短夜の夢




「お前、戦いが終わった後、どうするか決めてんのか」
 ファルコン号の甲板にて筋力トレーニングに汗を流すマッシュへ、問いかけたセッツァーの口調は世間話のついでのようなごく何気ない様子だった。
 後からその何気なさは装っていたものだと分かるのだが、当時振り向いたマッシュは素で驚きの表情を浮かべていた。
 世界が崩壊してややしばらく経った。一度は散り散りになった仲間がようやく集まり、目指す場所を瓦礫の塔と定めた今、戦いが終盤に入っている気配を各々感じているはずだ。
 だから、「その後」の話題が出ることに不思議はない。戦いに勝利した暁にはカイエンはドマを復興させたいと言っていたし、リルムは世界が元のように色を取り戻したらスケッチの旅に出たいとストラゴスに話していた。しかし、そういった話をセッツァーが持ちかけてくるのは彼の性格的に珍しいことだとマッシュは感じた。
 それも今日という日に。マッシュ自身いろいろと思うことがある、故郷の城につい先程まで滞在していたタイミングで。
 マッシュは思わず、甲板の先端でとある準備に勤しむ兄エドガーへと目線を向けた。直感のようなものだった。マッシュの目線の先を追ったセッツァーが、視界の端で一瞬気まずく顔を歪めたのも見逃さなかった。
「……兄貴と何か話したのか?」
 自然と湧いてきた疑問を口にすると、セッツァーは返事の前に「藪蛇だ」と小さく呟いた。それから朧雲が蔓延るどんよりとした逢魔時の空に目を向け、若干渋る様子を見せながらも、さっきな、と観念したように口を開き始めた。



 フィガロ城に到着したのは、世界を覆う分厚い雲で隠されている太陽がまだ頭の真上にあるだろう頃だった。
 前回ファルコン号の燃料補給と備品調達に寄ったのはもう二月ほど前のこと。その間に一度伝書鳥は飛ばして状況報告はしていたが、そろそろ顔を見せておきたいとのエドガーの希望に反対する仲間がいるはずもなく、休息ついでに立ち寄った。
「この日ばかりは無事を知らせねばと思ってな」
 エドガーの言葉に目を細めるのは、乳母であるフランセスカを筆頭とした彼ら兄弟に古くから仕える面々だった。久し振りの王と王弟の帰還に臣下たちは安堵し、しかしやや残念そうな顔も見せていた。
 本日八月十六日は、本来であれば現国王エドガーが生まれた日として国を挙げての祝いの式典を行う日である。
 裁きの光によって世界が混沌に満ち、いつフィガロ城も標的になるか分からない状態で派手な催しは避けるべきだとのエドガーの判断で、今年は何も特別なことは行わないこととした。
 臣下たちはエドガーの判断を支持しながらも、落胆の表情は隠さなかった。特に今年は十年行方をくらませていた王弟のマッシュも揃うとあって、出来ることなら盛大な祝宴を開きたかったという本音がありありと見えた。
「毎年そこそこ派手にやってたよな。こことサウスフィガロで同時に花火あげたりしてたろ、一度見たことがある」
 ロックの言葉に大臣が苦笑して答えた。
「今年も花火職人たちが腕に縒りをかけて準備しておりましたよ。ひょっとしたら直前で陛下のお気持ちがお変わりになるかもしれないと」
 驚いたエドガーが目を丸くした。
「あれほど何もするなと言ったのに。無駄にしてしまったぞ」
「気まぐれな王サマの下で苦労が染み付いてんだろ」
 茶々を入れてきたセッツァーをエドガーが睨み、まあまあと笑いながらその間にマッシュが割って入る。
 やがて話題は城の警護や周辺地域の様子についてと逸れていき、茶菓子だと言って出された割にはあまりに豪勢なバースデーケーキを堪能して、予定していた滞在時間はあっという間に過ぎていった。
 そろそろ飛空艇に戻ろうかという頃、リルムが発した言葉がきっかけになった。
「リルム、花火見てみたかったなあ。ねえ花火だけでも揚げちゃわない? 作っちゃったんでしょ?」
 サマサでは花火を揚げる習慣がないのだという。思わずエドガーは隣にいたマッシュと顔を見合わせたが、すぐに申し訳なさそうに否と首を横に振った。
「城内にも城下にも今年は通達していないんだ。裁きの光と勘違いして国民がパニックを起こしたらまずい」
「じゃあ誰もいないところで揚げるとかさあ」
「誰もいないところだなんて……」
 食い下がるリルムに呆れて諭そうとしていたエドガーは、ふと何か閃いたように動きを止め、少女の身長に合わせて屈めていた腰をすっと伸ばして口元に指を当てた。
 そのまま動かなくなったエドガーを前に、今度は周りの人間が顔を見合わせることになった。
「マッシュ、ありゃどういう状況だ」
 ロックの質問にマッシュが苦笑いを見せる。
「何か思い付いたんだろうなあ」
 大臣が頷きながら溜息をついた。気まぐれな方ですから、と呟いて。


