予定のない昼下がり、ベッドに足を投げ出し壁を背凭れにしたエドガーが、随分前から読みかけだった伝記など開いて数ページ読んだところでウトウトと微睡んでいた時。 腿の上で開きっ放しになっていた本がひとりでにパタンと閉じて、脇にスイッと避けられた、ような気がした。 夢の延長かと寝惚けた眼差しで薄目の先の景色を見るも、部屋には人影など見当たらない。やはり夢か、と納得したエドガーが再び瞼を下ろして意識を飛ばしかけていると、やけに胸元がスースーと風通し良く感じて眉が自然と寄ってしまう。 今日は胸の開いた服を着ていた覚えがないと思いつつも、意識が覚醒し切っていないエドガーはどれも気のせいか夢の出来事と思い込んで追求を放棄した。 ギシッとベッドの一部分が沈んだように身体が揺れる。何だか周囲に熱を感じる。誰かが傍に、目の前にいるような、耳を澄ませば呼吸の音さえ聞こえてきそうなそんな気配が纏わり付いている。 ひとつひとつ、ボタンが外されていくリアルな感触。胸をはだけられると外気によって肌が粟立った。暖かい人肌が鎖骨から胸を撫で下ろし、頂きはまるで指で弾かれたような鈍い痛みを感じた。それが生温かいものに包まれて、湿った柔らかい何かにコロコロと転がされたように感じたエドガーは、思わず切なげな吐息を漏らす。 ギシッとベッドのスプリングが音を立てた。それがはっきり自分以外の何者かが立てた音で、現実に起こっていると理解したエドガーは、微睡みを振り切って目を見開いた。 無理矢理目を覚ましたために乱れた息のまま、辺りを見渡しても相変わらず部屋には誰もいない。 しかし、確かに身体を弄る手のひらの熱が今も胸を撫で回している。太腿を跨いだ微かな重みが見えなくてもしっかり伝わっている。しっかり留めていたシャツのボタンは全開で、気付けばズボンのベルトまで外されているではないか。 混乱するエドガーの前で、姿なき忍び笑いが響いた。瞬きをしたエドガーの目つきが鋭くなる。 「……マッシュだな」 見えはしないが、この気配。笑う時の息遣い、何よりエドガーの身体にこんな風に触れる人間はマッシュ以外にいるはずがない。 「悪趣味だぞ……魔法か?」 「さすが……よく分かったなあ」 姿がさっぱり見えないのに声だけが間近で聞こえるという奇妙な状況に、エドガーは酷く不満気に顔を顰めてみせた。 「人の安眠を妨害して悪戯とは、いい度胸だな」 「バニシュ覚えてさ、うまくいくか練習してたんだよ。兄貴が気づかないなら合格かなって」 「それで、どうして俺の服を脱がす必要がある?」 「いやあ……、寝顔が綺麗だったから、つい……」 言い終わるか終わらないかで不意に乳首をちゅうっと吸われ、予想もできなかった刺激にエドガーは身構えることができなかった。 「アッ」 つい鼻にかかった声で喘いでしまって慌てて口を押さえる。再び胸の辺りで忍び笑いが聞こえて、マッシュの息が肌に触れた。 頬を赤らめたエドガーは当てずっぽうに手を伸ばす。しかし寸でのところで避けられたのか、その手は虚しく空を切ってマッシュを捕まえることができなかった。 「おい、ふざけるな」 向こうはエドガーが見えているが、エドガーにはマッシュの姿がこれっぽっちも見えないのだ。透明化の魔法は戦闘時には役立つだろうが、日常で使ってもろくなことにならない──エドガーがシャツのボタンを留め直そうとしたその手首が掴まれて、驚く間も無く唇に柔らかいものが押し付けられる。その隙間に捻じ込まれたものが舌だと分かり、見えない相手に強引に口付けられたと気づいたエドガーは目を見開いたまま身を竦ませた。 慌てて押し退けようとするが、今度は身体をそのままきつく抱き込まれて身動きが取れない。確かにマッシュの熱と匂いが傍にあるのに姿がないという状態が、エドガーの不安と緊張を煽って胸の鼓動を速めていった。 「マッシュ、もういいだろ……、悪ふざけはよせ」 いくら気配があっても何をされるかさっぱり分からない。信頼する弟と言えど、夜は時折悪い目をした獣になることもあるのだ。 