Jeff & Macias




「ああ、やっと解放された……」
 フィガロ城からファルコン号に戻ってきたエドガーは、滲み出る疲労感を隠そうともせずに椅子にどっかりと腰を下ろす。エドガーの帰艇に合わせて午後のお茶の準備をしていたマッシュは、ポットに被せていたコゼットを外しながら笑った。
「お疲れ。粘られたな、兄貴」
「今は有事だから、で済むと思ったんだがなあ。どうも王という存在を偶像化しようとし過ぎて困る。今年くらいは自粛してもよかろうに」
「まあ国王の生誕祝賀式典は毎年盛り上がるもんな。爺やたちは頭硬いからなあ」
 先程までフィガロ城に半ば拘束されていたエドガーは、半月後に迫った自身の誕生日に伴う国家行事の有無について城の重鎮と問答を交わしてきたところだった。
 毎年フィガロ城では王の誕生日に合わせて祝賀の式典や教会での儀式が行われ、国民総出でその良き日を祝う。しかし世界が崩壊した今、呑気に祝賀式典などやっている場合ではないというのがエドガーの見解であり、旅の途中ということもあって行事の大部分を中止するよう申し出たところ、思いがけなく猛反対を食らってしまったのだ。
 世界が不安定な今だからこそ、王が健在のフィガロの力を示すべき──要するに代々続いた伝統行事を潰すなと圧力をかけてきたのだ。圧されると引けなくなるエドガーは徹底交戦し、何とか国王不在のままで式典は最小限に留めることを約束させた。
「下手に派手なことしてみろ。裁きの光に狙われたりしたらどうする……唯一国家としてまともに機能しているフィガロがやられたら、たとえケフカを倒してもその先が厳しくなる」
「やっぱ目立つことはしない方がいいかなあ、あいつ絶対フィガロを良く思ってないだろうし。でも全く何もなしってのも寂しいな」
 マッシュがエドガーの前に香りの良い紅茶を滑らせ、当然のようにそれを手にしたエドガーは一口含んで満足げに息をついた。
「だから、演説の代弁とサウスフィガロの祭くらいは許可を出した。原稿も置いてきたよ。こんな時期だしな、国民が楽しみにしている行事をなくすのは士気にも関わるだろう」
「ああ、サウスフィガロの祭、俺何回か行ったよ」
 事も無げに告げたマッシュに、エドガーが不満そうに眉を上げた。
「何、本当か? 俺は主役なのに一度も見たことがないんだぞ」
「城に缶詰だもんな。楽しいんだぜ、いろんな露店が出てさ。あそこで買ったティーセットまだ持ってるぜ」
 エドガーの向かいに腰を下ろしたマッシュもまたカップを取り口をつける。エドガーはマッシュが用意した茶菓子をひとつ口の中に放り込んだ。
「主役の俺が楽しめない祭ねえ」
「ははは、町の人はみんなすっげえ楽しんでるよ。国王陛下万歳! エドガー様万歳! ってさ。歌ったり踊ったり、露店でうまいもん食って……」
「……それを王弟のお前がやってたのか」
「祝ってたんだって」
 悪びれないマッシュをじっとりねめつけたエドガーは、しかしすぐに表情を落ち着けて再び紅茶を啜る。
「まあ、それはそれとして。町の人々が楽しむのは構わないが、俺たちにはやることがあるだろう。あの魔導師の凶行を止めねばならない」
「ああ、そうだな」
「俺とお前が誕生日くらいで戦線を離れる訳にはいかんだろう」
 だよな、とマッシュも茶菓子を頬張りながら頷いて同意した。
「今年は戦いに身を投じようじゃないか。時間があれば夜にでも二人でささやかに乾杯しよう……なあ」
 エドガーが優しい眼差しをマッシュに向け、マッシュもまた「ああ」と穏やかに微笑みながら返した。
 二人の中では誕生日だろうと今の戦いの旅に何ら変化はないつもりだったのだが。



