邂逅 if




 扉の開く気配で目が覚めた。
 眠りが浅くなければひょっとすると気づかなかったかもしれない程度には、物音に注意している侵入者の微かな動きを闇の中で探る。足音もほぼなく、恐らくは裸足であるか手練れの装備か──呼吸を乱さずに相手との距離を測る。もう、すぐ近くまで来ている。
 相手の手が腰まで掛かっている毛布に触れた瞬間、素早く起き上がったマッシュはそれと同時に侵入者の手首を捉えて強く引いた。小さく息を飲む音で相手の正体に気づき、ハッとした時にはすでに遅く、忍んで来たエドガーの背中を押さえ付けてベッド上に拘束していたマッシュは慌てて手を離す。
「すまん、……賊か何かかと」
 エドガーの両肩に触れて優しく身体を起こしてやると、エドガーは自分からベッド端に浅く腰掛けた。随分と軽装で、長い髪を緩めに一箇所で結ったのみの姿はほぼ寝支度を終えているように見える。暗がりの中でバツの悪そうな笑顔を見せたエドガーが小さく首を横に振った。
「……いや、私こそすまない……。貴方ほどの人が気づかないはずがないな」
 警戒を解いたマッシュもベッドの上に胡座をかき、軽く息をついて肩から力を抜いた。
「気配を殺すのが上手かったからあんただと分からなかった。……もう真夜中だ。どうした?」
 時刻もあってトーンを抑えた囁き声で尋ねたが、エドガーはすぐに返答せず軽く瞼を伏せる。言いにくそうに揺らした目線を合わせてこない様子は、マッシュが知っている兄よりも当然だが幼さを感じさせた。
 エドガーを急かさないよう辛抱強く待つマッシュもまた何も言わず、灯りの落ちた部屋で無言の時間がややしばらく続く。何処か緊張感のある空気に居心地の悪さを感じたマッシュがもう一声かけるべきか迷い始めた頃、ようやくエドガーの口が躊躇いがちに開きマッシュに対してぽつぽつと途切れがちに問いかけ始めた。
「……貴方は、明日には……城を出る、つもりなんだろう?」
 横目でチラリとマッシュを伺う瞳に添えられた眉は下がり気味で、気恥ずかしいのかしっかり顔を向けようとしない。その仕草がやけに子供っぽく愛らしく見えて、騒ぐ胸を宥めつつマッシュは薄く苦笑いを浮かべた。
「……ああ。いつまでもここで世話になる訳にはいかないからな」
「私は構わない」
「ダメだろ、王様がそんなこと言っちゃ。素性の知れない男をいつまでも置いといたらあんたの立場が悪くなる。それに、……俺は帰らないといけないんだ」
 待っている人がいるから──続きの言葉は飲み込んで、マッシュは想い人の過去の姿である年若いエドガーを見つめて目を細めた。
 エドガーの言う通り、マッシュは明日には城を出てこの世界に紛れ込んだ始まりの場所に向かうつもりだった。元の世界に戻る手がかりを探すために。
 何の因果か、名前すら告げていないマッシュのことをすっかり気に入ってしまったらしい十七歳のエドガーは、マッシュを手元に置いておきたい内心を幾度となくチラつかせていた。その本意を断り切れず数日が経って焦りを感じ始めていたマッシュは、夜が明けたら何も言わずに城を出てエドガーの前から消えるつもりでいたのだ。エドガーが自分を見る目に、あからさまな好意が色づいていることには気づかないフリをしたままで。
 それがこのタイミングで訪ねて来るとは、流石は兄と言うべきか。些細なマッシュの機微を見ていたのだろうか、エドガーの洞察力が優れていることはマッシュが一番よく分かっているが、しかしこんな夜更けに。
 番兵以外は寝静まっている時間に、一国の王が忍び込むように名も知らぬ男の眠る部屋に入って来た上、ほとんど寝衣に近い軽装でおまけに裸足である。この状況は良くない、良くないどころか大いにまずいとマッシュは頭を掻いた。
 エドガーは俯き、しばらく床につけた自分の足先を見下ろして、一度ゆっくりと瞬きをしてからマッシュに顔を向ける。そして暗がりでも分かる、形の良い唇を僅かに震わせながら、ベッドに手をつき支えにしてマッシュの方に身を乗り出した。
