Xmas present




 クリスマスパーティーの予定は明日だと言うのに、イブの今夜も前夜祭と称して談話室から賑やかな声が聞こえて来る。明日の材料は足りるだろうかと心配しながら、喧騒を遠くにマッシュはのんびり後片付けを進めていた。
 食器を洗うのは好きだった。汚れたものが手間をかけて綺麗になっていく過程が良い。鼻歌など歌いながら山のような皿を一枚一枚洗っていると、パタパタと元気の良い足跡が近づいて来る。
「これもいい?」
 声でリルムと気づいたマッシュは、振り返ると同時に腰を屈めてごく自然に目線を合わせた。
「ああ、ご苦労さん」
 リルムから重ねられた皿を受け取り、再びシンクに向かったマッシュは鼻歌を再開する。リルムが後ろから覗き込み、汚れ物の量を見てうえっと小さく呻いた。
「手伝おうか?」
 マッシュは明るく笑った。
「大丈夫だよ。それよりそろそろ寝ないとサンタが来ないんじゃないのか?」
「ん〜、この後ちょっとだけやることあるんだよね」
「やること?」
 手を止めずにリルムを振り返ると、リルムは軽く背後のドアを見やって誰もいないことを確認してから、口に両手を添えてマッシュの耳に向かって囁いた。
「おじいちゃんに、プレゼント作るの」
 へえ、とマッシュは顔を綻ばせる。
「いいじゃないか。何作るんだ?」
「ちょっと、声大きいよ。……ホントはちゃんとした似顔絵描いてあげたかったんだけどさ。時間もないし、ここじゃ画材も揃ってないから、肩たたき券作るの」
「かたたたき?」
 声にすると舌を噛みそうで、マッシュは意識して口を動かした。不自然な返しに笑いながらもリルムは頷き、「最近おじいちゃん肩とか腰とか辛そうだからさ」と続ける。
「飛空艇のベッドちょっと硬いじゃん。券があったらおじいちゃんも頼みやすいかなーって」
「そりゃストラゴス喜ぶだろうなあ」
 照れ笑いで舌を出したリルムは、時計をチラリと見てからそれじゃあねとマッシュに手を振った。頑張れよと見送り、皿洗いを再開したマッシュはかたたたきけん、ともう一度口にする。
 ──そういや、プレゼント何も用意してないな。
 子供の頃は枕元にプレゼントを置いてもらって、朝同じベッドで目覚めた兄と見せ合っこするのが楽しみだった。
 離れている間にお互い大人になり、眠っている間にプレゼントをもらう立場ではなくなってしまった。とは言え、誰かにプレゼントをあげるという発想が育っていた訳でもなく。
 再会して初めてのクリスマス。エドガーに何か用意しておけば良かったと軽く下唇を噛みながら、青い目をキョロキョロと動かして考える。
 停泊している飛空艇を最寄りの街に飛ばしてもらう訳にもいかず、そもそもこの時間に開いている店などないだろう。
 せめて前の街で良い酒でも買っておくべきだったと溜息をつきながら皿を拭き終えたマッシュは、思案ののちに妥協点を見つけて一人頷くのだった。


「お疲れ様」
 部屋では談話室から戻っていたエドガーが迎えてくれた。ちゃっかりセッツァーのワインセラーからくすねてきたであろう瓶を壁際のテーブルに置き、グラスを二脚準備している様を見てマッシュは頬を緩める。
「ほとんどお前一人に後片付けさせてしまったな」
「そうでもないよ。ティナとセリスも手伝ってくれたし」
「ロックの絡み酒に付き合わされた。あいつ、あの酩酊具合でまともにセリスを誘えるのかね」
 マッシュが向かいに腰掛けるなりいそいそと栓を開けてグラスに瓶を傾けるエドガーを前に、先ほど仲間と賑やかに飲んだ酒を二人だけで酌み交わすのも良いものだな、とマッシュは目を細めた。
 小さな音を立てて重なったグラスに口をつけ、すでにほろ酔い状態で目の縁が微かに赤いエドガーに微笑む。こんな風に二人で穏やかにクリスマスを迎える日が来ようとは、十年前には想像も出来なかった。
