魅了




 キッチンから聞こえる水音に軽く顔を向け、そのまま通り過ぎようとしていたマッシュは怪訝な顔をして立ち止まり、再びキッチンを覗き込む。
 扉に背を向けてカチャカチャと皿洗いをしているのは、他でもない兄だった。
「兄貴」
 声をかけるとエドガーは振り返り、マッシュを認めて微笑む。
「何してんの」
「見ての通りさ、皿洗い」
「なんで兄貴が」
「それがだな、気づかなかったとはいえ悪いことをしていたんだ」
 エドガー曰く、仲間たちとの共同作業が始まってから、水回りの仕事はティナとセリスの女性二人が男たちに気を使って一手に引き受けてくれていたらしい。仲間の人数も結構なものになり、大量の食器に苦戦していたティナを偶然見つけたエドガーが代わりを申し出たというのだ。
「可哀想に、こんな大変な作業をレディたちに押し付けていたとは。綺麗な手があかぎれだらけになったら申し訳ない」
「それなら俺が代わるよ、兄貴がそんなことしてるの見たら城のやつらが卒倒する」
「いや、ここでは身分も何もないからな。みんな平等に交代でやろうじゃないか」
 歌でも歌う調子で楽しげに言いながら、エドガーは手を休めない。一枚一枚泡立てたスポンジで皿を洗い、コップを洗い、フォークを洗う。
 マッシュは後ろから覗き込むように、その動作をじっと見ていた。
「退屈じゃない?」
「それがな、意外と発見があるんだ。例えば見てみろ、これ」
 泡の中から取り出したのは、ガウが使っているスプーンだった。
「このスプーンはな、先が割れているからフォークにもなる」
「うん」
「物凄く合理的じゃないか? 手先が不器用でもいちいちスプーンとフォークを取り替えなくてもいいし、洗い物もひとつで済む」
 大真面目で説く兄の言葉にマッシュは吹き出す。
「それからこれ」
「ああ、カイエンの使ってる」
「ハシというそうだが、これはたった二本で挟むのも掴むのも柔らかいものを切り分けたりすることもできるそうだ。しかし使うのは慣れがいる」
「へえ」
「ちょっと動かしてみたがカイエンのようにはできそうもない」
 エドガーは手に持った箸を利き手に構えてみるが、成る程カイエンが手にしている時と何かが違う。
「今度教わってみようかな」
「いいんじゃない」
「こうして改めて食器を見ているのもなかなか面白い」
「うん、面白いな」
 手にした箸も綺麗に洗い、次の皿へと手を伸ばすエドガーをマッシュは実に楽しげに眺めている。そんなマッシュを振り返り、エドガーは不思議そうに尋ねた。
「お前、どこかに行く途中じゃなかったのか? 退屈だろう?」
「ううん、俺も見てる」
 マッシュは椅子をずずとエドガーのそばまで引っ張り、背凭れを抱くように座り込んだ。

 貴方を、見ているよ。