「……どうしても、帰ってしまうのか」
 思わずマッシュは近寄られた距離の分だけ頭を引いてしまう。
「ああ」
「私がいて欲しいと頼んでも?」
「……ああ」
「……それでは」
 エドガーがまた距離を詰めた。そしてベッドについていた手を這わせるように移動させ、マッシュの膝に触れて来た。ぴく、とマッシュが肩を揺らす。
「……私に、慈悲をくれないか」
 ベッドにしなやかな動きで膝を乗せてマッシュの足に触れた手を放さずに、四つん這いでにじり寄ってくるエドガーの襟元から鎖骨が覗く。その白さに思わず喉を鳴らしたマッシュは、慌ててエドガーの肩に手を置いてそれ以上近づかないよう腕を張った。
「慈悲って、何のことだか分からねえよ」
「でははっきり言おう。……私を抱いて欲しい」
 マッシュの言葉が詰まる。宣言通りはっきりと告げたエドガーだが、声が微かに震えていた。マッシュに触れている指先からも震えが伝わってくる。彼なりに相当の覚悟を決めてここにやって来たことはマッシュも強く理解した。
 だからと言って、このまま受け入れてしまう訳にはいかない──マッシュは優しくエドガーの肩を押し返し、ゆっくりと首を横に振ってみせた。
「ダメだ、……エドガー」
 兄を名前で呼ぶのはむず痒い感じがした。同じく十七歳のマッシュと別れたばかりで城の中にも敵の多いエドガーが、心淋しさで身を守ってくれた相手に好意を感じてしまったのは仕方がないのかもしれない。力づくで護られたのはあれが初めての経験だっただろう。
 しかし目の前の青年は確かに兄ではあるものの、マッシュが今愛する兄ではない。若きエドガーもこれから十年後にマッシュと再会することを知っている立場として、マッシュはエドガーの懇願を受け入れることはできなかった。
「自分を大事にしてくれよ。名前も知らない男にそんなこと言っちゃダメだ」
「ならば名前を教えてくれ」
「できない」
「何故」
「どうしてもだ。……こんな怪しい奴に身体を任せちゃいけない」
 エドガーの眉間に小さな皺が寄り、震える唇は噛み締められた。しばらくぶつかり合った視線は、エドガーが顔を下げることでようやく逸れる。マッシュは気づかれないようにホッと息をついた。
 エドガーは前髪を垂らして深く俯き、しばらくそのまま動かなかった。どのくらい経ったのか、マッシュが夜の肌寒さにエドガーの薄着を心配し始めた時、エドガーがぽつりと独り言のように呟いた。
「……私は、遠からずガストラに抱かれる」
 耳に届いた言葉の意味がすぐには理解できず、マッシュは見開いた目を一度瞬きして眉を顰めた。
「……え……?」
「躱し続けていたがいよいよ無理だろう。明日は帝国に出向かなければならない。私に断る権限はない」
「な……んだって……」
 淡々と告げるエドガーはシーツを握り締めた自らの拳をじっと見つめ、伏せた瞼を時折瞬く以外に動こうとはしなかった。マッシュはまだエドガーが発した内容から受けた衝撃を処理することができず、ガンガンと痛む頭で呆然とエドガーを瞠り続ける。
 マッシュが知る世界の兄より細い首に肩。顔立ちは大人びているとはいえまだ十代の幼さがはっきり残り、その整った容姿は中性的と称して不都合がないほどに美しい。──世間に舐められないように身体を鍛えたのだと再会後の兄は笑っていた。まさか、そんな。十年前の兄が帝国でおぞましい辱めを受けていただなんてこと──
 ふと、エドガーの口角が僅かに上がったのが見えた。自嘲気味の笑みだった。
「……どうせ抱かれるなら、初めての相手くらい自分で選びたかった。それだけだ」
 言葉に迷い、マッシュは何と答えたら良いか分からず口を噤む。エドガーはもう一度だけマッシュに顔を向け、目を細めて静かに微笑んだ。年相応ではない、何かを諦めたような微笑にマッシュの胸が音を立てた。
「無理を言って、すまなかった……。おやすみ」