 ファルコンの進行方向がおかしいと、セッツァーに提言しにいったエドガーは理由を聞いて面食らった。
「え!? な、何故フィガロ城に向かっているんだ?」
「ロックのやつが、お前ら双子の誕生日だからってよ。今日一日くらい故郷でゆっくりさせてやろうって言い出したんだよ」
「私はそんなこと聞いていないぞ」
「うるせえな、サプライズってやつだろ。いいからてめえはマッシュとのんびりやってこい」
 咥え煙草で操舵を握るセッツァーにしっしと追い払われて、綺麗な顔を顰めたエドガーは渋々部屋に向かう。
 ──なんてことだ、折角爺やたちを説き伏せて式典のほとんどを中止させたというのに、城にのこのこ顔を出したら何を言われるか分からない。ロックの気遣いはいつもズレている──頭を抱えながら部屋のドアを開けると、中で腕立て伏せをしていたマッシュが頭を上げた。
「おかえり。セッツァー何だって?」
 立ち上がったマッシュが額の汗を腕で拭いながら尋ねる。エドガーは肩を竦めて溜息まじりに答えた。
「フィガロ城に向かっているそうだ」
「え、なんで?」
「どうもロックがお節介を働いたらしいな。折角の誕生日だから城でゆっくりしてろ、だとさ」
 マッシュが苦笑いする。エドガーはもう一度溜息をつき、どうするか頭を悩ませた。
 マッシュが思いついたように手を叩いた。
「そうだ、どうせならサウスフィガロの祭を見に行くのは? 兄貴、見たことないんだろ」
「馬鹿言え、誰の誕生日で祭が開かれていると思ってるんだ。城の関係者だって来ているかもしれないのに、張本人が堂々と町を歩く訳には……」
 そこまで言いかけて、エドガーがふと言葉を途切れさせる。何か考えるように青い目を上向きに、それからマッシュを見てにんまりと笑った。
「……いや、そうだな。祭に行こう。バレないように城で支度する必要があるな」
「……兄貴、何か企んでる顔してる」
 マッシュの呟きに不敵な笑みを見せたエドガーは、俄然楽しそうに鼻歌を歌い出した。一変した兄の様子にマッシュはただ首を傾げるのだった。


 フィガロ城の近くで着陸したファルコン号から降りたエドガーとマッシュは、明日の迎えを頼んで空に消える飛空艇を見送った。
 二人は城の裏側から、子供の頃から利用している抜け道を通って城内に忍び込み、兵や侍女たちの目を掻い潜ってエドガーの私室に滑り込む。
「……自分の部屋に戻るのにこんなにスリルがあったのは初めてだな」
 どこか楽しげにそう零したエドガーは、身につけていたマントを外してばさりとソファに放り投げた。エドガーの意図を知らないまま連れて来られたマッシュは、エドガーが次々に体に纏う甲冑やらブーツやらを脱いで行くのを見てぽかんと口を開ける。
「マッシュ、お前の服は俺のじゃサイズが合わないからな。そこのクローゼットからフード付きのマントを出せ。なるべく長くて目立たない色のやつだぞ」
「変装するってことか?」
「ご名答」
 ウインクしたエドガーは、マッシュが開き戸を開いて覗き込んでいるクローゼットの下の引き出しからあれこれと衣類を引っ張り出す。手頃なマントを見つけてマッシュが手に取った時、エドガーはそれまで着ていた青の鮮やかな格好から茶色く煤けた旅装束という粗末な格好へと変貌を遂げていた。
 マッシュは見覚えのあるエドガーの姿にあっと声を上げる。
「ジェフの時のやつか」
「その通り。甲冑は置いて行くがな」
 答えながらエドガーは髪のリボンをふたつとも解き、大事そうにくるくると巻いて卓上に置くと、その机の引き出しから何やら手のひらサイズの円柱の容器を取り出した。鏡を取り出し、容器の蓋を開けて中身の粉を手に取ると、おもむろに髪に塗りつける。美しい金髪が鈍色に変わる様を見てマッシュが目を剥いた。
