征服




 幼い頃からマッシュはエドガーに従順だった。いや、従属と言ってもいいくらいだった。無条件に兄であるエドガーを信じ、慕い、ひたむきに追い続けてきた。
 そんなマッシュがとても愛しく、大切に守る一方、エドガーの中に時折沸き起こる支配欲という名の醜悪な感情が気まぐれにマッシュにぶつけられた。

 あにき、あにきと呼びかけながら必死で走って来る小さな体のマッシュを、弟よりも身軽で俊足なエドガーは届きそうで届かない位置を保ちながら、こっちだよと躱して決して捕まろうとはしなかった。
 体力のないマッシュが息を切らせて追いかけてくるのを背後を振り返って確認するだけでなく、時に後ろ向きに走りながら余裕たっぷりに誘う。さあこっちだ、捕まえてごらん。力の差があまりに大きい鬼ごっこで、しかしマッシュは文句も言わずにエドガーを追い続けた。
 根を上げないマッシュは可愛いのだけれど、あまりに澄んだ瞳が自分を責めることなく追ってくることに、エドガーは微かな煩わしさを感じてもいた。道に沿う自分たちの身長に近い高さの塀に手をかけ、腕の力でひょいとよじ登ったエドガーは、高い位置にしっかりと立って弟を見下ろした。
 マッシュが悲しそうに見上げる。その下がった眉を満足げに眺めたエドガーは、少し意地悪く声をかけた。
「マッシュ。……俺が好きか?」
 マッシュはほとんど真上を見上げながら首を大きく縦に振った。
「うん。あにきが、大好きだよ」
「じゃあ、登って来いよ。来られたら、また遊んでやる」
「あにき」
「おいで」
 優しく目を細めて囁くと、マッシュは取り憑かれたように腕を空に伸ばす。かろうじて届いた塀の天辺に指をかけ、綺麗に整えられた爪が折れるのも構わずに必死でよじ登ろうとするマッシュを、エドガーは黙って上から見つめていた。
 やがて手のひら全体で縁を掴むことができ、弱々しい足を壁につけてずり上がろうとするものの、何如せん腕の力が足りずに肩から指先までぶるぶると震えた挙句に小さな手のひらが耐えきれず、マッシュはそのまま背中から落下した。
 エドガーが目を見開き素早く塀から飛び降りて、倒れたマッシュを抱き起こす。
「マッシュ!」
 目を回したように朦朧とした顔で瞼を半分下ろしたマッシュを認めて青ざめたエドガーは、大声で人を呼んだ。警備の兵が集まりマッシュが運ばれ、エドガーは早鐘を打つ胸元の服を握り締めて息を飲む。
 覚悟をしていた咎を受けることはなかった。様子の落ち着いたマッシュは自らの好奇心で塀によじ登ったと説明し、エドガーが悪者になることはなかった。




 あれから二十年もの時が過ぎ、やはりマッシュはエドガーに従順だった。
 褥を共にするようになってもその立ち位置は変わらず、今もまた下半身を剥き出しにされてベッドの上に胡座をかき、その対面で兄に見られていることへの羞恥が刺激となったのか緩く勃ち上がったものを隠すことすら許されず、唇を噛みながら黙って耐えるマッシュの姿があった。
 微かに青く澄んだ目を潤ませ懇願の色で上目遣いにエドガーを見つめ、何も言わずにその指示を待つ。そんなマッシュを薄布を肩にかけたエドガーは悠然と眺めて、笑みすら湛えた唇で問いかけた。
「マッシュ。触って欲しいか?」
 マッシュは無言で頷く。エドガーの目がすうっと細められた。
「……俺が好きか?」
「愛してる」
 エドガーから目を離さず即座に答えたマッシュを満足げに視線で舐めて、口角を更に持ち上げたエドガーは長い右脚をマッシュに向けて伸ばした。
「イクなよ。最後まで我慢できたらご褒美をやろう」
 整った爪が並ぶ足の指先をマッシュの勃ち上がったものに引っ掛け、足首を回して先端をゆるりと捏ねくり回す。マッシュが声を噛み殺すように首を詰め、眉間に皺を寄せる様をエドガーは楽しげに一瞥し、足の土踏まずの窪みにマッシュのものを添わせて下から上へと撫で上げた。
 踵で付け根を押し潰し、やや強めに擦り上げる。器用に指先を動かして突起部分を擽ると、マッシュの噛み締めた唇の隙間から呻き声が漏れた。
 全身を強張らせて刺激に悶えながらも懸命に堪え、目尻に涙を浮かべて黙って兄を見つめる弟が可愛くて可愛くてズタズタにしたくて、エドガーは容赦なく足でマッシュを追い込んでいく。
 子供の頃とちっとも変わらない、何をされても決してエドガーを責めないマッシュはひたすらに快感の波を耐え忍んだ。怒張したものは先走りの液を滴らせてエドガーの足を汚す。まるで踏み付けられるように弄くり回されても、マッシュが抵抗することはなくエドガーの指示通り達することもなかった。
 大きな体を震わせて我慢を重ねる弟の姿をうっとりと見据えたエドガーは、征服した悦びを感じて満ち足りた吐息を漏らし、そっと足を引っ込めた。
 成長してもマッシュは従順で素直でいじらしく、エドガーの言うことを無条件で受け入れる。そんなマッシュを心から愛しいと思い、全てを支配してめちゃくちゃにしてやりたいと言う欲求は消えることはない。