 そっと脚を揃えてベッドから垂らし、エドガーは静かに腰を浮かす。裸足のまま冷たい床を足音も立てずに一歩、また一歩と進んでドアに向かうその背を、じっと見つめて耐え抜くことがマッシュには出来なかった。
 ほとんど無意識にベッドを飛び降りたマッシュは、広い歩幅であっという間にエドガーに追いついてドアノブに伸ばされた手首を取る。弾かれたように振り向いたエドガーの歪んで潤んだ瞳を見た瞬間、マッシュは頭に鳴り響く警鐘を無視して細い身体を抱き締めた。


 抱き上げた身体はマッシュが知る兄よりずっと軽く、壊れ物を降ろすようにふんわりとベッドに横たわらせた身体の頼りない線を見下ろしてマッシュは今一度躊躇う。
 まだ十七のエドガーに無体なことをすべきではない、と思い直し、いやしかしと先ほど兄の口から語られた信じ難い言葉を頭で反芻する。
 あの醜い皇帝にこのまま差し出すくらいなら──膝をベッドに乗り上げて触れたエドガーの肩には酷く力が入っていた。マッシュから顔を逸らすように横を向いた顎の輪郭も僅かに震え、初めてと言うのは当然だが嘘ではないのだろう、緊張に強張っている姿は痛々しささえ感じられた。
 マッシュの喉がゴクリと上下する。正装時より緩めに結われた長い髪の毛先が散って、綺麗だと素直に思う。しかしどうしても脳裏に浮かぶ人とシルエットが重なってしまう。同じ人物であるのだから仕草や醸し出す空気さえ等しいのは必然なのだが、そのせいで胸に生まれる罪悪感を拭い切れない。
 どんな理由があれど、これは愛する人に対する裏切りではないか? 若きエドガーに対しても、彼にとって得体の知れない相手と関係を持たせてしまって良いのだろうか? 王になったばかりの不安定な心を更に追い詰めてしまうことにはならないだろうか?
 しかし、このままではエドガーは──堂々巡りを繰り返す頭の混乱は表情にも出ていたらしく、動かないマッシュを伺うように僅かに顔を向けたエドガーが顔を曇らせた。
「……、私が嫌い、か……?」
 マッシュは目を見開いて首を横に振った。
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
「では私が子供だからか? しかし貴方は私が大人になるのを待ってはくれない!」
 語調を荒げて素早く身を起こしたエドガーはマッシュの胸に飛びつき、下肢に手を伸ばして下着の中に差し入れようとした。ギョッとしたマッシュが慌ててその手を押さえる。
「こ、こら、待て」
「貴方は寝転がっていればいい」
 短く吐き捨てて、顔をマッシュの下半身に埋めようとするエドガーにいよいよ焦ったマッシュは、力づくで肩を掴んで引き剥がした。
 その時顔を上げたエドガーの目尻から一筋雫が落ちたのを見たマッシュは、恥を忍んで行動に出たエドガーがどれだけ強い意思でここに来たかを改めて思い知らされ、眉を寄せ、一度目を閉じ、深く細く息を吐いてからゆっくりと開いた。
 唇を噛み締めるエドガーの顎に手を添え、噛んではいけないと親指で優しく触れる。せめてもう唇へのキスはするなと自分に言い聞かせたマッシュは、濡れた目尻に唇を寄せ涙を吸い取り、頼りない上半身を抱き寄せて髪を撫でた。
 抵抗する気配のないエドガーの身体を再び横たえて、腕を支えにそっと覆い被さる。まだ細い身体を潰してしまわないよう注意を払い、首元に顔を埋めて唇で筋をなぞった。ビク、とエドガーの肩が揺れる。
「……怖くなったら、言うんだぞ」
 耳元での低い囁きにエドガーは黙って頷いた。
 唇を下ろしたマッシュは痕が残らない程度に鎖骨を軽く吸い上げ、服の合わせ目から手を差し込む。指先で探り当てた小さな突起を摘むと、再びエドガーの肩が跳ねた。
 一瞬手を止めて頭を上げるが、途端にエドガーが小刻みに首を横に振る。やめるなと主張しているのを受け取ったマッシュは、そのまま薄い胸を優しく揉み上げた。エドガーが目を閉じ肩に力を込める。