「兄貴、髪!」
「デカい声を出すな、誰か来たらどうする。大丈夫だ、知ってるだろう? 専用の洗い粉で落ちる」
「そこまでするのかよ?」
「当然だ、俺たちの頭は目立ちすぎるからな。お前もやるんだぞ」
「ええ……」
 呆然としているマッシュを尻目に、エドガーは髪全体に消炭のような色を器用に馴染ませて、丁寧にタオルで叩く。すっかり金色が姿を潜めた長い髪を緩く三つ編みに結い、毛先近くをブラウンのゴムで束ねた。
 それからエドガーはマッシュを呼び寄せ、頸で結んでいたゴムを奪い取るように解く。縛りグセがついて耳の後ろからぴょんぴょん跳ねた毛先が飛び出し、前髪も立ち上がって額が全開になっているマッシュの顔を正面からまじまじと見たエドガーは、おもむろにマッシュの腕を引いた。
「ちょっとこっち来い」
 引かれるままに連れていかれたマッシュは、エドガーが立ち止まったのが簡易キッチンであることに首を傾げた。エドガーがちょいちょいと指を動かす方向に頭を下げると、その後頭部をがっしり掴まれて無理やり頭を押し込まれた。そして勢いよく水道から飛び出した水を被らされ、マッシュは目を白黒させる。
 手が離れて慌てて頭を上げたマッシュは、ずぶ濡れの髪からぽたぽたと落ちる水滴を見て唖然とする。エドガーはにんまり笑ってタオルをマッシュの頭に乗せると、マッシュが暴れるのも構わず乱暴に髪を掻き乱すように拭いた。
 タオルが取り払われた時、普段立ち上がっている前髪はすっかり下りてマッシュの瞼を半分近く覆い、跳ねていた毛先も落ち着いて耳を隠していた。エドガーは満足そうに頷いて、マッシュを椅子に座らせる。
「いいぞ、なかなか新鮮だ……たまにはこういうのも良いだろう」
「……もう、好きにしてくれよ」
 兄の奇行を諦めたマッシュは、エドガーと同じ髪の染め粉を頭に塗りたくられるがままになっていた。
 エドガーが二人分の染髪を終えて綺麗に手を洗い終える横で、マッシュは鏡を覗き込んで困ったように眉を寄せる。前髪を下ろしたスタイルはもう何年も経験がなく、襟足の長さも気になるのかむず痒そうに手で首を擦っている。
「落ち着かねえな、これ」
「そういうな。なかなか良い男だ」
 エドガーは高らかに笑って、次が最後だと再び引き出しから小箱を取り出した。蓋を開くと指先にも満たないサイズの赤茶色のレンズのようなものが収められており、エドガーはひとつを手に取るとマッシュの瞳に近づけようとする。マッシュは咄嗟に手でガードした。
「な、なんだよそれ?」
「一番目立つのがこの目なんだよ……心配するな、少し視界が赤くなるが動きに支障はない」
「心配するなって言ったって」
「いいから動くな、眼球に刺すぞ」
 恐ろしい脅しをかける兄の言葉に硬直し、マッシュは息を飲む。エドガーはマッシュの瞼を押さえつけ、見開いた青い目の中央にそっと薄い膜のようなガラスを乗せた。もう片方の目にも同じように乗せ、手を離す。
「……終わりだ。瞬きしてみろ」
 ぱちぱちと瞬きするマッシュの瞳が赤銅のようなブラウンに変わり、髪型と相まってまるで別人のような出で立ちになっていた。
 エドガーも素早く自分の瞳にレンズを被せると、最後に鼠色のマントを纏って不敵に微笑んだ。
「どうだ。完璧だろう」
「う……ん、顔は兄貴だけどまあ遠目じゃ分かんないかな」
「お前はすっかり別人だぞ」
 実に楽しそうに笑うエドガーに、まあいいかとマッシュも笑う。
 二人は来た時と同じようにこっそり城を抜け出し、サウスフィガロを目指した。



 時刻はすでに昼を過ぎており、サウスフィガロではたくさんの露店が賑わいを見せていた。