 他愛のない昔話をしながら笑い合う、なんて幸せな時間なのだろう。気づけば瓶は空になり、間も無く日付が変わってイブの夜が終わろうとしていた。
「ああ、そうだ」
 最後の一口を飲み干したマッシュが、思い出したように呟く。それに反応して首を傾げたエドガーもまたグラスを置いたのを見て、マッシュは立ち上がった。
「クリスマスだからさ」
 座っているエドガーの手を取り、やんわりと引く。釣られて立ち上がるエドガーは不思議そうに首を曲げたまま、マッシュに引かれて付いて歩いた。
 ベッドの前で止まったマッシュは、エドガーの背を軽く押してベッドに横になるよう示した。
 気の利いた品物は用意出来なかったが、日頃国王としての仕事と世界を救う戦士を兼任して疲労している兄へ、リルムに倣ってマッサージのプレゼントを──にこにこと反応を待つマッシュの前で、しかし何故かエドガーは赤面した。
 肩を寄せてまるで恥じらうように身体をくねらせた兄を見て、今度はマッシュが首を傾げる。エドガーは口元に添えた手で赤く染まった顔を隠しながら、分かった、と小さく囁いた。
「お、俺も……、お前に伝えるタイミングを、計っていたんだ……」
 ぎこちなくそう言いながらやたら艶かしい足さばきでベッドに腰掛けたエドガーは、その上にごろりと仰向けで横たわった。
 マッサージをするためにはうつ伏せになってもらわねば、とマッシュが伸ばした手を取って、エドガーが引く。思いがけない強さに抵抗出来なかったマッシュの身体が、エドガーの上に覆い被さるようにベッドに突っ込んだ。
 兄を潰すまいと咄嗟に腕を突っ張ったその下で、エドガーが酔い混じりの蕩けた眼差しをマッシュに向けていた。薄っすら潤んだ青い目を見て不思議と胸が音を立てたことに驚いたマッシュの頬を、エドガーの両手が辿々しく包む。
「マッシュ……メリー・クリスマス」
 そうして閉じられた瞼の先の睫毛に見惚れた瞬間、唇に触れた柔らかな感触にマッシュは目を剥く。
 現状を把握すると同時に頭の中で疑問符を大量に飛ばし、しかしエドガーの腕が首や背に絡みついて来るのを拒めず、それどころか未だかつてない胸の動悸に思考は混乱を極めた。
 初めての唇の感触、これが口付けだと理解した頃にはマッシュの目もエドガーと同じく蕩かされて、多少の酔いも後押ししてしなやかな腕に導かれるまま身体を沈めていく。
 何度か繰り返された口付けで、唇のあまりの柔らかさにすっかり心地良くなったマッシュは、いつしか自分からも食むようにエドガーの唇を貪っていた。
 息苦しくなったのか、途中エドガーの開いた唇の隙間から短い呼気と共に赤い舌が覗いたのを見た瞬間、ぶるりと腰が震えて思わずマッシュも舌を差し出す。舌先で舐め合って、そのままエドガーに導かれるように兄の口内を舌で探った。
 キスは初めてだった。キスがどういう行為なのかくらいは知っているが、自分には縁がないものだと思っていた。
 好きな人とするキスを、確かに世界で一番大好きな人ではあるが紛れも無い実の兄とこんなに激しく交わしている状況に戸惑いはあるものの、頭の奥がぼうっとするような気持ち良さに諍えず止めることができない。
 口付けの合間にあ、とエドガーが小さく呻く。無意識に腰をエドガーに押し付けていたマッシュは、自身の腹の下のものがやんわり勃ち上がっていることに気づいた。
 朝の生理現象以外で下半身が大きくなることがこれまでほとんど無かったマッシュは、純粋に驚いた。こんなものを兄に押し付けるなんて、と咄嗟に身体を浮かした時、押さえ込まれていたエドガーの下半身もまた緩やかに膨らんでいるのが見えて、思わず喉がゴクリと音を立てる。
 見下ろしたエドガーの姿はこれまでのマッシュの記憶のどこにもいない人だった。