マッシュは返事をせず、ちゅっと軽く音を立ててもう一度唇にキスを落としてから、はだけられていたエドガーのシャツを剥きにかかった。 腕からすり抜けていく袖を阻止できずにあっという間にシャツを剥ぎ取られたエドガーは、更に訳が分からぬまま転がされて背中をつき、足が上がったと同時にズボンすら脱がされようとしていることに気づくのが精一杯だった。 抵抗のためにバタつかせた脚は呆気なく抑えられ、するりと脚から抜けていったズボンを取り戻すことはできなかった。ぽい、と遠くに弧を描いて飛んで行く衣類を取りに行く前に、辛うじて下着一枚残った姿のエドガーはベッドに沈められて自由までも奪われてしまっていた。 「マッシュ、いい加減にしろ! お前、こんなことしてただじゃおかんぞ……!」 「だってさ、兄貴普段あんまり見せてくれないし」 「な、何を……あっ、こらっ!」 言い争っている隙にマッシュが最後の一枚に手をかけていたらしく、まともな抵抗もしないうちにつるんと剥かれて一糸纏わぬ姿にさせられたエドガーは、無駄だと分かっていつつも脚を縮めて自分の身体を抱き締めた。睨みつけようと視線を彷徨わせるが、マッシュの顔が何処にあるのか分からない。 「おい、マッシュ……」 一瞬伸し掛かっている圧力から解放されたと思った途端、がばっと両脚を大きく開かされてエドガーは絶句する。 「なっ……!」 真昼間のこんなに明るい室内で、あられもない姿を心の準備も何もなく晒されるとは。思考が停止して放心状態になったエドガーは、慌てて気を取り戻してマッシュの拘束を解こうと脚を振った。 しかしマッシュの力は強い。膝を折ってがっちりと上から押さえつけ、下肢は完全にホールドされている。膝を押し込まれているために腰が上がり、双丘の間で普段は奥まっている蕾が恐らくは丸見えになっているだろうことを想像して、エドガーの顔は火がついたように熱くなった。 「ここ、花弁みたいで可愛い……いっつも灯り消してるしさ、兄貴自分で解しちゃうから」 「お、前、顔何処にあるっ……!?」 小さく笑うマッシュの息が明らかに尻の奥にかかり、至近距離で見られていることを思い知らされて頭を殴られたようなショックを受けたエドガーは言い返す言葉も浮かばなくなった。 マッシュとこういう行為をするようになってしばらく経つが、やはり自分は男の身体であるのでまじまじ見られることに抵抗があり、なるべく暗い環境で準備もほぼ自分でしていた。 マッシュを萎えさせないようにという建前で、主導権を完全に引き渡すのが嫌だったというのが本音だろう。たとえ散々喘がされたとしてもされるがままにはならないよう、兄として男としてのプライドを維持していたつもりだった。 それがこの状況は一体どういうことか──力強く押さえつけられているというのに、マッシュの姿が見えないためエドガーが一人で脚を大きく広げて秘所を晒しているかのようで、他に誰もいない部屋とはいえあまりの痴態にエドガーの顔が歪む。その奥の蕾に何かが触れ、過剰なほどにエドガーの全身がびくんと跳ねた。 「もうこんな機会ないかもしれないし……、よく見せて……?」 「あ、んっ!」 ひやりと濡れたものが孔を拡げ、そこに声と息がかかる。蕾の中に温かいものが潜り込んで、その周辺にザラついた無精髭の感触を確かに認めたエドガーは、マッシュがその場所に顔を埋めていることを理解して開けたままの口を戦慄かせた。 これは指、これは舌、と触れるものの正体に予測をつける度にその事実が耐え難く、強烈な羞恥に比例して腹の底から無理やり引き摺り上げられたかのような快楽がエドガーの四肢を硬直させる。 こんな場所をここまで執拗に弄られたことはなかった。指で優しく拡げられるむず痒さと舌で内壁を解される心地良さが、エドガーの口から悩ましげな声を引き出していく。 柔らかく熟れた入り口にぐっと強めに指を挿し入れられても、すでに喘ぎ声に制止の言葉を含む余裕はなかった。