 人々でごった返す中、エドガーは目を輝かせて雑多な品が並ぶ店や楽団の演奏を眺めたり、町の様々な場所に括り付けられた青い旗や、小さな広場で輪を作って踊る子供達を見て感慨深げに微笑んだりした。そんなエドガーの様子をマッシュも嬉しそうに見つめ、露店のひとつを指で示す。
「兄貴、あれ食わない? 好きなんだ、ミートパイ」
「いいな。ふたつ買おう」
 店主に小銭を渡して受け取ったパラフィン紙の包みは細長く、皮を剥くように包みを剥がすマッシュを見てエドガーも真似をした。早速一口齧り付くマッシュにエドガーは眉を持ち上げる。
「ここで食べるのか?」
「歩きながら食べるんだよ。持ちやすい形してるだろ」
 見れば周りを人々が食べながら飲みながら楽しそうに通り過ぎていく。へえ、と呟いたエドガーも、マッシュに倣って大きく口を開けてがぶりと噛み付いた。口内に広がる肉汁を味わって顔を綻ばせる。
「美味いな」
「だろ」
 二人はパイを齧りながら並ぶ露店に集う人々の間を縫って歩いた。マッシュが言っていた茶器の店でアンティークのカップを見たり、絵画の店ではエドガーの肖像画も売られているのを見つけた。本物の方が美人だな、とマッシュが小声で呟いたのを耳にしてエドガーは頬を緩める。
 ナッツの量り売りの店で小袋いっぱいの胡桃を買い、摘みながら更に歩くと、射的の屋台でエドガーが足を止める。金を支払い銃を構え、最上段に並ぶ小さな的三つを続けて撃ち抜き、周りで見ていた人々が鮮やかな腕に拍手喝采した。近くで羨ましげに眺めていた小さな子供に景品の玩具を全て渡し、実に楽しそうに戻って来たエドガーをマッシュもまた笑顔で迎えた。
 買い足した酒の瓶にそのまま口をつけて二人で回し飲みながら、声をかけてくる積極的な女性たちを優しくあしらい、小腹が空いたらまた食べ物を買って、二人は祭を満喫する。やがて吊るされたランタンに灯が灯り始めた。
 通りに子供の姿が減り、あちこちで酒盛りが始まっている。国王を称える歌を誰かが歌い出せばそこら中の人が加わって合唱した。こんな時代だからこそ楽しくやろう──この祭は逞しく生きる人々の生命力そのものだ──エドガーが呟いた。
「……王はおまけでもいい。見えないところで彼らの心の柱になれれば」
 エドガーの小さな呟きを拾い上げたマッシュが、濁声の歌を聴きながら低く囁いた。
「兄貴っていう支えがあるからみんな明るさを失わないでいられるんだよ。フィガロの王は世界のために戦ってる。それが町の人の誇りなんだ」
 ランタンの灯りに照らされたマッシュの横顔を見つめながら、エドガーは僅かに口角を上げる。
 男女が腕を組み賑やかに踊る集団の横を通り過ぎると、町の外れが近づいていることが分かった。この先は安宿が立ち並ぶホテル街になっている。エドガーとマッシュは顔を見合わせた。
 エドガーがマッシュの指先をそっと握り締めたのが合図だった。



 見るからに薄板の汚れた壁の狭い部屋に入るなり、二人は抱き合って噛みつくように唇を合わせた。互いの背中を弄るように撫で回し、マッシュは左手でエドガーの頸を掴んで、右手で尻臀を握り込む。
 やけに気持ちが昂ぶっていた。明らかに男女の営みに使われるこの安宿に、大柄の男二人で現れたことに店主が不躾な視線を向けたからだろうか。それとも見慣れない外見の相手にお互い新鮮な熱情を感じたからだろうか。
 そのまま硬いベッドに倒れ、シーツに背中を預けたエドガーはマッシュの頭を掻き抱いた。目を閉じて荒々しいキスを受け、薄眼を開けるとそこに映るマッシュの姿は別人のようで、いつもと違う景色に心臓が跳ね上がる。
 薄っすら笑ったエドガーを訝しげに見下ろしたマッシュへ、吐息まじりに囁いてやった。
「……知らない男に組み敷かれた気分だ」