 ──保管していてもどうせ湿気てしまうのだから、やるだけやってみようか。
 飛空艇で街から離れたところまで飛んで甲板から打ち上げよう。山間なら目立たないだろう。既存の武器の筒部分を流用すればいけそうな気がする。
 重量と高度、それに騒音を考えると小さなものには限られるだろうな。幾つか選んできた。とはいえそれなりに見事なものだよ。何たって我がフィガロが誇る伝統職人が丹精を込めて……おっとそろそろ日暮れ間近か、準備を急がねば──

 口早に捲し立てたエドガーは甲板の先端を陣取って、それからずっと夕食もそこそこに作業に没頭している。
 ここのところ武器の手入ればかりで本格的な改造作業を行う機会がなかったものだから、純粋に楽しんでいるのだろう。もしかしたら兄にとってはこれ以上ない誕生日プレゼントかもしれない。
 熱中している姿を遠目に見守りつつトレーニングで時間を潰していたマッシュも、この後花火が見られるかと思うと自ずと胸が高鳴った。
 フィガロの国王が産まれた日に花火を打ち上げるのは昔からの伝統行事だった。まだ幼い頃、エドガーと共に父王の花火を見るため、見張り塔の長い螺旋階段を息を切らせて駆け上がった思い出が蘇る。
 空を彩る大小の花火に見惚れた。父の生誕日は冬だったため空気は酷く冷たかったが、隣のエドガーと身を寄せ合って眺めたものだった。吐き出す息の白い靄の隙間から、無邪気に笑うエドガーの横顔を見るのも好きだった。
 城を出てからはサウスフィガロでエドガーの花火を見た。高台に上がればフィガロ城からの遠花火も臨めて懐旧に耽ったりもした。
 それが今年はエドガーと共に花火を見られる。子供の頃以来だ、と心が浮き立ち、良い誕生日が迎えられそうなことを喜んでいたのだ。
 そこに様子を見に現れたセッツァーからの思いがけない問いかけが、マッシュの心に僅かな細波を立てた。エドガーが絡んでいるのなら尚更。
 質問に質問で返したマッシュに対して後ろめたさを隠さなくなったセッツァーは、ファルコンに荷を積んでいる時のエドガーとの会話を教えてくれた。