 激しいキスで二つ結ばれていたリボンの一つが解けかかり、金色の髪が生き物のようにしなやかにベッドの上で流線を描いている。脱力した下肢に抵抗は感じられず、すらりと伸びた腕をマッシュの首に絡めてこちらを見る表情は恍惚のそれで、マッシュは理性なく緩んだ兄の顔を生まれて初めて見た。
 綺麗だと素直に思った。兄はこんなにも美しかっただろうか? 城で国王として振る舞う威厳ある姿でも、戦場で雄々しく槍を構える姿とも違う。
 まるで別人のように青い瞳を潤ませ、唾液で濡れた唇を微かに震わせている様が目が眩みそうなほど艶っぽく、マッシュは自然と荒くなる呼吸のせいで大きく肩を揺らしていた。
 白い肌を頬から首まで赤く染めて、その下の肌も同じ桜色になっているのか気になって手を伸ばすと、エドガーがピクリと身体を震わせて胸を差し出すように顔を背けた。触れても構わないのだろうかとボタンに手を掛けて、そこでようやくマッシュは自分の指が小刻みに震えていることに気付いた。
 震える指でボタンを外すのに手間取っていると、エドガーの手がやんわりマッシュの手を掴んで制する。そして自ら一つずつボタンを外し、開いたシャツを緩くはだけて上目遣いにマッシュを見上げた。
 後頭部を鈍器で殴られたかと錯覚した。
 年中陽の下で走り回っている自分とはまるで違う、血管が薄っすら透ける真っ白な肌。鍛えられた胸の丘陵にひ弱さは見受けられないが、寒さか緊張か僅かに粟立っている肌に強烈ないじらしさを感じて、マッシュは本能的にこの胸に顔を埋めたいと思った。
 恐る恐る胸に唇を寄せてみるが、エドガーが抵抗する気配はない。なだらかな肌に唇でそっと触れると、またエドガーの身体がピクリと揺れた。暖かいはずの肌は外気に晒されて冷えていて、マッシュは思わず手のひらで覆うように胸を撫でた。
「あっ……」
 エドガーの口から吐息混じりの声が漏れる。
 輪をかけて顔を真っ赤にしたエドガーが咄嗟に口を覆ったのを見て、マッシュはこの艶っぽい声が意図的に出されたものでは無いことを察した。
 この声もまた、マッシュが聞いたことのない初めての兄の声だった。もっと聞いてみたい、その一心でマッシュは白い肌に口付け、吸い、撫で回す。エドガーが口を覆った指の隙間から、啜り泣くような喘ぎ声が喘ぎ声が漏れた。
 もっと、もっとと欲張って肌を蹂躙するうち、ぷくりと膨らんだ胸の頂に辿り着いたマッシュは、当然のようにそれを口に含んだ。
「ん──!」
 エドガーの腰が跳ねる。一段と大きくなった反応が嬉しくなって、咥えた途端に硬く尖ったそれを吸いながら舐め回した。
 マッシュの肩にエドガーの指が食い込む。制止を促す動きとは違う、しかし抑え切れないものを堪えて爪まで立てそうな強さが不思議と心地良く、もっと痛みを感じたいとさえ思った。
 助長した思いに比例して遠慮が無くなった唇がきつく吸い上げた時、痛、とそれまでの甘い声とは調子が違う呟きが聞こえた。慌てて顔を離したマッシュはようやく我に返る。
 自分の下で息も絶え絶えに、ぼんやりとした涙目でくたりと横たわるエドガーを見下ろして、マッシュに湧き起こっていた昂りがすっと冷めていく。──自分は一体何てことをしているのか。もしかしなくとも、この行為は普通の兄弟がすることではないのでは──
 しばらく脱力していたエドガーだったが、マッシュの異変に気付いてやがてゆるゆると身を起こし、何かを催促するようにマッシュの胸筋を引っ掻く。その仕草に心は激しく唆られたが、そんな自分の不埒な思いに対しての罪悪感に囚われて動くことが出来なかった。
 狼狽えているマッシュに焦れたのか、エドガーは呆然と自分を見下ろしているマッシュを押し退けるように上半身を起こし、そのまま四つん這いの格好になった。
