肌寒さを感じて薄っすら目を開き、隣にある気配がないと分かった瞬間に脳が覚醒した。飛び起きたマッシュは、確かに眠りについた時には腕の中にあった温もりがいなくなっていることに気づいて青ざめる。 昨夜脱いだまま床に散らばっていた服を拾い集め、適当に身につけて寝室を出た。窓から差し込む明かりはほんのりオレンジで、夜明けが近い頃だろう。予感を感じて甲板に繋がる階段を駆け上がると、日の出を向いて先端に佇むエドガーの後ろ姿が飛び込んで来た。結われていない長い髪が微かな風で美しく流れている様を見つけて安堵に肩の力を抜く。 慌ただしく上ってきたせいか、マッシュに気づいたらしいエドガーが甲板の縁を掴んだままゆっくりと振り向いた。昇りかける太陽の光がエドガーの頬を照らし、緋色に染まったその穏やかな笑みの気高さにマッシュは息を呑む。 「……シャツが逆だぞ、マッシュ」 言われて胸を見下ろしたマッシュは、前と後ろが逆になっている襟に気づいて頭を掻く。エドガーは目を細めて楽しげに笑い、もう一度太陽に顔を向ける。エドガーの表情が見えなくなるのが不安になり、マッシュは足早に近づいて隣に並んだ。 「……風に当たりに来ただけだ。ふと目が覚めてな」 エドガーの横顔は温雅で実に落ち着いて見えた。太陽を直接見ないよう瞼を少し下ろし、僅かに光から逸らした目線は今日これから向かう先を見つめているようだった。 「お前も歳だな。俺がいなくなったのに今頃気づいたのか」 「……悔しいけどその通りだよ」 「よく眠っていたぞ。お前の寝顔は何年経っても変わらないな」 ふふ、と小さく漏れたエドガーの笑い声にマッシュも頬を綻ばせ、昨夜愛した人の肩をそっと抱いて引き寄せた。 「……何処かに行ってしまったかと思った」 エドガーの頭に頬を押し当て情け無い言葉を漏らすと、エドガーが体をマッシュに預ける。心地よい重みと暖かさを感じながら、マッシュはエドガーの長い髪をゆっくりと撫でた。 「馬鹿だな。お前のいるところが俺の帰る場所だ」 「……うん」 「離さないと言っただろう」 「うん……」 エドガーの額に口づけると、目を閉じたエドガーの睫毛が揺れてその様がとても美しく見えた。やがて開いた瞼の下から現れた青い瞳が真っ直ぐマッシュを見つめ、惚れ惚れするような意思の強い光を宿している。ぞくりと背中が粟立ったマッシュは、胸の高揚感に思わず口角が上がるのを抑えられなかった。 またエドガーと空巡る冒険ができる──奮い立つ心を優しく宥め、エドガーがすっかり昇りきった太陽に顔を向けたのに釣られてマッシュもまた光を睨んだ。 「……さあ、食事を済ませたら発とう。今日も長く飛ぶぞ」 「了解」 もう一度エドガーの額にキスをしたマッシュが肩から手を離すと、少し名残惜しそうな顔をしたエドガーが体ごとマッシュを向いていじらしく両手を伸ばす。 「……もっとちゃんと、おはようのキスをしてくれ」 まるで子供のように上目で見てくるエドガーに目元を赤く緩めたマッシュは、そのしなやかな体をそっと抱き締めて優しく深く口付けた。 起き抜けにしては長く重なっていた唇が離れると、エドガーはマッシュの胸に頬を寄せ、その体を完全にマッシュに預けてくる。マッシュもまたエドガーを抱く腕に力を込めた。 「おはよう、マッシュ……」 「……おはよう。兄貴……。」 ──ああ、これからずっと二人だけの朝が来る。 愛する人の温もりを受け止める喜びと、この先二人で見るだろう新しい景色に胸を高鳴らせ、マッシュはエドガーと共に在る未来に想いを馳せた。 |