 しかし、ただひとつ子供の頃と違うのは。

 エドガーは肩に掛けていた布を落とし、耐えに耐えた弟を陶酔の目で見つめながら引き金となる言葉を囁いた。
「……おいで」
 その瞬間、ずっと子犬のように小さく震えていたマッシュが俊敏にエドガーに飛びかかり、噛み付く勢いで唇を奪った。乱暴に舌を差し込み呼吸ごと吸い上げながら、エドガーの体を倒してほとんど慣らしもしていない後孔に指を突き立てる。
 痛みに呻くエドガーに構わず散々唇を蹂躙したマッシュは、こじ開けた秘部から指を抜くなり兄の両脚を大きく広げて抱え上げ、猛り狂ったものをその再奥に突き立てた。
 声すら出せなかったエドガーが目を剥き顎を仰け反らせる。激しく突かれる動きに揺さぶられてガンガンと脳天まで痛みが響くようで、ああ、ああ、とほとんど悲鳴を上げながらエドガーは頭頂部をシーツに擦り付けた。
 一方的に貫かれたものが一気に引き抜かれたと思った瞬間、さっと視界に影が落ちて思わずエドガーは目を瞑る。その頬に、鼻に、唇に、青臭く熱いものがぶちまけられてエドガーは歯を食いしばった。
 恐々瞼を開くと、ちろちろと情欲の炎を灯したマッシュの目がエドガーをじっとりと捉えていて、マッシュが吐き出したもので顔を汚したエドガーを見下ろし薄笑いを浮かべた。兄の口元に滴る濁った液を指で掬ったマッシュは、それをエドガーの口内に押し込む。無理に口をこじ開けられたエドガーは、それでも素直に突き立てられたマッシュの指を吸った。
 エドガーの様子を満足げに眺めたマッシュは、ふとエドガーの口から指を抜き、兄の後頭部に手を差し入れ乱暴に掴み起こした。体ごと浮かされうつ伏せにさせられたエドガーが体勢を整える間も無く、抱えられた腰の中央でぽっかりと穴を開けた蕾に再び硬いものを捻じ込まれ、エドガーは絶叫した。
「あ、ア、あ……!! マッ、無理、むりっ……!!」
 ほとんど泣き声の懇願を無視したマッシュは力任せに腰を打ち付け、エドガーはシーツを握り締めて押し寄せる波のような衝撃に耐えた。そして痛みの中からぞわぞわと迫り上がるような昂りに唇を震わせ、高く突き上げた腰を捩らせてマッシュのものをもっと奥へ呑み込もうと、体の動きを本能に任せた。
 く、と呻く声が背後から響いた瞬間、体の奥に熱がどくどくと注ぎ込まれ、その刺激で強く後孔を締め付けたエドガーもまた達してしまった。体から力が抜けて完全にベッドに伏したエドガーは、恍惚に蕩けるような目でうっとりと微睡み、背中を抱くマッシュにされるがまま全てを預けて微笑した。

 ──ずっと感じていたもどかしさ。隷属的に自分を慕う弟に、こうして支配されたかった。力づくで征服させられる屈辱と快感に全てを任せてよがり狂う、この悍ましい陶酔の時間の何と心地よいことか──



 朝が来ればマッシュはまた優しすぎるほどにエドガーに従い、ひたむきにその身を守る。
 そしてエドガーは、その身を壊してもらうために夜が来るたびマッシュを追い詰める。