 そうしてマッシュの腹の下に頭を伏せ、下衣の中に潜り込んでくるエドガーの手にギョッとしたマッシュが仰け反るが、エドガーは構わず萎えかかったものを引っ張り出す。呆気に取られたマッシュは、やがて腹の下のものをぞわりと生温く撫でられるような感触に硬直し、絶句した。
 これは、まさか。
 事態を直視するのが怖くて、口を開けて戦慄かせたまま誰もいない前方を凝視する。見つめる目標物が無いことがかえって下半身への意識を集中させて、やはり自分の分身というべきものがエドガーの舌先で転がされていることを思い知ることになった。
 キスが初めてならば、当然その先も未知の領域。ぼんやりとした知識はあれど、興味の対象ではなかったために詳細を知る機会はなかった。
 それがこんな形で勉強することになろうとは──己の下半身に跪く兄に視線を下ろし、その美しい金色の後頭部を見て呆然とする。そんなところ、汚い──そう喉まで出かかった言葉は、硬度が復活しつつあったものが先端のみならずすっぽりと根元近くまで温かく包まれたことで、奇妙な呻き声に変わった。
「うおっ……」
 何もかもが未体験の男には、あまりに直接的で強烈な刺激だった。
 感触で察するに、今エドガーの口内にマッシュのものが収められている。だけでなく、舌で敏感な場所をなぞりながら唇を使って扱き上げられて、自慰行為すら滅多に行わないマッシュには意識が吹っ飛びそうなほどの快楽だった。
「あ、にき、」
 これではすぐにでも達してしまう。焦ってエドガーの頭に触れるが、口の動きが強くなるだけで止めてくれる気配はない。
「出、ちまう」
 腰がピクピクと振れる。髪を掴むような無体なことはしたくない。しかし、もう余裕がない。
「あに、きっ……」
 少し強めにエドガーの頭を掴んだ瞬間、グッと深く喉の付近まで咥え込まれる形になったのか、堪えていたものがいとも容易く決壊した。溜め込んだものをびゅくびゅくと吐き出す動きに合わせて背中を丸めたマッシュは、とてつもない解放感にくらくらと眩暈すら感じていた。
 久方ぶりの射精が収まるまで放心していたマッシュは、腹の下からゆっくり頭を持ち上げたエドガーが噎せながら指先で口元を拭ったのを見て顔面蒼白になる。
「ご、ごめん……!!」
 するつもりはなかったが、やってしまったものの言い訳にはならないだろう。
 まさか兄の口の中に放出してしまうとは。とんでもないことをしたと慌てるマッシュの前で、エドガーは気恥ずかしそうに唇を舐めながら、大丈夫だ、と小さく呟いた。
「俺が……したかったんだ」
 掠れながらもすんなりと出た声が、口の中に出されたものを飲み下したことを意味していた。
 先程からずっと上気した頬で、唇の端から溢れかけた白いものをぺろりと舐め取るエドガーの艶かしい仕草を目の当たりにしたマッシュは、一度達して萎んだはずのものがみるみる角度をつけて膨らんでいくのを信じられない気持ちで見ることになった。
 今出したばっかりなのに。秒で復活した下半身の逞しさにひたすら驚くマッシュをよそに、エドガーはベッド脇に置かれたサイドテーブルの引き出しに手を伸ばしている。そこから何やら小瓶を取り、蓋を開けて中身を手の中に垂らし始めた。
 ふわりと良い香りが漂ってくる。これは兄がよく髪につけている香油だと気づいたマッシュの目の前で、エドガーは下衣をおもむろに脱ぎ出し、香油を絡めた指を自身の尾骨の下、つまり尻の中に潜らせた。
 マッシュが目を見開く。膝立ちの兄が双丘の奥を指で弄っている、ように見える。
 俯きがちの顔はこれ以上ないほど赤く、 緩く下唇を噛む歯がやけに扇情的に感じる。耳を澄ませば煩いくらいの自分の鼓動に混じってクチュクチュと水を掻き回すような音が聴こえてくる。この状況をどう受け止めるべきか、マッシュはすっかり硬くなったものを露出したまま頭を抱えたくなった。
