初めて彼を抱いた。 あの夜からずっと微熱が下がらない。 足を踏み入れたモニタ室は、すでにパイプ椅子に腰を下ろしていた数人がドアの開く気配に軽く振り返って会釈をするだけで、誰も一言も声を漏らそうとしなかった。見知った顔がほとんどだったが、それぞれ目で合図し合うだけで引き締めた口元を崩さない。 アキラは入ってきた扉を静かに閉め、室内にいる全ての人間が見守っている中継画面を睨みつける。 本因坊戦最終局。先番黒は現本因坊の緒方精次、白は今期挑戦者の進藤ヒカル。 画面に映し出された碁盤には二色の石が美しく散らばり、中盤の盛り上がりを見せているようだった。 アキラは息を殺して手近な椅子を引き、ゆっくりと腰掛ける。目線はずっとモニタから外さない。食い入るように、画面の中に飛び込んで行きかねない鋭い視線を、時折映りこむ白石を挟んだ指先に向けていた。 部屋の中にいるのは十数人。椅子に座っている者もいれば、モニタの近くにいたいのか腕を組んで立ったままの者、戸口の壁に凭れて後ろからモニタを見ている者など様々だった。 しかし、いくらタイトル戦と言えど狭い空間にこれだけ人が密集しているというのは珍しい。 場数を踏んだ孤高の棋士たちが、あえて他人と緊迫の空気を共有して見つめる一局。アキラにはその理由が分かるような気がしていた。 アキラもまた、自分一人ではどうにかなってしまいそうな張り詰めた空気を少しでも和らげたくて、彼らの対局に興味を抱く人々と戦局を見守ろうとここまで来たのだ。ヒカルが挑戦者になったのはこれが初。挑戦手合いが始まる直前の、彼には珍しいピリピリした雰囲気はアキラの精神にも影響を与えていた。 七番勝負を二勝二敗で迎えていた挑戦手合い中盤。 らしくなく弱気だったヒカルと、二人で飲んだ夜があった。 あの日から、アキラの身体をふわりと包むようなぼんやりした微熱が、もうずっと下がらない。 |
これホントは続きあったんですが……
いつか手直ししてひとつの話にできたらいいなあ。