 その言葉にマッシュは眉間に皺を寄せたままハッと短く笑い、
「……なんだそりゃ。浮気願望でもあんのか……それでもうこんなにしてんのかよ」
 衣服の上からも分かる、エドガーの腹の下で勃ち上がりかかっているものを不躾に掴んだ。エドガーは小さく呻き、それでも妖しい笑みは崩さずに膝を立ててマッシュの股間に強く押し当てる。
「お前こそもうはち切れそうだぞ。いつもより興奮してるんじゃないのか?」
 ブラウンの瞳のエドガーが舌を見せてうっそりと微笑むと、瞼を軽く伏せたマッシュが挑戦的に笑い返した。
「そりゃ、俺もこんな男抱くの初めてだからな」
 そう言ってエドガーの首筋に唇と歯を当てたマッシュの愛撫に顎を仰け反らせ、エドガーはもどかしくマッシュの衣服に手をかける。マッシュの太い首が露わになると、自分にむしゃぶりついているマッシュを押しのけるようにその首に舌を這わせ、耳まで滑らせたその唇で吐息混じりにマシアス、と囁いた。
 途端ビクリと体を震わせたマッシュは、エドガーの髪をやや乱暴に掴んで引き剥がし、怒ったような、しかし頬が赤らんでいるため鋭さの削がれた目つきでぼそりと零す。
「……反則だろ」
 エドガーは艶やかな微笑を見せてマッシュに深く口付けた。潜り込ませた舌はマッシュの厚みのある舌に捕らえられ、吸い上げられて呼吸を奪われる。息苦しさにくらくらと眩暈を感じながら、エドガーの服を剥がそうとするマッシュを手伝うように身を捩らせた。
 多少ほつれるのも構わず衣服を剥ぎ取ったマッシュは、自身のマントやシャツも左手のみで脱ぎ捨てて、右手でエドガーの胸の突起を弄り左のそれを口に含んだ。エドガーの吐息が色づいていく。舌で転がされ、キツめに吸われた瞬間エドガーは小さく声を上げた。
 マッシュはそのまま唇でエドガーの体を下に向かって辿り、脇腹を擽りながら下半身の衣服に手をかけてずり下ろす。露わになった左脚を持ち上げ、その付け根に吸い付いた。エドガーの足の指先がビクンと跳ね、白い首が大きく仰け反る。腿の裏、尻との境目を舌で舐られてエドガーの脚が抵抗するように暴れるが、マッシュはそれを上から押さえつけた。
「あ、んんっ……」
 紫斑というより真紅に近い痕が残るほど吸い上げられ、エドガーは声を抑えようと唇を噛む。それがマッシュの気に障ったのか、マッシュは緩く勃ち上がっているエドガーのものを乱雑に掴んだ。ひあ、と悲鳴じみた声が上がる。
 左手でエドガーのものを扱きながらマッシュは腿を中心に痕をつけていき、皮膚の薄い場所を吸われる度にエドガーが首を振りながら甘ったるい声を漏らす。先端から滲み出る液でくちゅくちゅと卑猥な音が狭い室内に響き渡ってエドガーは耳を塞いだ。そしてきつく目を瞑れば聴覚と視覚が遮断されて、下半身に与えられる刺激がダイレクトに体を支配していく。
 ピクピクと腰が震え、絶頂の予感に体をくねらせた時、マッシュがふいにエドガーのものを根元まで口で咥え込んで吸い上げた。全体を包み込まれる強烈な愛撫にエドガーは思わず目を見開いて声を上げる。
「……ああっ……ん」
 マッシュは口内にエドガーが吐き出した精を受け止めて、そのまま飲み下した。指に残った先走りの液も舌で舐め取り、その様子をぼんやり眺めるエドガーの頬が朱に染まる。
 ようやく脚を解放されたエドガーはゆっくりと体を起こし、マッシュの下半身に手を伸ばして服の上からでも分かる盛り上がった部分を寛げてやった。現れたマッシュの分身に口付け、下から輪郭をなぞるように舐め上げる。竿を横から食むとマッシュの呻くような息が上から聞こえて来た。