 エドガーが何の準備をしているかくらいマッシュにも分かる。問題は、そんなことをしていいのかどうかだった。
 大体何故こんな事態に陥ったか。兄にマッサージをするはずではなかったのか。何だかよく分からないうちに気持ち良くされてしまったのは自分ではないか。
 そもそも、そもそもだ。こういったことは兄弟では普通はしない。友人同士だってしないだろう。特別な関係である相手としかしないはずだ。少なくともマッシュの中ではそうだった。
 調子に乗ってあんな激しいキスを交わしておいて今更だが、兄であるエドガーとこの先の行為をしても良いのか、頭では素直にイエスとは言えなかった。
 しかし己の意思など考慮しない下半身は猛り切って準備万端、エドガーもまた健気に慣らしていたそこからようやく指を抜き、次のステップに進むためマッシュににじり寄って来る。
 両脚を投げ出してその中央で自身のものを直立させ、硬直しているマッシュの腿の横に膝をついたエドガーは、そっとマッシュの肩に手を置いた。身体が竦むほどひんやりしたその指は湿り、強張った表情からも緊張が伝わってくる。
「あ、兄貴」
 思わずかけた声には意図せず覚悟を問うような色が含まれていた。言えたことかと自嘲で頬が熱くなるが、マッシュの太腿に跨ったエドガーは逞しい首に腕を回し、いじらしく揺れる青い瞳でじっとマッシュを見つめて来た。
「マッシュ」
 掠れた、しかしきっぱりした声だった。
「好きだ」
 マッシュは息を呑む。
「どうやって伝えようか、ずっと迷っていたし怖かった。お前に軽蔑されるんじゃないかと……。今もまだ、怖い。……マッシュ。俺を軽蔑するか?」
 唖然と口を薄く開いていたマッシュは、黙って首を横に振った。それはほとんど無意識の行動だった。動作で否定してから改めて頭で考えてみたが、エドガーに対して軽蔑などという気持ちは少しも感じなかった、寧ろ。
 マッシュの目の前で、エドガーが心底ホッとしたように目尻を下げ息を吐いた。しかしすぐに表情を硬くさせ、緊張を感じる冷たい右手でマッシュの肩に掴まりながら、左手をマッシュの勃ち上がっているものに添える。
 先端に柔らかな肉の感触を受けてマッシュがハッとした。苦痛か羞恥かその両方か、顔を歪めながら腰を沈めようとするエドガーに慌てて何か言おうとするが、エドガーが腰を下ろすと共に兄の中に呑み込まれていくものがあまりに気持ち良く、言葉にならない声を唇を噛んで堪える。
 浅く短く息を吐き続けるエドガーの目尻に薄ら涙が溜まり始めた。苦しいのだろう、当然エドガーのその場所はマッシュの人並み以上のものを受け入れるようには出来ていない。
 それでも少しずつ身体を沈めて行くエドガーが、ふいに顎を軽く仰け反らせた。マッシュも自身のものが何か壁に当たったように感じた時だった。
 エドガーは乱れた呼吸を押し殺して微かに笑い、「入った」と安堵の溜息混じりに呟いた。それと同時に右の目尻に溜まった水滴がころりと転がり落ち、儚げな笑みに光る涙を見た瞬間、エドガーの中に埋められたマッシュのものがぐんと質量を増した。
「あっ……」
 エドガーが眉を寄せる。俯きかけた顔の下に思わず顔を潜らせ、マッシュ自ら乾いた唇に深く口付けていた。
 心臓が皮膚を突き破って来るかと思うほど、鼓動は強く速くマッシュの胸を叩く。──なんていじらしいんだろう。今身体を重ねている人は気高く尊い祖国の王であり敬うべき兄でありながら、彼らとは全く違う顔をした愛しいエドガーという一人の人間である──覚えたばかりのキスを懸命に贈り、少しでもエドガーに安心して欲しくて、喜んで欲しくて乱れた髪を何度も撫でた。