『小さいっつってもそれなりじゃねえか。これ以上大きいやつは全部湿気らしちまうと思うと勿体ねえな』
『仕方がない、大掛かりな装置を組むには時間がかかるしあまり派手にやり過ぎて悪目立ちしても困る。職人たちには悪いが』
 エドガーが仕分けした花火玉をセッツァーが木箱に並べていく。そのひとつを手に取って、物珍しそうに眺めたセッツァーの独り言のような言葉にエドガーは振り向きもせずに答えた。
 忙しく手を動かしながらも、恐らくは花火玉の数やサイズを考慮して頭の中でどの武器をどんな風に流用するか思い描いているのだろう。
 その隠し切れない弾んだ様子から、彼にとっては楽しい難題なのだと思わず口角を上げたセッツァーは、花火玉を詰めた木箱を荷台に載せながら軽い口調で楽観的に言った。
『まあそうだな、ケフカを倒してからパーッとやりゃいいさ。マッシュも戻ってきたことだし、来年のフィガロ王の誕生日はさぞかし賑やかになるんだろうぜ』
 いつもの食えない調子で肯定の返事が返るものとばかり思っていたセッツァーは、会話以外でもぶつぶつとアイディアを呟いていたエドガーの声がそこで途切れたことに違和感を感じてふと顔を向けた。
 エドガーは仕分けられた箱の中の花火玉を見つめながら、何とも複雑な、やや困ったような目で笑みの形だけを唇に乗せていた。そして明らかに不自然な沈黙の後、ごく穏やかな声でこう告げた。
『あいつは戻ってきた訳じゃない』
 セッツァーが目を見開いた。
『マッシュが勝ち取ったのは、自由に生きる権利だ。あいつの行き先はあいつが自分で決めるよ』
 セッツァーとの対話の続きと言うより、独り言をはっきり口にして自己完結した──そんな印象だった。
 実際エドガーはその後忙しい忙しいと呟きながら、セッツァーが追求を始める前にさっさと姿を眩ませてしまった。


 やけに急ぎ足で花火の打ち上げ準備に向かったのは、機械いじりで気が急いただけではなかったのだろうか。マッシュは兄とすれ違った時に横顔すら捉えられなかった先刻の一瞬を思い出した。
 なんと答えるべきか迷って眉を寄せたマッシュを見て、セッツァーは小さく溜息を零す。
「あいつにしちゃあらしくねえ態度だったんでな。ついお前を突いちまった。深い意味はねえよ」
 言葉の割にセッツァーのヘリオトロープの瞳は酷く優しい。存外お節介な男なのだとかねてから考えていたことを改めて思い知る。
「お前ら、先の話はしてねえのか」
 マッシュは曖昧に頷いた。具体的な話はしたことがなない。
 不意の強風で煽られた髪を掻き上げ、セッツァーが風の行方を追うように空に視線を走らせる。
「仲良しなのはいいことだろうが、相手を思い遣り過ぎて空回りすることもあるからな。お前ら見てると、ちょっと気になってよ」
「……空回り……?」
 ざわっと胸が嫌な音を立てる。
 確かに先の話はしていないが、兄の力になりたいという意志は示して来たつもりだった。その想いが空回っているとでも言うのだろうか。
 すっかり神妙な顔つきになったマッシュの前で、セッツァーは掻き上げた髪をぐしゃりと握って顔を横に振った。
「ああやめだやめ、余計なこと言って悪かった。折角の誕生日なんだろ、トレーニングは程々にして下に来いよ。ティナたちがパーティーの準備してる。兄貴にも言っとけ、花火揚げんなら早くしないと夜が明けるぞってな」
 無理に明るい声を出したセッツァーは、マッシュの肩を軽く叩いてその横をすり抜けて行った。遠くなる足音を背後に受け止めて、マッシュはもう一度甲板の先端に顔を向ける。
 エドガーが袖を捲った腕で額の汗を拭っているのが見えた。集中している横顔をしばらく見つめていたマッシュは、眉間に寄った皺に気づいて両手で頬をパンと叩き、エドガーの元へ駆け出して行った。



