狂態




 両手首をすっぽりと収めてしまう大きな手は抵抗にビクともしない。頭の上に掲げられた両腕はその大きな手ひとつで軽々と拘束され、壁に縫い付けられていた。
 もう片方の大きな手は無遠慮に下半身を弄り、すでに起立しつつある腹の下のもの輪郭を確認するように、ゆっくりと撫で上げている。
 吐息を漏らさぬように歯を食い縛るが、急所に直に与えられる刺激が強すぎて腰から力が抜けそうになる。がく、と膝が折れそうになる度に戒められた手首をぐいと持ち上げられ、崩れさせてはもらえない。
「言っただろ。二人になるなって」
「っ……、動力室を、見せてもらった……だけだっ……」
「でも誘われたろ?」
 低く抑揚のない声で吐き棄てるマッシュを、エドガーは睨みつけるように見上げた。
 マッシュは薄く笑ってゆるゆると扱いていたものをきつく握り締める。
「ッ……」
 思わず出かけた声を寸でのところで飲み込んだエドガーの、右耳にぴたりと唇を当てたマッシュは囁いた。
「ダメだよ、誰にでもケツ振っちゃ。あっちが本気にしたら困るだろ?」
「……っ、誰、がッ……、ア、」
 食まれた耳朶をざわりと舐められ、そのまま舌がうなじ近くまで這い回る。首の弱いところを辿られてエドガーはたまらず顎を上げた。
 握り込まれているものも限界だった。先端からだらだら涙を流すそれはすこし強めに撫でられるだけでピクリと震え、もっと嬲って欲しげに筋を際立たせる。早く、と口をついて出てしまいそうなのを必死で堪えた。
「で? どこまで許した?」
「……、何、も」
「正直に」
 マッシュがまたきつく腹の下のものを握る。先端を押し潰すように指先で擦られ、エドガーは思わず呻いた。
 そのままぐりぐりと指の中で弄ばれ、ひざがガクガクと揺れる。立っているというより掲げられた腕でぶら下がっている状態で、急速に昂りを迎えた体の中央から熱が迸る瞬間を察して身構えた途端、マッシュは拘束していた両腕をぱっと放す。
 咄嗟のことで受け身も取れずに床に崩れたエドガーを、マッシュはどんよりと澱んだ青い瞳で見下ろした。
 はー、はー、と肩で息をして呼吸を整えるエドガーは、まだ達しきれなかった下腹部に自ら手を伸ばそうとした。その腕は呆気なく捕まり、冷たい床に押し付けられる。
「どこまでさせた?」
 低い声の響きに再度の質問がないことを悟ったエドガーは、唇の端を噛みながら苦々しく零す。
「……キス、されただけだ」
「ダメだろ。隙見せちゃあ」
 中途半端に太腿に引っかかっていた衣服を一気に引き抜かれ、外気に晒された下半身が竦んだ。そのままうつ伏せに頭を下げられた途端、束ねていた髪が肩や背に散らばったのを感じた。
 マッシュは解いた青のリボンに一度口付けて、手早くエドガーの視界を覆う。
「!? マッシュ、よせっ……」
 抵抗を聞き入れる素振りも見せず、リボンをエドガーの目を隠すように縛り付けたマッシュは、咄嗟に解こうと伸ばしかけたエドガーの腕を捕まえる。
「悪いお兄ちゃんには、お仕置き」
「な、あ、アッ……」
 足の付け根の最奥に侵入してくるものを感じて、エドガーがびくりと腰を揺らす。
 入り口をくるくるとなぞり、少しずつ内壁を抉るように進んでくるものがマッシュの指だと分かっているのだが、視界が遮られると思考がうまく繋がらなくて怖れに似た快楽が身を捩らせる。
 先程から垂れ流されていた先走る液に塗れてしっとりと濡れていたそこは、一番長い指の侵入も呆気なく許してしまった。爪で優しく中の壁を擦られた時、悲鳴にも似た喘ぎが口から漏れ出るのを抑えられなかった。
 そのまま上り詰めるかと思われたその場所から、しかしマッシュは絶妙なタイミングで指を抜いてしまう。思わず目隠しされたまま後ろを振り返ってしまったエドガーを見たのか、マッシュは短く笑った。
「お預け食らうの辛い?」
 やけに優しい声でそう告げると、マッシュが何かを手にしたような気配を察した。ごとりと重い金属の音を聞いてエドガーの額から血の気が引く。日頃誰よりそれを手にしている自分が、何であるかを感づかないはずがない──エドガーの足が震える。
 ひたりとその場所に当てられたそれは、マッシュの指でもマッシュ自身でもなかった。その冷たく硬質なものの感触に、エドガーは堪え切れず何度も首を横に振る。
「いやだ……、嫌だ、そんなもの……頼むから」
「大人しくしてろよ、怪我する」
「い、いやだ! 嫌だ嫌だ、やめてくれ! マッシュ!」
 マッシュはもう返事をせずにエドガーを押さえつけ、そのままギチギチと奥に推し進めようとする。エドガーは狂ったように首を振り続けた。
「やめろ、やめてくれえっ……! お、お前のじゃないと、嫌だあ──っ……」
 マッシュの手がぴたりと止まる。
 頭を潜らせていたそれをずるりと引き抜かれ、ううとエドガーの口から力なく呻きが漏れる。
「可愛いじゃん、兄貴。いいよ、こっからはご褒美だ」
 マッシュは言うなり唐突に猛った自身のものをエドガーの奥に押し込め、エドガーは絶叫した。
 散々焦らされていた先端から勢いよく濁った精液が飛び出し、ビクンビクンと腰を震わせて床に伏す。まだ痙攣のやまないエドガーを背後から抱え上げ、マッシュは更に容赦無く突き上げた。
「あ! あ! ア──!!」
 唇の端から溢れる唾液も構わず嬌声を上げ続けるエドガーの耳元で、マッシュは低く囁き続ける。
「愛してるよ、兄貴、愛してる。髪の毛一本まで俺のもんだ、他の誰にも触らせない」
「ああ、あん、あーっ、ましゅ、もう、もうっ……」
「死ぬまで一緒だ」
 闇の中でマッシュの声だけが頭を支配し、エドガーは死にかけの魚のように口をぱくぱくさせて何度も首を縦に振る。
 貫かれたそこからぐずぐずと肉壁が溶け出していくようで、恐怖で手足をばたつかせると後ろからぐいと顎を向けられ、唇を湿ったもので包まれる。こんなに乱暴に自分を侵している相手とは思えないほど優しく口づけに、また理性が遠くなる。
「ん、ん──」
 もう一度強く突き上げられた瞬間、びりびりと腰から背中を駆け上る電気のような力にエドガーの唇が戦慄いた。
 糸で引かれたようにびく、びくと仰け反るエドガーの体の収縮で、締め付けられたマッシュもまた精を放つ。
 倒れ込むエドガーを背中から抱き込み、マッシュはエドガーの目を覆っていたリボンを解いた。ぐしゃぐしゃに濡れた瞳を開くと、ぞっとするほど優しい顔のマッシュの瞳の中に恍惚に蕩ける自分を見る。
 死ぬまで一緒、生まれた時からずっと一緒。
 死んでも一緒なのだろうと、歪んだ嘲笑を見たくなくてエドガーは目を閉じた。