真剣勝負




 左手に構えるトランプのカードは五枚、そのうち三枚はジャックを示すJの文字が揃っている。セッツァーはカード越しに、テーブルを挟んで向かいに座るマッシュの眉間の皺をチラリと見た。
 マッシュは自らが持つ五枚のカードの左端を掴み、しかしすぐに指を離して数秒迷い、今度は右側の二枚を掴み直した。その二枚をテーブルに滑らせ、新しい山から手放した数と同じ二枚を手に取り、めくって内側を見る。マッシュの眉間の皺が更に深くなった。
 そのままマッシュは全てのカードをひっくり返して投げ捨てるようにテーブルにばら撒く。カードに記された数字は全てバラバラだった。
 ニヤリと笑ったセッツァーは自分のカードを裏返してマッシュに向ける。
「毎度あり」
「あー、もう……だから俺苦手なんだって……」
 がりがりと乱暴に頭を掻いてから渋々ポケットから財布を取り出したマッシュは、そこから二枚ほど紙幣を取り出しセッツァーに渡した。
 これで十連勝──寝支度をしようと洗面所に向かうマッシュを退屈凌ぎに捕まえて、連れ込んだ談話室でかれこれ一時間、半ば無理矢理誘ったポーカーでこうまで楽に荒稼ぎできるとは。勝負としては物足りないが、懐を潤わせるにはもってこいの相手を見つけたとセッツァーは北叟笑んだ。
 元々気乗りしない様子で始めたせいか、全く勘が振るわないマッシュはほとんどまともな役を作れていない。おまけに顔に出やすいのでどんなカードが来ているのか容易に把握できる。それでいて負け分は文句を言わずに支払う素直な性格のため、セッツァーにとっては良いカモ以外の何者でもなかった。
「冴えねえなあ。そろそろ運が来るかもな?」
 セッツァーが集めたカードをシャッフルし始めると、マッシュはため息をつきながら首を横に振った。
「もうやめとくよ。本当にすっからかんになる」
「おいおい、負けっぱなしで終わるのか?」
「眠いんだよ。寝る支度するとこだったんだからな」
「大の男が情けねえな、夜はこれからだろう」
 マッシュはわざとらしいほどに大きな溜息をつき、いいや、ときっぱり言葉を区切る。
「勝てる気がしないのにやる気なんか起こらないよ。もういいだろ? おやすみ」
 立ち上がろうとするマッシュの太い手首を慌てて掴み、セッツァーはこの十連戦で得た金額を思い浮かべた。──あと一勝できればキリの良い数字になる。心の中で口角を上げて、改めて困ったように眉を下げているマッシュを細めた目で捉えた。
「じゃあ、次で最後だ。最後に真剣勝負と行こうじゃないか」
「だから、もういいって」
「あんなぼんやりした勝負で終われるか。最後だと思って気合入れてみろ、ちょっとはマシなカードが来るだろうさ」
 渋い顔をしていたマッシュだが、セッツァーががっちり掴んだ手首を離す気配がないと悟ったのか、今日何度目か分からないため息を再び吐いて苦々しく座り直す。
「本当に最後だな」
「ああ。……最後にただ金を賭けるんじゃつまらねえな。何がいいか……甲板の掃除でも……」
 すでに勝ちを確信していたセッツァーは、どうせなら追加で搾れるだけ搾り取ろうと考えを巡らせる。そして軽く目を見開き、すぐにニヤリと唇を歪めた。
「そうだな、お前が負けたら賭け金と、お前の兄貴を半日借りてファルコンの整備を手伝わせるってのはどうだ?」
「兄貴を?」
 その単語が出た途端、うんざりして力のない様子だったマッシュの目がぎらりと光った。険しく眉を寄せて睨むようにセッツァーを見返して来る気迫に一瞬怯むが、勝負師として引く訳にはいかないとセッツァーも身を乗り出す。
「兄貴でも引き合いに出さねえと真剣になんねえだろ、お前」
「駄目だ、賭け事に勝手に兄貴を巻き込む訳にはいかない」
「私は構わないが?」
 ふと割って入る声にセッツァーとマッシュは同時に顔を向ける。二人が囲むテーブルの脇に、両肘を支えるように腕を組んだエドガーが佇んでいた。
「兄貴」
 マッシュが驚いたように呼びかけると、エドガーはやれやれと肩を竦めてマッシュを見下ろした。
「なかなか部屋に戻って来ないと思ったら、セッツァーに捕まっていたのか。その様子だと随分負けてるな?」
 マッシュはバツが悪そうに口をへの字に曲げて上目遣いにエドガーを見る。エドガーは今度は視線をじろりとセッツァーに移動させ、軽く瞼を伏せつつ低い声で告げた。
「賭け金にファルコンの整備、ね。いいだろう。その代わり、マッシュが勝ったら今夜の負けを全て返して、次の街の酒場は君の奢りでどうだ?」
 エドガーの言葉にセッツァーは眉を顰める。酒豪の二人に奢ることも厳しいが、今日の勝ちを全て手放すのは痛い。
 とはいえこれまでの勝負内容を見れば自分の勝ちは明らかである──万が一もないと判断したセッツァーは、パチンと指を鳴らした。
「オーケー。飲もう」
「決まりだな。マッシュ、頼むぞ」
「ええ……、もう、知らねえぞ」
 マッシュだけが気乗りしない様子で一度背凭れに大きく背中を預け、軽く天井を睨んでふうと息を吐いた。それから腹の力でひょいと身を乗り出したマッシュは、よし、と小さく呟きセッツァーを見る。それを合図と受け取ったセッツァーは、カードを手に取る。
 鮮やかな手捌きでシャッフルされたカードがそれぞれに配られた。セッツァーは自分の手元のカードを見つめ、表情には出さないように今夜の強運に感謝する。
 エースと7のカードが二枚ずつ。すでにツーペアが完成しているが、向かいのマッシュの様子をこっそり伺って──無表情のマッシュがカードを二枚チェンジするのを確かめ、セッツァーもペアになっていない一枚を交換した。
 めくったカードに記された三つ目のエースを見届け、セッツァーは勝利を確信した。マッシュもまた新たに引いた二枚でチェンジを止め、いざ勝敗を決するため二人はカードを開き合う。
 エースと7のフルハウスを自信たっぷりにオープンしたセッツァーは、マッシュの指がめくったカードの並びを見て思わず立ち上がった。
 右端こそただの2が鎮座しているが、スペード、ハート、ダイヤ、クラブ、全てKの文字──キングが四枚並んだフォーカードの登場にセッツァーは絶句する。
「勝負あったな」
 エドガーが満足げに口角を上げ、逆手で人差し指をセッツァーに向けちょいちょいと指先を動かす。賭け金の返還を求められていることを察したセッツァーは、舌打ちしつつも今夜マッシュから巻き上げた金を懐から抜き出した。
 金を受け取るマッシュの肩に手を置きながら、エドガーは実ににこやかに微笑んでいる。セッツァーは苦々しく唇の端を噛んだ。
「……さっきまでボロボロだったのに、最後にとんでもねえの出しやがって」
 独り言のように悪態を吐くと、マッシュを促して立ち上がらせようとしていたエドガーが振り向いて不敵に笑った。
「私が絡んだ勝負でマッシュが負けるはずがないだろう?」
 悠然と言い放ったエドガーは、次の街が楽しみだと呟きながらセッツァーに背を向けた。マッシュも軽くセッツァーに手を上げ、苦笑しながらおやすみと告げてエドガーに続く。
 一人談話室に取り残されたセッツァーは、あの双子が揃った時の賭け事は御法度だと頭に叩き込みながら天を仰いだ。