 ***



 夜も更け、曇天の夜空がその黒の深みを増した頃。
 花火を楽しむため、仲間たちは飛空艇の外の地上から甲板を見上げている。甲板ではエドガーの指揮の元、手伝いを買って出たモグとウーマロが花火の打ち上げ準備に精を出していた。
 エドガーと離れて下から花火を眺める気になれなかったマッシュもまた、甲板にてぼんやりと縁に身体を預けていた。何かやることはないかと問うてものんびり待っていろと言われてしまって、手持ち無沙汰に空を見上げている。
 重たそうな夜色の雲が時折淡い鈍色に透ける。薄れた雲の向こうには、かつてのように平和な月が輝いてることを思ってマッシュは目を細めた。
 風が強いのだろう、目紛しく夜空の様相が変わる。花火は無事に打ち上げられるだろうかと目線を落とせば、思いの外近くまでエドガーが歩いて来ていた。
「風が強いな。多少流れるだろうが何とか見られるだろう」
 マッシュの頭の中を覗いたかのようにそう告げると、エドガーは手摺りを掴んでやや身を乗り出し、下にいる仲間たちに開始の合図を送った。それからモグを振り返り人差し指を向ける。
 頷いたモグが、エドガーが即席で作った煙火筒へと繋がる導火線へ火をつけた。すでに一発目をセットし終えていたウーマロが、続く二発目三発目を準備する中、空砲のような破裂音が響いて花火玉が上空へ打ち上がる。
 風向きを考慮したのか、放物線は真上ではなくやや傾き、ファルコン号を斜めに見下ろすように少々歪んだ楕円の形で眩い青の光を飛散させた。ほとんど遅れることなくドンと響いた砲音が腹を揺らす。
 下から聞こえる仲間たちの歓声が耳に届くと、自然とマッシュの目も輝き唇には笑みが浮かんだ。
「最初の点火の後はオートで打ち上げられるよう細工したんだ。花火玉の設置だけは人の手がいるんだが」
 エドガーの声に花火の打ち上げ音が次々と被さっていく。甲板の先端ではモグとウーマロが頼もしく握り拳をこちらに向けていた。
「後は任せるクポ! 主役はそっちでゆっくり見ててクポー!」
 苦笑したエドガーがマッシュを見て肩を竦める。
「お株を奪われてしまった」
 はは、と笑い返したマッシュの顔が花火の色に染まった。
 並んだ二人は手摺りに肘を置き、ゆったりと凭れて花火に魅入る。
 まだ陽が落ちる前のセッツァーとの会話を思い出し、真横にエドガーがいることが妙に落ち着かなくて、マッシュはその場繋ぎに口を開いた。
「全部打ち上がるのにどのくらいかかるかな」
「あの数だと十分程度かな。本来なら小一時間は打ち上げっ放しなんだ」
「知ってるよ。ガキの頃親父の誕生日でこれが楽しみだったし、兄貴の花火もサウスフィガロで見てたよ」
 マッシュがそう言うと、一度言葉を呑み込んだエドガーがこちらを向いた気配がした。
「……そうか。そうだよな」
 しみじみと呟かれた相槌にどう答えたものか、マッシュはエドガーが自分を見ていることを知っていてぎこちなく微笑む。
 やっぱり聞かなきゃ良かった──セッツァーが話したエドガーの言葉が胸に燻って、余計なことを考えてしまう。
 エドガーは、マッシュが戻ってきた訳ではないと言った。その後の言葉も、フィガロに戻らない選択をしても構わないと受け取れるものだ。
(それは……、俺の力は必要ないってことか……?)
「昔を思い出すな。親父の時は花火が始まる大分前から見張り党を陣取っていたなあ」
 悶々と思案していたマッシュは、沈黙の後の不意の言葉にビクリと肩を揺らした。恐る恐るエドガーの反応を伺うが、マッシュの不自然な動きに疑問を持った様子はない。
 安堵しつつも胸の靄が晴れる訳ではなかった。
「……、サウスフィガロから見てみたいって駄々こねたこともあったよな」
 それでも何とか話を合わせると、エドガーが頷いて笑いながら答えた。
「そんなこともあったなあ。二人で直談判して即却下されたっけか。俺たちのどちらかが王になった後の花火は、もっと派手にやろうと話していたよな」
「……うん、話した」
「思えば俺が即位してから、お前と一緒に花火を見るのはこれが初めてか」
「……うん」
「歯切れが悪いな。……セッツァーに何か言われたか」
 マッシュは分かりやすく押し黙る。その反応が予想通りだったのか逆にあからさまで予想外だったのか、エドガーは小さく声を上げて笑った。
「お前は素直でいいな。本当に、お前といると何も疑わずに済むからいい」
 今度はマッシュがエドガーを振り返る。すでに目線を花火へ移していたエドガーの横顔が、光る空の色に合わせて臙脂に照らされていた。
「今のフィガロを見ただろう。十年かかったが、俺がいなくとも城を任せられるほどに基盤が固まった。お前が憂いていた頃のフィガロとは違う」
「……ああ」
 頷くマッシュの視線の先で、エドガーはじっと花火の閃光を見据えていた。視線に気づいていないはずがないだろうに、こちらを見ようとしないエドガーの素振りが少し引っ掛かった。
 エドガーは一呼吸置き、先ほどよりも声のトーンを一段上げて続けた。
「……だから何も心配しなくていい。全てが終わったら、お前は好きなように生きていいんだ」
 マッシュは黙ってエドガーを見る。風で歪に流された花火が上がる度にワアワアと響いてくる仲間たちの歓声を遠くに聞き、花火の光で青から白へと点滅しながら色を変えるエドガーの横顔をじっと見ていた。
 何処かで見覚えのある横顔だった。
 セッツァーにはマッシュの行き先はマッシュに決めさせると言い、今マッシュには好きなように生きろと言う。
 エドガーの言葉に間違いがあったことはない。だからこの言葉も兄にとっての最善であることは間違いがないのだろう。しかし。

