並んで座ったソファの上、エドガーはマッシュの肩に頭を乗せて上目遣いにマッシュを見つめながら、マッシュは大きなお腹のエドガーの肩を労わるように優しく抱きながら、二週間ぶりの再会を喜び片時も離れずに他愛のないお喋りに興じていた。 エドガーが静養する別荘にマッシュが到着したのは昨日のこと、今日の午後には再びセッツァーの操縦する飛空艇で城に戻ってしまうマッシュにぴたりと寄り添い、エドガーは一秒でも惜しいといった調子で話し続ける。 次に逢えるのはまた二週間後。その間マッシュは城でエドガーの名代として国の政務を執り行い、エドガーは別荘でひたすら身体を休める退屈な日々を過ごす。国を放置せず腹の子も守るには今の形がベストだと理解はしていても、マッシュに逢えない時間が長くなることで生まれる淋しさは消せなかった。 そのためこうして逢いに来てくれた時は、周りが呆れるほどべたべたと引っ付いて、今も朝食を済ませてからずっと二人で身を寄せ合って座り込んでいた。マッシュはエドガーの身体を気遣い、腹が張ってはいないか、もし起きているのが辛いのなら横に、と度々声をかけ、エドガーはその都度首を振る。不思議とマッシュが傍にいる時は体調がよく、腹の子も大人しくしていることが多いのだが。 ふと、エドガーは腹を内側から軽く小突かれたように感じて目線を下ろす。間も無く九ヶ月となる腹ははち切れんばかりに膨らんでいて、マッシュが見るたびにもう産まれるのではと狼狽える程には大きくなっていた。 ふんわりとした上衣を纏ってはいるが、それでも隠しきれない腹の膨らみがふいにぐぐぐと盛り上がり、蛇がうねるようにゆっくりと右から左へ、小さなコブのようなものが移動していくのがはっきりと見えた。 また随分暴れているなとエドガーが肩を竦めた時、隣のマッシュが目を剥いて硬直していることに気づいて慌てて頬に触れる。 「おい、どうした。凄い顔して」 「……今の、何……?」 マッシュはエドガーの腹を凝視しながら呟いた。ああ、と納得したエドガーはマッシュの顔から手を放し、自分の腹を撫でてみせる。 「動いてるんだよ、中で。お前も触ったことあるだろう」 「あるけど、あるけど、そんなにお腹盛り上がって……大丈夫なのか?」 「何が?」 「破れない?」 大真面目で尋ねるマッシュの前で一瞬目を点にして、すぐにエドガーは笑い出す。 「腹を破って出て来ないかって? それは大変だ」 「わ、笑い事じゃないだろ」 「心配するな、さすがに破る力まではない」 笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭きつつ、エドガーは再びマッシュの肩に頭を乗せる。 「パパが来ているからお腹の子も張り切っているんだろう。……早く逢いたいな」 「……うん」 もうすぐ、二人だけの空間に新しい存在がやってくる。その時を心待ちにしながらも、二人で過ごす限られた時間を堪能するべくエドガーとマッシュは寄り添うのだった。 *** 「それにしても見事に凹んだよなあ」 今し方愛息子の寝顔を見て来たというマッシュが、執務室にて本棚の資料を取るために立ち上がったエドガーの腹周りを見て独り言のように呟いた。エドガーも自分の腹を見下ろし、ああ、と納得の相槌を打つ。 「あれだけの大きさの子が出て行けば、そりゃあなあ」 「まだ時々信じられなくなるよ、あの子が兄貴のお腹に入ってたなんて」 エドガーはぱちぱちと瞬きをし、微かな笑みを唇に乗せてからおもむろにシャツの裾を引っ張ってめくり上げた。突然露わになった臍周りの肌色を見て焦ったマッシュがソファから立ち上がるのを気にも留めず、エドガーは何でもないことのように腹を指差して「見ろ」と告げる。 戯けた調子ではあるがふざけている訳ではなさそうな兄に従ってマッシュが怖々近づき、指された腹周りを見てみると、多少皮が伸びたように弛んだウエストの臍の下、裂かれた痕のような細い線が何本も入っているのが目に入った。こんな傷痕のような線は今までもあっただろうかと眉を寄せるマッシュに、エドガーは軽い口調で答える。 「これなあ、腹が急激にデカくなったせいで皮膚が破れたらしい。薄くはなるが消えないそうだ」 「え!? や、破れたって……」 エドガーは笑い、シャツを下ろして腹を隠した。 「お前が心配していたことが現実になったな。大丈夫だ、痛みはない」 穏やかにそう言うと、かつて中に子供がいた頃のようにそっと腹を撫でたエドガーは、誇らしげに目を細めて微笑んだ。 「この痕を見るたび、あの子が確かにここにいたのだと実感できる。夢でも幻でもなかったのだと」 そしてマッシュを振り返ったエドガーは、悪戯っぽさを含みながらも艶めいた流し目で軽くウィンクをしてみせた。 「まあ見栄えは悪いが構わないだろう? ……どうせお前以外に見せることもないだろうし」 その言葉の意味が分かって真っ赤になったマッシュを前に、本棚から資料を抜いたエドガーは高らかに笑った。 |