 一度手を服の中から抜いたマッシュは、そっとエドガーの衣服を開いて胸をはだけさせた。闇に浮かび上がる白い肌と、ふんわりと匂い立つ甘い香りに目を細める。冷えないように身体を寄せて胸や脇腹に小さな口づけを幾つも落とし、その度にピクピクと震えるエドガーの身体を守るように緩く抱き締めて、肌に触れていた手を更に下へと下ろした。
「あ」
 咄嗟に出た声だったのか、エドガーはすぐに口元を手で覆う。思わず目線を上げたマッシュとエドガーの目がかち合い、歪んで細められたエドガーの瞳からやめてくれるなとの訴えを強く感じたマッシュは、触れたその部分をやんわりと握り扱いてやった。
 口元を押さえたままのエドガーの指の隙間から息が漏れる。抵抗する気配はなかった。いくら若くても王という地位にいる人間が、数日前に知り合ったばかりの名前も知らない男に急所を握られてもそのままにさせる危うさをマッシュは懸念したが、それほどにこの短期間で自分に心酔してしまった兄を痛ましくも思った。
 ゆるゆると手を動かし、先端を親指で探るとぬるりとした液が絡みついてくる。徐々に硬度を増すそれを決して急かさずに追い詰め、エドガーの息が速くなるのに合わせて扱く手の中で、意思を持った生き物のように一度大きくどくりと脈打ったものがその後小刻みに震えて精を吐き出した。
 自然と折れて立ち上がっていたエドガーの膝がくたりと伸びる。マッシュはそっと手を抜いて、その手の中でべとつくものを握り込んだ。
 荒く短かったエドガーの呼吸が落ち着いてくる。最後にはあ、と大きめに息をついたエドガーは、口を覆っていた手を静かに外してぱたりとシーツに倒し、恍惚の目でじっとマッシュの「次」を待っているようだった。
 マッシュは未だ若干の躊躇いがあった。これ以上は進むべきではないのでは──その葛藤はエドガーにも伝わったのか、射精の余韻で蕩けていた目がじわじわ不安の色を帯び始める。動かなくなったマッシュに焦れたのか、とうとうエドガーはずり下がっていた下肢の衣服を自ら下げて蹴り落とした。
 マッシュが止める間も無く下半身を晒したエドガーが、そろそろと膝を立てて脚を開く。必死で羞恥に耐える表情があまりにいじらしく、マッシュは険しく寄せた眉のまま硬く目を瞑って、意を決して身を乗り出す。
 濡れたままの右手をエドガーの脚の付け根にそっと添えて、入り口を指の腹で撫でた。エドガーが顔を大きく右に背け、唇を引き締めて顎を反らせる。
 エドガーのもので潤っていた指先に少し力を込めると、硬く窄んだ蕾に先端が潜り込む。エドガーが息を呑み、腹に力を入れたのが肌から伝わってきた。当たり前だが誰も触れたことのない場所はきつく、指先で小さな円を描くように少しずつ拡げてやると再び頭の上から掠れた声が響いて来た。
「……ん……」
 力が入って蕾は更に硬くなる。マッシュは指先を動かしながら、もう一度エドガーの腹の下のものをもう片方の手で握った。びく、と大きめにエドガーの腰が跳ね、思わず自分の下半身を確認するために頭を持ち上げたエドガーは、大きく脚を開いて下肢を弄られているその格好を改めて目視して声を詰まらせた。
 マッシュが指を進めながらエドガーのものを扱き始め、エドガーは観念したように頭を戻してきつく目を瞑る。持ち上げた腕で顔を隠し、口元に押し付けて声を殺しているようだった。それでも隙間から漏れ出る啜り泣きのような嬌声は徐々に大きくなっていった。
「んっ、んっ……」
 押し込んだ中指が困難なく奥を探れるようになり、エドガーから制止が入らないことを確認したマッシュはもう一本指を増やす。エドガーの下腹が強張る度に握ったものを刺激して、力を抜かせて指の出し入れを繰り返した。
 傷つけることのないよう丹念に解すが、この細い腰を貫くことを想像するとエドガーに苦痛しか与えられないのでは、とマッシュは表情を曇らせる。せめて抱くのならこれ以上ないくらいに優しくしてやりたい──時間をかけて掻き回したその場所は最初に比べて相当に柔らかくなり、勃ち上がったエドガーのものももう少しの刺激で再び達しそうな気配があった。