 ──だったらなんでこっちを見ないんだよ。

 マッシュのことを素直でいいと告げたエドガー自身は、昔から良い意味で素直とは言い難かった。
 頭が良くて負けん気が強くて、歳を重ねるにつれてそこに冷静さと鋭さが加わって、常に余裕を見せながら泣き言など決して言わない──素直に誰かを頼るだなんて出来ない人。
 戦いが終わったらどうするのかどうしたいのか、マッシュが大っぴらに話して来なかったのは自信がなかったからかもしれない。セッツァーが聞いたと言うエドガーの言葉に少なからずショックを受けたのは、先の世界で自分の存在は必要ないと言われたかのように感じてしまったからだ。
 だけど肝心な時に真っ直ぐこちらを見ないこの兄は、決して素直な人ではないことをマッシュが誰よりも良く知っている。
 心配するな、好きなように生きろと言いながら、未だマッシュの目を見ようとしない、見ることが出来ない人だということも。
(思い出した)
 この横顔をいつ何処で見たのか。
 コルツ山で十年ぶりに再会した時、凛々しい王としての表情が揺らいだ瞬間があった。
 この力が役に立てるかと問うた時だった。マッシュに背を向け、らしくなく弱気な声で、来てくれるのかと囁いたあの時に僅かに見えた横顔と同じ。
『相手を思い遣り過ぎて空回りすることもあるからな』
 そうだ、あの時だって、エドガーから「来てくれるのか」と言葉を引き出したのは自分の呼び掛けだったではないか──

