共存




 二段に結ばれた下のリボンが解かれると、首に広がった髪が触れて少し擽ったさを感じる。それでもエドガーはソファに腰掛けて本を読みながら、その後ろで金糸のような艶やかな髪を愛おしそうに弄るマッシュの好きにさせていた。
 マッシュはエドガーの髪を櫛に見立てた指で梳き、手に絡みつく髪の一本一本をまじまじと見つめながらその動きを繰り返す。時折くるくると人差し指に髪を巻きつけ、指を外した時にするりと回転して細い束が螺旋を描く様をうっとりと眺めて、マッシュは飽きもせずにエドガーの髪を玩び続けた。
 マッシュの行動を特に注意することもなく本のページをめくっていたエドガーだったが、とうとうそれなりの厚みの背表紙である本の最後のページを開いたことに気付き、文字を全て追ってから溜息をついてぱたんと本を閉じた。
 そしておもむろに軽く後ろに鼻先を向け、長い髪に執着し続けるマッシュに声をかける。
「……さっきから、何をやってるんだ」
 問いかけにマッシュが目線を寄越すことはなく、ただ黙々と指の隙間から零れ落ちる金の髪を見つめながら、伸びたなあ、と一言だけ返した。
「俺が城を出た時は、これくらいだったろ」
 そう言ってエドガーの肩の少し下辺りに水平にした手をトントンと当てたマッシュは、その高さよりも更に垂れ下がるエドガーの髪の束を手に取って掬い上げた。
 閉じた本を膝から脇へ避けたエドガーは、伸ばしたからな、と軽い調子で答え、またちらりと背後のマッシュに意味ありげな視線を投げる。
「伸ばさないと、リボンがつけられなかったからな」
「あの頃だってもうつけてただろ?」
「お前の分」
 マッシュがエドガーの髪を手に絡ませたまま動きを止める。青い瞳を半分隠すように目を伏せたエドガーは、妙に抑揚のない声で続けた。
「お前、城出る前日に髪切っただろ。その時置いてったリボンだよ、それ」
 それ、と言われてマッシュは先ほどエドガーの髪から自ら解いて肘に引っ掛けていた青いリボンを見る。
 束ねた髪の根元と、そこから少し下に結ばれたふたつのリボン。深みのある青に年季が滲んだそのリボンは、エドガーとマッシュが成人の儀式を終えた後に与えられたフィガロ王家の証のリボンだった。
 言われて初めてマッシュがリボンを手に取って先端を広げてみれば、小さくMの刺繍が入っていた。驚いてエドガーに目を向ければ、兄はぷいと顔を逸らし再び正面を向いてしまった。
 マッシュは兄の背中に照れ臭さが漂っているのを感じ取り、軽く眉尻を下げて肩を竦めた。
「捨ててくれても良かったのに」
「そういう訳にはいかん」
 エドガーのきっぱりした声が飛んできた。
「親父に、二人に国を任せると言われたからな。……俺はずっと、お前と二人で守ってきたつもりだ」
 それまで淡々としていた口調が、最後の言葉で過去を思いやるような郷愁を帯びた。マッシュもまた自身が髪を切った日のことを振り返り、軽くなった頭と冷えた首筋、リボンを手渡した瞬間のエドガーの深沈とした瞳に浮かぶ淋しさの色を思い出して、手の中のリボンを握り締める。
「リボン、返そうか?」
 エドガーの問いにいいや、と口にしたマッシュは首を横に振り、左手で先端を押さえたリボンを右手の指で挟んで端まで滑らせて皺を伸ばしてから、エドガーの髪に再び結び始めた。
「兄貴が持っててくれよ」
 器用に蝶々を結び終え、指先で形を整えたマッシュは、後ろからエドガーの首に腕を回して緩く抱き締めた。
「全部引っくるめて守るから」
 至近距離で見たエドガーの耳が赤く色づいたのを確認し、マッシュは穏やかに微笑んだ。