 しかしどうしてもエドガーに無理をさせてしまう意識が抜けないのか、マッシュの腹の下のものがやんわりとしか反応していない。大人のエドガーでさえ最初はかなり辛そうにしていたのだ。この体格のエドガーが苦痛を感じることは間違いない、そう思うとこの先が渋る。
 横たわって膝を曲げていたエドガーが腕をずらしてマッシュの様子を伺った。また動かなくなったマッシュに不安を感じたのだろう、明らかに迷っている様子のマッシュに気づいてエドガーも表情に影を落とす。
 そしてゆっくりと身体を起こし、にじり寄るようにマッシュに近づいてその手を下半身に這わせてきた。先程と違ってマッシュはすぐその手を退けることができなかった。上目遣いでマッシュを縛るエドガーの瞳に強い懇願が宿っているのを見てしまった。
「……エドガー」
「……させて。お願いだ」
 小さくもきっぱり告げたエドガーは、躊躇いなく頭を下げてマッシュの下半身に顔を埋める。マッシュの眉が歪んだ。質量のあるものを辿々しく両手で掴んだエドガーは、その狭い口内でそれをすっぽり包み込んだ。ぎこちなく口と舌を動かすエドガーの口淫は、快楽以上に必死の想いが伝わってきてマッシュの胸を疼かせる。
 苦しそうな息が触れる脚の付け根に熱が集まってくる。マッシュは手を伸ばし、やや乱れたエドガーの頭に触れて柔らかな髪を撫でた。そして、もういいと告げるように軽く頭を指先でノックし、恐々と顔を上げるエドガーの額に小さなキスを落とした。
 背中に手を伸ばして一度抱き寄せ、その身体をゆっくり倒して行く。仰向けに横たえたエドガーの太腿を跨いで膝立ちになったマッシュは、じっと不安げなエドガーを見下ろして、無言のままシャツを脱ぎ捨てた。
 エドガーが息を呑んだのが小さな吐息で伝わった。マッシュはもしエドガーが怖気付いたのならここで止めると決めていた。
 しかしエドガーは手脚から力を抜き、無抵抗であることをマッシュに示してみせた。マッシュは目を細め、エドガーに聞こえない程度の溜息をついて、そっと程よく筋肉のついた腿に触れその脚を開かせた。
 エドガーが目を閉じ唇を噛み締める。マッシュはエドガーの様子を伺いながら、先程解した場所に再び指を当てた。しっとり濡れたそこはまだ柔らかく、マッシュの指をすんなり呑み込む。もう一度エドガーに視線を投げ、軽く閉じた瞼の裏に想い描いた人に対して小さく「ごめん」と呟いて、マッシュは自身のものを開かせた脚の付け根に当てがった。
 先に差し入れた指で入り口を拡げながら、少しずつ先端を押し付けていく。左手で抱えているエドガーの脚が明らかに硬く強張り、蕾もまた窄んでキツくなった。
 やはり無理では、とエドガーの脚を下ろしかけたマッシュの手の動きに即座に反応したエドガーは、大きく首を横に振って見せる。
「……やめないで、くれ」
 掠れた声に混じる色づいた息がマッシュを煽り、意を決してゆっくりと腰を進めると、エドガーの表情が苦痛で歪み始めた。奥歯を噛み締めているのか頬に力が入り、眉間に寄った皺が辛そうで痛々しく、マッシュは何度も止めかけた。
 しかしその都度瞳を潤ませたエドガーがやめるなと訴えかけて、かなりの時間をかけて根元近くまで挿入を終えた頃、マッシュの額には汗が浮かびエドガーの息はすでに絶え絶えになっていた。
 狭い、とマッシュは細く息を吐く。きつく締め付けてくる肉の感触が簡単にマッシュを追い詰めようとする。その熱に攫われないよう、意識を集中させて改めてエドガーの両脚を抱え直したマッシュは、迷いを断ち切りぐぐっと腰を突き出した。
「ッ……!」
 負担をかけないよう動きを急かさずに努めているが、狭い場所を限界まで拡げているのだから辛くないはずがない。痛みばかりを与えているのでは、と眉を下げて見下ろしたエドガーの睫毛には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになっている。