 マッシュは普段と違うエドガーの髪が気になるのか、指に絡めては軽く引っ張った。こうして口淫に顔を伏せてしまうと余計に他の誰かに見えるのかもしれない。エドガーは口に若干余るマッシュのものをなるべく根元まで咥え入れた。
 舌で扱くように舐め上げながら口内の空気を抜き、陰茎を押し潰すかのごとく吸うと、エドガーの髪を弄るマッシュの手が止まる。構わずに口を動かせばぐんと硬度が高まり、口の中に独特の苦味が広がった。
 その途端、髪を引かれて頭を上げさせられたエドガーは、目の前に飛び込んで来た別人のような姿のマッシュに息を飲んだまま唇を奪われた。深く口付けられながら背中を倒され、エドガーもまたマッシュの髪を掴んで握り込む。
 一度唇を離したマッシュは、宿の備え付けとして枕傍に置かれているローションの瓶に手を伸ばした。蓋を開けて傾けると粘度の高い薄桃色の液体がとろりと落ち、それを手に取って指に馴染ませる。
 エドガーは黙って膝を曲げてゆっくりと脚を開いた。その付け根の一番奥に、マッシュが濡れた指を挿し入れる。
「っ……」
 エドガーが歯を食い縛る。いつもより性急な動きで指が深くまで挿しこまれ、うねうねと体の中で動く指先に耐えようとエドガーは後頭部をシーツに擦りつけた。
「──悪い、我慢できねえ」
 マッシュの低い呟きが聞こえた途端、指が引き抜かれてもっと質量のあるものが充てがわれた。まだそこまで慣らされていないことに気づいたエドガーが待て、と声をかけるが、マッシュは構わずに怒張したものを押し込んでくる。
「あっ……あああ!」
 堪えきれずエドガーが嬌声を上げる。ろくに解されていない部分は、しかしローションのおかげかずるりとマッシュのものを咥え込んで、ひくひくと悦びに震えていた。
 奥まで押し入ってきたものがエドガーを突き上げる。大きく体が揺さぶられてエドガーは悲鳴染みた声で喘いだ。鈍い痛みと蕩けるような熱が混ざり合い、腰から迫り上がる快感に何度も首を振る。
 薄っすら潤んだ瞳を開いて見上げれば、エドガーに伸し掛かり獣のように腰を動かしている者がマッシュではない男に見えて、その不思議な罪悪感と異様な高揚感で体は過敏に反応した。まるで知らない男に犯されているような気分に襲われたエドガーは、貫かれる痛みよりも気持ち良さが優った瞬間に自分の髪を掻き毟って絶叫した。
 マッシュが苦しげに呻き、エドガーの体の奥に熱い迸りが注ぎ込まれる。その熱でエドガーの体も大きく跳ね、二度目の精を吐き出した。
 乱れた呼吸のままエドガーが脚を投げ出すと、マッシュの体が倒れてくる。胸の上で受け止めて、長い襟足をそっと撫でるとマッシュが鼻を擦り寄せてきた。そのまま口付けて、二人はしばらく裸のまま重なっていた。


 気怠い体をのろのろと起こし、汚れた体を申し訳程度に拭いて、シャワーも浴びずに脱ぎ捨てた衣服を再び身につけた二人は、もう一度だけ長いキスをして安宿を出た。
 まだ喧騒が続く祭の様子を横目で眺めて通り過ぎ、夜空の下フィガロ城へと帰路を急ぐ。昼間のようにこっそり城内に入り込んだ二人は、エドガーの私室に備え付けられたシャワー室へ飛び込んだ。
 瞳に仕込んだレンズを外し、エドガーはマッシュの、マッシュはエドガーの髪を念入りに洗って、現れた金髪と青い瞳にお互い安堵の笑みを漏らす。
「おかえり、マッシュ」
「兄貴も。おかえり」
「……やっぱりこっちの方がいい男だな」
「兄貴もこっちの方が綺麗だ」
 ふふっと笑い合って、エドガーは濡れたままのマッシュの前髪を掻き上げた。
「まだ言ってなかったな。マッシュ、誕生日おめでとう」
「……おめでとう、兄貴」
 いつもの二人に戻って交わしたキスは優しく、愛しさが満ち溢れていた。
 二人の誕生日から日付が変わる五分前。