時間をかけて人に解されるのがこんなに気持ち良いだなんて──埋め込まれた指を愛おしげに締め付ける孔の収縮を自分ではコントロールできず、しばらく前から自由であったはずの腕を、顔を覆うために使ったエドガーはぎゅっと目を瞑った。 「可愛い、兄貴。俺もう我慢できねえや……」 熱に浮かされたようなふわふわしたマッシュの呟きの後、引き抜かれた指の代わりにずっと質量のある大きなものがそこに当てられた。 丁寧に解されたために凹凸のある頭をも難なく呑み込んで、指では届かなかった奥にマッシュのものを受け入れたその直接的な快楽にエドガーの声が甲高くなる。 「あっ、あっ、マッシュ、姿、見せろっ……!」 「解き方知らねえんだ」 「そ、んな、あっ、あんっ!」 「すげえ、俺のこんな風に咥えてんのか……、兄貴のココ、俺の形になってる……」 「やめ、そんな、こと、言うなっ……!」 荒々しく突き上げられて揺れる身体もそのままに、普段ならマッシュの首なり背中なりに腕を回して得られる安心感がなく、エドガーは目尻に涙を滲ませて手探りでマッシュを探す。その動きにマッシュが気づいたのか、身体は繋がったまま背中をぐいっと抱き上げられて、見えない厚い胸に凭れたエドガーは、逃さないように首に縋りついた。 「兄貴、いつもより感じる? 見えない方が興奮する?」 「ばっ……か、そんな、はず、ああん、」 「自分がどんな顔してるか分かる? 滅茶苦茶色っぽい……見せてあげようか」 不意に両の尻臀を支えられて身体がふわりと持ち上がる。耳元でよいしょ、と低い声が呟き、下肢を繋げたまま浮遊した身体が移動を開始したことにエドガーは焦るが、したことと言えば落ちないようにマッシュの首にしがみ付くことだった。 「ホラ、見える?」 耳の穴に直接注ぎ込まれた低い声に震えながらエドガーが顔を上げると、目の前にあるのは自分一人の姿──不自然に空中に留まって、素っ裸で脚を開いて秘所を丸出しにし、その場所にぽっかりと大きな穴を開けて白く濁ったもので汚しているその様を目の当たりにして、エドガーは声どころか息まで詰まらせて全身を朱に染めた。 「や……めろっ……!」 見えないマッシュの肩に顔を押し付けて視界を遮断し、更に強く擦り付ける。今視界に映った悍ましい姿を記憶から消そうと試みるが、しっかり脳裏に焼き付いたそれは簡単には離れてくれなかった。 何より鏡に映った己の浅ましい表情──潤んだ目をどろりと蕩かせて口をだらしなく半開きにし、欲に溺れ切った顔があまりに淫らで、いつもあんな顔でマッシュに抱かれていたのかと思うと寧ろ自分が消えてしまいたい。 「見てみろよ、咥えてるとこ」 「嫌だ、んっ、んんっ」 「こうやって、突く度に、ぐぱって、拡がるの、見て、みろよっ……」 「やあ、あ、あ、あ──」 昇りつめた快感が噴き出す瞬間に思わず顎を仰け反らせたエドガーは、一瞬目に飛び込んできた肌の色で我に返って正面に顔を向ける。 透けていた空中にじんわりと現れてきた健康的に日焼けした肌、金色の髪、お揃いの青い目。目の前に浮かび上がる片割れの顔と身体をしっかりと確認し、何度も瞬きをするエドガーの様子を見て、マッシュも魔法が解けたことに気づいたらしい。それまでの雄々しい攻撃的な目が、バツの悪そうな苦笑を含んだ目に変わった。 「あは、戻っちまった」 「……マッシュ」 「やっぱ、見えてる方が……いい?」 「当たり前だ!」 至近距離で怒鳴ったエドガーに顔を顰めたマッシュは、ごめん、と耳元で優しく囁くが、エドガーは返事をせずにマッシュの肩に思い切り噛み付いた。 「いっ……!」 その刺激が引き金になったのか、ウッと呻いたマッシュが軽く背中を丸め、直後エドガーの身体の奥に熱いものが放たれる。 吐き出されたものを中で受け止めたエドガーは、満足げに深く息を吐くマッシュをわなわなと震えながら睨みつけた。 「……マッシュ」 「悪かったって」 「俺はデスを習得済みだぞ」 「……ごめんなさい」 「二度はないからな」 「もうしません」 顔を強張らせるマッシュを見て苦々しく唇を噛んだエドガーは、念押しのように分厚い背中に爪を立てて誓約を刻みつけた。 |