自解




 兄とそういうことをするのが、おかしなことだとは思っていなかった。


 元々口付け程度なら当たり前のようにしていた。幼少時に出席した叔母の結婚式を真似て、二人でよく誓いのキスを再現しては笑い合った。ばあやに見せたら怒られてしまったため、人前ではやらなくなった。二人だけの時にひっそりと唇を合わせた。

 そういうことの大きなきっかけは自分の精通だったと思う。十三か十四か、それくらいの時に初めて自分のものが知らない形になってすっかり動揺し、兄に相談した。自分にとっての兄とは世界の全てを知る人で、それでいて同じ年の気心の知れた友人のようでもあったので、大人に話せない悩みは何でも兄に頼っていた。
 兄は何でもないことのように自分のものを扱いて処理をしてくれた。そしてこれは特に病気などではなく男なら誰でもなるのだから、心配しなくて良いと優しく説明してくれた。
 その時兄にしてもらったことがあまりに気持ち良く、それから何度も処理してもらった。兄は嫌がることなく頼めばいつも丁寧にしてくれた。
 やがてどうして体がこうなるのかを尋ねた際に兄が教えてくれた行為に興味が湧き、それを告げると兄は自分の体で教えてくれた。女性の場合はこう、こう、と本来との違いを踏まえた上で、初めての性行為は幼い自分にあまりに刺激が強く、すっかり夢中になった。兄は決して自分を拒まなかった。

 初めて拒否をされたのは十五の時、兄が初恋を覚えた頃だった。熱っぽい目で想い人を追う兄の姿は何故か酷く遠くに見えて、何か力になりたいと思いながらも行動には移せなかった。
 そして兄は自分が兄に触れることと兄が自分に触れることの両方を拒否した。あれだけ頻繁に与えられていた快楽を取り上げられた自分はただただ戸惑ったが、お前も好きな人ができれば分かる、と兄には取りつく島もなかった。
 しばらくして兄の恋は片思いのまま哀しい結果を迎え、自分の目から見ても明らかに落ち込んだ様子が続いていたが、時を同じくして城内がきな臭くなり兄との距離ができたまま時間だけが過ぎた。
 愛する父が倒れ、兄と自分に王位継承の問題が突きつけられた。父の死を哀しむ自分に兄は以前のように優しく言葉をかけ、コインでの勝負を持ちかけた。結果は自分の勝利となり、城を出て自由になることを選んだために兄とは道を分かつことになった。
 城を去る前日の夜、最後に兄を寝室に誘うとようやく兄は拒まずに自分を受け入れてくれた。
 その夜初めて兄が快感に喘ぐ様を見た。いつも淡々と事をこなしていた兄の箍がここまで外れたのを見たことがなく、その痴態に悍しいほどの興奮を覚えた自分は、壊してしまうのではないかと思うほどに兄を抱いた。

 そして十七で城を出て、それまで知らなかった外の世界に触れ、新たな知識が身についた。
 兄とそういうことをするのが普通ではないと、気づくまでそれほど時間はかからなかった。




 心身を鍛えるのに十年を費やし、鍛え上げた拳で自分のみならず大切な人を守れると自負できるようになった頃、別れた兄と再会した。
 十年前と同じ金色の髪に青い瞳、しかし面立ちに威厳が加わり眼差しにはかつてはなかった憂いが滲んでいた。兄にとっての十年の重みをその姿に見受け、兄の力になりたいと偽りなく思った。兄の旅に同行を決め、傍で兄を守ることを目的として拳を振るった。

 再会して割と間も無く、兄の挙動を目で追っている自分に気づいた。
 兄の仕草や佇まい、十年前と同じようでいて離れている間に培われた自分の知らない空気が焦れったく、もっと近づきたい、触れたいと思うようになっていた。
 しかし兄弟でそういうことをするのはおかしいのだと知ってしまった以上、湧き上がる衝動を抑えなければと欲求に蓋をしようとした。ところが兄の姿を見るたびに、蓋の中からこじ開けて出て来ようとする何かが自分を支配する。対峙する敵の他、己の中の魔物とも戦う日々が続いた。

 傍にいる時間が長くなるほどに膨らむ気持ちは大きくなり、ついに堪え切れない夜が来た。
 理性とは裏腹に抱き締めたその体は十年前よりずっと硬く大人の男のそれであったが、愛しさが増すばかりで高ぶる想いが溢れてしまった。
 兄は拒まなかった。


 その時見つめた兄の顔は、かつて見た初恋に溺れた時の熱っぽい目を潤ませた陶酔のもので、翌朝見た鏡の中に兄と全く同じ顔をした自分が映っていた。
 この瞬間ようやくかつての兄の言葉の意味を理解した。