは、おもむろにかぼちゃのパイのフィリングを人差し指で掬い取り、マッシュの鼻先にぺとりと乗せた。
 目を点にしたマッシュを見てエドガーは声を上げて笑う。マッシュは目を据わらせ、これはダメだ、すっかり酔っ払いだ──と、期待していた夜が流れたことに溜息をついた。
 その時、笑ったままのエドガーがマッシュへと腕を伸ばし、ぐいっと顔を近づけた。酔いで赤く縁取られた瞳を上目遣いに向けられて、思わずマッシュは息を呑む。
 マッシュを見つめたまま、エドガーの唇から覗いた赤い舌がぺろりとマッシュの鼻先を舐めた。
「……っ」
 鼻のフィリングを舐め取られて目を剥いたマッシュを意味深に見つめたエドガーは、今度はマッシュの頬をひと舐めした。腕をマッシュの首に絡め、反対側の頬も、そして唇も。
 硬直するマッシュの顔を舐めつつ小さな口付けを至る所に落としていくエドガーは、再び至近距離で目と目を合わせてマッシュに囁いた。
「Trick or Treat ? ……か。本来は悪霊の台詞らしいな。『私をもてなせ、さもなくばお前を惑わせる』。……どうする? このまま惑わされるだけか? そろそろお前も、俺に甘い菓子にも勝る時間をくれてもいいんじゃないか?」
 僅かに目尻の下がった蕩ける瞳でそんなことを言われて、ごくりと喉を鳴らしたマッシュもまたエドガーの頸に手を伸ばす。マッシュを見つめていた目が満足げに閉じられ、誘うように突き出された唇をマッシュは噛み付くように塞いだ。
 頸を弄っていた指で一つ目のリボンを解くと、唇越しにエドガーが笑ったのが伝わる。リボンを解いても怒られないのは自分だけ──マッシュは二つ目のリボンも解き長い髪を指に絡ませた。

(2017.10.31)

閉じますよ