突然アキヒカです。突然始まり突然終わります。

今回はダメアキラさんに振り回されるヒカルのお話です。






「おっ前なあ……! 毎度毎度なんでこうタイミングよく来るんだよ!」
「ああ、構わずに準備を続けてくれ。出来上がるまでのんびり待っているから」
 悲鳴じみた抗議をまるで気にも留めず、出迎え御苦労とばかりに玄関で髪を掻き毟ったヒカルの脇を擦り抜けて、とても他人の家に上がり込んでいるとは思えない自然な様子で奥へ奥へと進んで行くアキラ。
 毎度毎度と自ら口にしているのだから、文句を言うくらいならヒカルが鍵を開けなければ済む話ではあるかもしれないが、じっとドアの前に突っ立って岩戸が開くのを待たれても不気味だし近所迷惑だ。
 不定期ではあるがかなり頻繁に、アキラがヒカルの住むアパートを訪れ出してからそれなりの時間が経過した。来訪は決まって夕食時。材料を並べていざ取りかかり始めたその頃に、ピンポンと遠慮のないチャイムがヒカルの顔を渋く歪める。
 最初こそ驚くばかりで特に理由を追求せずに招き入れていた奇妙な来客だが、回数を重ねるごとにだんだんその意図が読めて来た。
 要するに、晩飯が目的なのだ。湯気の立つ暖かい食事が狙いなのだ。ついでに食後に一局打つことができれば完璧なのだ。
 そうと気づいたヒカルがアキラを問いつめたが、本人は悪びれずに「そうだ」と肯定するものだから脱力してしまう。
 実家に暮らしていた頃は料理どころか洗濯物を畳むことさえしなかったヒカルだが、一人暮らしを始めて渋々手に取った包丁の魅力に取付かれ、数年経った今では意外なほど器用に食事の支度をするようになっていた。
 忙しい時は外食やコンビニ弁当の世話にもなるが、基本的には自炊で賄っている。時々男友達を読んでむさ苦しいパーティーを開く程度には料理の腕が上がった。
 一方、両親の海外生活が長いために中学時代から半一人暮らしを続けているアキラは、これがさっぱり料理の才能を持ち合わせていなかった。
 本人もそれなりに努力して一通りの生活ができるよう試みたらしいのだが、掃除洗濯は何とかなっても食に関する能力がからっきしだった。崩壊した台所の惨状を芦原から怪談調に聞かされたことのあるヒカルは、何度かボランティアで彼に料理を教えようともしたのだが。
 そのどれも失敗に終わった。あまりに不器用な手先と新しすぎる発想で、料理とは言えない無惨な実験結果にヒカルは毎回肩を落とすことになったのだ。
 誰もが彼の自炊を諦め、食事は全て外で済ませるか、またはさっさと料理上手の彼女を作るんだなとアドバイスをして完全に匙を投げた。本人も自分に料理が向いていないことは重々理解したらしく、包丁を握ることはなくなった。
 しかし、代わりにヒカルの家に約束もなしに押し掛ける回数が増えてしまった。
 その不定期のサイクルも徐々に掴めて来た。どうやら付き合いの外食で、自分に食事の選択の余地がなかった日が続いた後に、リセット食を求めてヒカルの家を尋ねてくるらしい。――確かにヒカルが作る食事は、実にありふれたおかずが並ぶ地味なメニューばかりではある。
 その素朴さがどうやらアキラの口に合ったらしい。うまいと絶賛する訳ではないが、出されたものを綺麗に平らげた挙げ句に時折お代わりもしていくアキラは、ヒカルの料理がすっかりお気に入りのようだった。
「お前なあ、この前来てからまだ三日しか経ってねえぞ。ちょっとは遠慮しろよ」
「まあ気にするな。今日は麻婆茄子か、辛めに頼む」
「気にするのはお前だ!」
「あまり怒鳴るな、余計に腹が減るぞ。皿を並べるくらいは手伝うから」
 淡々と告げたアキラは、勝手知ったる他人の家の小さな食器棚に手を伸ばしている。どれだけ言っても無駄だとこれまでの付き合いで理解しているヒカルは、ぶつぶつ文句を言いながらも再び台所に向かわなければならなかった。
 別に二人分作るのは手間ではない。かえって一人分を細やかに作るより材料の調節が楽になる。だからそれは構わない。
 夕食を御馳走になる分、他のことで埋め合わせをしてくれるアキラは、いつも豪勢なお土産を持って来る。年代物の酒だったり、目が眩むような霜降り肉だったり、今日だってヒカルの好きな駅前のケーキ屋の袋をぶら下げて現れた。正直ヒカルが作る夕食にかかった費用以上のものを引っさげてやって来るのだから、タダ飯食らいと言う訳でもない。
 それに本人の言う通り、料理に関係ない部分はしっかりと手伝ってくれる。皿並べから始まり、食べ終わった後の後片付けも率先して行う。全てをヒカル任せにしている様子はないため、拒否する理由も見つけにくい。
 何より、食後の一局はヒカルも結構楽しみにしていた。
 しかし、とヒカルは今日も眉間に皺を寄せるのだ。心なしか包丁の立てる音もドスドスと力強く、端から見ると野性的な男の料理といった感じなのだけれど、難しい横顔は複雑な感情が入り乱れているようだった。
 ちゃっかりと自分の席を確保してローテーブルに座っているアキラの前に、どんと乱暴におかずが乗った食器を置いて行く。一汁三菜、栄養バランスが取れた素朴な夕食を目の前に広げてやると、アキラが恭しく頭を下げた。
「いただきます」
「……おー」
 有り難く箸を手に取られてしまえば最早責める元気もない。


「お前、女だったら絶対嫁のもらい手ねえな」
 アキラの周りの人間が口癖のように言う言葉を、ヒカルも気まぐれに口にしてみた。
 別に家事が女性の仕事だなんて思っている訳ではないが、一応ヒカルも男として理想の女性像はある。何度か見たアキラの台所崩壊劇を見る限り、さぞや女性だったら苦労しただろうと恐ろしい想像をしてしまう。
 味噌汁をずずっと飲み干して満足そうに息をついたアキラは、さらりと言い返した。
「だったらキミがもらってくれよ」
 飲み込みかけていた麻婆茄子を逆流させそうになったヒカルは、鎖骨をどんどんと叩いて味噌汁に手を伸ばす。
 茄子に絡む香辛料を喉を詰まらせて顔を真っ赤にしているヒカルを尻目に、アキラはしれっとした調子で続けた。
「いいアイディアだろ、いつでも碁が打てる」
「……お前なあ」
 目尻に涙を浮かべて咳き込んだヒカルは、やっとのことでそれだけ呟いた。
 それから時間をかけて喉を宥め、乱れた呼吸を整えてから、少し自棄糞気味に吐き捨てる。
「……、早く彼女作れ」
 アキラは肩を竦めるだけで返事をしない。
 食べ終わった食器を重ねて、ごちそうさまでしたと深々頭を下げた。

 ――ったく、人の気も知らないで……

 きっとこれからも、訪ねられたら何度だってドアを開けてしまう。
 そっと目尻を親指で拭ったヒカルは、その涙の意味を考えないようにした。






オチはないです……書きなぐり。


(2008.02.27)


閉じますよ