「……心配なんか、してないよ」
 意を決してマッシュが口を開くと、エドガーの喉が小さく動いたのが見えた。
「フィガロは兄貴がいるから大丈夫だ。十年ぶりに城に戻って、一緒に旅して、よく分かったよ。フィガロはこの先、兄貴がいれば何があっても大丈夫だって。だから、」
 これからはその兄貴を俺が支えるよ。──喉まで出かかった言葉は、しかしそのまま喉奥に引っ掛かった。
 本人を真横に少し格好つけすぎだろうか。
 そもそもまだ戦いは終わっていないのに、勝った気になって支えるだなんて──力もない癖に偉そうなことを言っていると思われはしないだろうか。
 こういうことは全て終わってから言わないと説得力がないのではないか。
 貴方のために強くなる道を選んだのだと伝えて、信じてもらえるに足る男になっているだろうか。
 不自然に言い淀んだマッシュの気配を流石に不審に思ったのか、エドガーが訝しげに顔を向けてきた。
 青い瞳がかち合った瞬間、マッシュの顔が火を吹いたように熱を持った。何か言わなければと焦っていた心を急き立てるかの如く、一際大きく鳴り響いた花火に後押しされて、マッシュはやけくそに声を張り上げた。
「だっ……だから、来年の誕生日はもっと派手に花火やろう!」
 エドガーが呆気に取られて目を瞬かせる。
「ケフカを倒して、世界を平和にして、親父の時よりもずっと派手な花火揚げて、来年も再来年もそのまた来年も、じいさんになっても、……ずっと一緒に花火見よう!」
 ハッとしたエドガーの目が見開かれたまま固まった。
「……またこうやって、一緒に……」
 タイミングよく上がった花火の焔色が、顔の赤さをうまく隠してくれただろうか。
 息を切らせたマッシュの前で、絶句したエドガーは薄く開いた唇をそのままに向かい合う相手を凝視していた。息をしているのか心配になるほど見事に動きを止めたエドガーは、驚きというよりも呆然としているようで、マッシュはその目に自分が映っているのか不安を覚える。
 ふと、しばらく見開かれていたエドガーの目がひとつ大きく瞬きをした。
 その途端、それまで青白いほどだった頬にぽっと赤みが差して、急激に生き生きと輝き出した瞳の目尻が下がり、硬直していた表情が鮮やかに和らいだ。
 綻んだ唇から溢れたのは、安堵に満ちた穏やかな声だった。
「……そうか。……そうだな。……一緒に、見よう」
 エドガーの表情に不穏な揺らぎはもうない。
 柔らかな眼差しでそう答えたエドガーの返事を聞いて、今度はマッシュが歓喜に目を見開いた。
 伝わった──想いを溶かした精一杯の言葉が受け入れられたことで胸がいっぱいになり、興奮そのままに花火が咲き乱れる空を仰ぎ見る。
「ラスト十連発でっかいの行くクポ〜! ハッピーバースデークッポポ〜!!」
 モグの威勢の良い声にウーマロの雄叫びが重なり、その声に呼応したかのように飛空艇の下からも祝いの言葉が投げかけられる。
「エドガー! マッシュー!」
 呼ばれた二人が縁から身を乗り出すと、地上でティナやリルムやガウを筆頭に仲間たちが手を振っていた。
「お誕生日おめでとうー!」
 エドガーとマッシュは手を振り返して応えた。同時にこれまでで最大級の花火がドンドンと連続で開花し、辺りの闇を塗り潰すかのように様々な色が眩く光る。
 マッシュは隣のエドガーをチラリと盗み見た。花火の煙が風で流され、二人の間を覆って掻き消えた後、現れたエドガーの横顔は何も恐れることがなかった子どもの頃と同じ、無邪気な笑顔のそれだった。
 マッシュは拳を握り締め、高鳴る胸に押し当てた。

 この戦いが終わったら、今は言えなかった言葉を今度こそ胸を張って伝えられるだろう。
 この十年は貴方を支えるためにこその自由だったのだと。


 地上で花火を見上げていた仲間たちは、甲板からこちらを見下ろす二つの顔を見て思わずといった調子で笑みを零す。
「あいつら、全くおんなじ顔で笑ってるな」
 ロックの言葉にそこにいたほぼ全員が頷き、セッツァーは鼻を鳴らして口角を上げ、心配いらねえなと呟いた。


 曇天の闇空に束の間の花が咲き、余韻は尾を引き人々に夢を見せる。
 真夏の短夜のひと時の夢。
 夢の後の現には、確かな希望を見出して。