 エドガーがぎこちなく腰を揺らす度に、温かく絡みつく肉壁が精を搾り取るようで理性が飛びそうになる。食い縛った歯から漏れる呻き声に被せて、エドガーの苦しげな吐息も途切れることがなくなった。
 踏ん張っている両脚が震えているのが見える。無理な体勢で身体を支えるのは辛いのだろうが、そのまま重力に従えば奥まで突き上げられてそれもまた苦痛を伴う。
 どうにか楽にしてあげたいと、マッシュは髪を撫でていた手でエドガーの背を支え、腰を引き寄せて覆い被さる格好で身体を倒してやった。
 見下ろしたエドガーの目は驚きに見開かれ、同時に色が落ち着きつつあった胸より上の肌が鮮やかな朱に染まった。そして初めてキスをした時と同じ蕩けた目でマッシュを見上げる様を見て、先程まで楽にしてやりたいと思っていた気持ちを押し退ける猛烈な衝動が顔を出した。
 全身から汗が噴き出し、マッシュは荒々しくシャツを脱いで床へと投げ捨てた。
「アッ、アッ、ああッ……」
 気付けばマッシュは夢中で腰を振っていた。肌に肌を打ち付ける音を響かせて、大きく開いたエドガーの両脚を抱え上げて、奥へ奥へと欲望の導くままに。
 マッシュの下で身体を折り曲げられ、嗚咽に近い喘ぎ声を上げるエドガーはマッシュの肩にしがみ付き、譫言のように好きだ、好きだと繰り返す。その啜り泣きに等しい告白がマッシュの胸を熱く締め付け、いじらしい唇を塞ぐべく何度も何度も口付けた。
「好きだよ」
 いつしかマッシュも自然とその言葉を口にしていた。
「好きだ。兄貴、大好き」
「マッ、シュ」
「好きだ……」
 告げる度に胸に熱が産まれて行く。音が耳に馴染んで身体の中に溶けて行く。
 言葉にして初めて分かった、子供の頃から慕っていた大切な人への本当の想い。もっと早く気づいていたら、こんな済し崩しに抱くのではなく、きちんと伝えて愛せただろうに。
 もっと優しくしてあげたいのに、身体は止まらない。エドガーの全てを手に入れて、一番奥まで貫きたい。
「マッシュ、マッシュ……ッ」
 縋り付いてくるエドガーの身体を強く引き寄せ、抱き潰す勢いで胸に収めたマッシュは、熟れた果実のように赤くなった耳朶を噛んで「愛してる」と囁いた。
 腕の中でビクンと二度ほど痙攣したように震えたエドガーが、腰を浮かせてぎゅうと孔を締める。その刺激で一気に絶頂へと導かれたマッシュは、エドガーと深く繋がったまま再び精を吐出した。
 どのくらいそうしていたのか、きつく抱き合って触れている肌がしっとりと湿り、晒した背中に冷えを感じ始めた頃、マッシュの中でエドガーが小さく身動ぎをした。
 そこでようやくエドガーを抱き締める力が強過ぎていたことに気付き、マッシュは慌ててエドガーの中から濡れて萎んだものを抜く。
「ウッ……ん」
 引き抜かれた拍子にビクッと脚を引いたエドガーは、そのまま膝を抱えるように曲げて足を閉じる。そしてマッシュを横目で見上げ、照れ臭そうに小さく微笑んだ。
 その笑みを心から愛しいと思ったマッシュは、エドガーの頭を抱き寄せてその髪に頬を擦り寄せる。エドガーもまたマッシュに身を添わせ、夢見がちな声であいしてる、と呟いた。
 人肌の温もりだけでなく、マッシュの胸に幸せという名の熱が広がっていく。愛してると応える度に心が満たされて、口の中で何度も繰り返しながらうとうとと目を閉じた。



 翌朝、隣にあるあどけない寝顔をまじまじと見つめながら、昨夜のことは夢ではないのだと改めて実感し、戸惑いつつもマッシュの心は浮ついていた。
「……メリークリスマス」
 小声で囁くと、エドガーがごく小さく身動ぎする。その仕草がたまらなく愛しくて、知らずマッシュは柔らかな微笑みを浮かべていた。
 自覚はなくとも一番欲しかったとんでもないプレゼントをもらってしまった──まだまだ青い感情を胸にときめかせて、マッシュは眠るエドガーの額に優しくキスをした。