 マッシュが思わず手を伸ばして目尻に触れると、指先を濡らした滴はころりと頬に転がり流れた。エドガーはその手の甲に自分の手を重ね、マッシュの大きな手のひらに頬を押し付けてぽつりと小さな声を漏らす。
「優しく、しないでくれ……」
 マッシュは耳を疑い、聞き返す代わりに眉を潜めて顔を寄せた。するとエドガーは先程よりも大粒の涙を瞳いっぱいに溜めて、絞り出すように嗚咽混じりの声で訴えた。
「優しくされると、忘れられなくなるっ……」
 その反動でボロボロと落ちた涙が散らばった髪に吸い込まれるのを見て、マッシュは唇を噛んだ。そして先程よりも強めに腰を突き上げ始めた。
「あっ……!」
 エドガーの顎が仰け反り、マッシュの手を掴んでいた指が外れる。
「あ、あ! うっ……ん、んんっ……!」
 頭を振りながらマッシュの動きに合わせて身体を揺らし、エドガーははらはらと涙を零し続けた。行き場を失った手が髪を掴んで掻き毟ろうとするので、マッシュはその手を取り自分の背中に誘導する。胸と胸が触れる距離で、エドガーはマッシュの背中に両腕で縋りついた。
「……あっ、貴方、が、……好、きっ……」
 耳に届いた涙声にマッシュが目を見開く。
「貴方が、好き、だっ……」
 心臓を掴むような告白を聞き続けることに耐えられず、マッシュは口づけでエドガーの唇を深く塞いだ。
 その口づけに応えようとする健気な唇を貪りながら、細い身体をきつく抱き込んで腰を強く打ち付け、今だけは目の前のエドガーを愛そうとマッシュは躊躇いを捨てた。
 合わせた唇の隙間から、悲鳴のような嬌声が僅かに漏れては封じられた。






 手早く服に袖を通し、解けた髪を手櫛で梳いてすっきりと結い直したエドガーは、この部屋に来てすぐの時と同じようにベッド端に浅く腰掛け、前髪を整えながらマッシュと目を合わせずに口を開いた。
「……貴方は、男を抱くのは初めてではないのだな」
 ベッドの上に胡座をかいたマッシュがどう答えたものか返答に迷っているうちに、エドガーがちらりと横目を向けて言葉を続ける。
「大切な人がいるんだろう。……その人には申し訳ないことをした」
「……それは」
 エドガーはまだ腫れの引いていない赤い目尻を下げて自嘲気味に微笑み、うまい返しが思いつかず言葉を詰まらせたマッシュに目を細めてみせた。
「犬に噛まれたと思って、忘れてくれ」
 そう残したエドガーはスッと立ち上がり、真っ直ぐにドアへと向かう。その背中が酷く小さく見えて、マッシュは思わず身を乗り出した。
「……エドガー」
 咄嗟の呼びかけにエドガーが足を止める。
 マッシュは一度ゴクリと喉を鳴らし、自分の心を落ち着かせてから改めて口を開いた。
「あんたは、その……明日……」
 交わる前にエドガーが告げた悍ましい内容について口を濁して尋ねると、エドガーは後ろ姿でも分かるほどに肩を竦めてからくるりと振り向き、戯けたように眉を上げて「あれは嘘だ」と口にした。
 マッシュが瞬きをしてぽかんと口を開ける。
「……え……?」
「ああでも言わなければ抱いてくれなかっただろう?」
 先程泣き濡らしていた目を悪戯っぽく弓なりにしてみせたエドガーは、呆然とするマッシュを見て満足そうに笑う。そして再び踵を返し、ドアに顔を向ける一瞬視界に入ったエドガーの横顔が燻んだような気がして、マッシュはハッとして瞬きをした。
「……エドガー……」
「……まだ何か」
 振り向かずに返すエドガーの背中が影を背負っているように見えるのはただの錯覚だろうか? ──マッシュは険しい顔のまま低い声で確認する。
「……本当に?」
「……」
 僅かではあったが明らかに不自然な長さの沈黙の後、エドガーはノブを握って音を立てないよう静かに回し、扉をそっと開いてから僅かに顔を後ろに向けた。
「貴方が元いた場所に無事戻れるよう、祈っている」
 それだけ残したエドガーは廊下の闇に身体を滑らせ、忍び込んで来た時と同じように足音を立てずに部屋から消えた。
 残されたマッシュはベッドの上で頭を垂らし、抱えるように髪を掴んで握り締めた。